踏ん張らずに生きよう

虎島沙風

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逃げて(㊂)

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 海結はぎくりとして返す言葉に詰まった。
 裕平の言う通りだからだ。恐怖で身が竦んでちっとも動けなくて一㎝も近づいていない。
 もし動けたとしても、勝ち目がないことは考えなくても分かるし、全員の隙を突いて風哉を救けたうえで逃亡することは不可能だろう。
 救けると決めたはずなのに結局何もできていない。だが、どうすればいいのかも分からない。
「……べ、別に近づいてやってもいいけどっ?」
 震えた声で言ってから右足を引きずるようにして前に動かした。左足も同じように動かして二歩進むことに成功する。
「二歩だけかよダッセーな!」
 裕平が馬鹿にするような笑い声を上げた。かと思えば、「もういい」と低い声で呟き、大股で歩いてきて一気に目の前までやってきた。
「逃げろッ!!!」
 風哉が勢いよく立ち上がって叫ぶ。
「ごめん! 風哉くんを救けるまでは逃げないって決めてるから!!」
「逃げて!! お願いだから俺の言うことを聞いて!! 自分を守って!!」
 悲痛さに満ち満ちたその声音に今にも胸が張り裂けそうになる。
 と、あることに気づいた海結ははっと息を呑んだ。唇を噛んで俯いていたせいで気づくのが遅れたが、足が痺れているのかよろけている風哉の背後から優護が忍び寄っている。風哉はまだ気づいていない。
「危ないッ!」
 海結が警告した時には既に羽交い締めにされていた。優護は真後ろから風哉の耳元に薄い唇を近づけて開く。
「ふうちゃん……いや風哉。足が痺れてて超ラッキーだね。俺にあっけなく捕まって、巻き込みたくないほど大切な海結ちゃんが裕平に傷つけられる光景を間近で見ることができるんだから」
 幼い子供に話しかける母親のような優しい口調には全く相応しくない恐い発言に、風哉だけではなく海結の顔まで強張った。最も近くにいる風哉はもちろん、離れた場所にいる海結も充分聞き取れる声量で話したのも多分、わざとだろう。
「やめろ! 離せ!! ──クソッ!!」
 風哉はすぐさま抜け出そうともがくが、両脇を強く締め付けられているため脱出するのは難しそうだ。
「風哉くんッ!」
 海結は風哉を救けるために裕平を避けてから走り出そうとしたが、裕平が立ち塞がって邪魔してきた。
「どいて!!」
「どかねぇ。諦めろ」
「諦めない!!」
 強い口調で言い切って、裕平の左横を通り過ぎて風哉の元に行こうとしたその時だ。裕平に左腕を掴まれて、思わず「ギャッ!」と悲鳴を上げる。
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