踏ん張らずに生きよう

虎島沙風

文字の大きさ
上 下
1 / 29

子犬みたいにブルブル震えろ(㊀)

しおりを挟む
 昨晩、傷が酷い箇所には湿布を貼ったのだが激しい痛みはちっとも和らいでいない。
 甘酸っぱいお酒のような匂いが鼻を刺す。
 クヌギやコナラの木が自分についた傷を修復するために出している樹液が発酵した結果、このようなアルコール臭を放つようになるらしい。
 樹木は生き残るために傷を癒す方法を見つけているというのに、人間の自分は傷を癒す方法をどんなに考えても思いつかない。癒すどころか傷を増やす一方で情けない。
 でも俺だって本当は行きたくないし今すぐ帰りたいんだ、とちょうふうは泣きそうになりながら胸の内で呟く。
 しかし、とうとう永遠に着きたくない目的地に到着してしまい、既に三人の男が待ち構えていた。
「おい遅ぇぞ!!」
 その内の一人──あか西にしゆうへいは風哉の存在に気づくや否や、荒々しく怒鳴りながら詰め寄ってきた。
 笑ってはいけないと分かっていながら、変わらないなと呆れてつい口元が緩んでしまう。
 当然、目の前に立っている裕平はすぐに気づいて「テメェ!!」と声を荒らげた。
「何笑ってんだよ!? 反省してねぇだろ!!」
「反省? そんなに遅かった? 早い方じゃない?」
「早くねぇよ遅刻だ!!」
 風哉は十五歳の誕生日に父親がプレゼントしてくれたお気に入りの腕時計で時刻を確認する。
「裕平に電話で呼び出されてから五分経過」
 頑張って明るい口調で言いつつ裕平に視線を戻す。
「ほらめっちゃ早い! 五分でできるカップ焼きそばがちょうど出来上がる時間だよ」
「うぜぇ、一分で来い一分で! いつも遅ぇんだよ!!」
「一分? それは無理っしょ!」
 風哉があははと笑っていると、「余裕ぶってんじゃねーよ」と裕平が低く呟いた。
「えっ?」
「前々から思ってたけどよ、ここに到着してから俺たちが帰るまで何でずっと余裕ぶるんだよ……。もっと怯えろ。子犬みたいにブルブル震えろ。本当はわざと遅刻するぐらいここに来たくねぇし今だって逃げ出したいくらい怖いんだろ? そういう弱いところを前面に出せよ」
 こちらが負の感情を必死に覆い隠していることをあちらは気づいているだろう。
 予想済みだったが、まさか裕平から言われるとは思いもしなかったので動揺して固まる。
 最悪のタイミングで痛いところを突いてくるのは、決まってざわはるだった。

 それなのにどうして裕平が。

「……何言ってんの? 裕平」
 何とか笑おうとしたが上手く笑えずに引き攣ってしまう。
「おかしなこと言わないでよ。もしかして俺と一緒で裕平も夏バテ? 俺は裕平たちの前でブルブル震えたりしないよ。怖いんだろ? 怖いって感じる訳ないじゃんか。今日もいつものように楽しいゲームをするんでしょ? 待ちきれないから早く始めようよ」
 風哉がそう言うと裕平はニヤリと意地の悪い笑みを向けてきた。
 今の発言が嘘だと気づいて愚かで可哀想だと見下しているのか。それとも、声の震えを抑えきれていないことが面白いのか。
 両方かもしれない。
「ねぇねぇふうちゃん」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸
青春
 史上最高の逸材と謳われた天才サッカー少年、ハルト。  とあるきっかけで表舞台から姿を消した彼は、ひょんなことから学校一の美少女と名高い長瀬愛莉(ナガセアイリ)に目を付けられ、半ば強引にフットサル部の一員となってしまう。  何故か集まったメンバーは、ハルトを除いて女の子ばかり。かと思ったら、練習場所を賭けていきなりサッカー部と対決することに。未来を掴み損ねた少年の日常は、少女たちとの出会いを機に少しずつ変わり始める。  恋も部活も。生きることさえ、いつだって全力。ハーフタイム無しの人生を突っ走れ。部活モノ系甘々青春ラブコメ、人知れずキックオフ。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~

テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。 なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった―― 学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ! *この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。

夢現しの桜

星崎 楓
青春
約1年越しの投稿となります。 鳴海市シリーズ第二弾 転校生と不思議な少女の、切なくも美しい物語

塞ぐ

虎島沙風
青春
 耳を塞ぎたい。口を塞ぎたい。目を塞ぎたい。そして、心の傷を塞ぎたい。  主人公の瀬川華那(せがわはるな)は美術部の高校2年生である。  華那は自分の意思に反して過去のトラウマを度々思い出してしまう。  華那の唯一の異性の友人である清水雪弥(しみずゆきや)。 華那は不器用な自分とは違って、器用な雪弥のことを心底羨ましく思っていた。  五月十五日に、雪弥が華那が飼っている猫たちに会うために自宅に遊びにきた。  遊びにくる直前に、雪弥の異変に気づいた華那は、雪弥のことをとても心配していたのだが……。思いの外、楽しい時間を過ごすことができた。  ところが。安堵していたのも束の間、帰り際になって、華那と雪弥の二人の間に不穏な空気が徐々に流れ出す。  やがて、雪弥は自分の悩みを打ち明けてきて ──?  みんな、異なる悩みを抱えていて、独りぼっちでもがき苦しんでいる。  誰かと繋がることで、凍ってしまった心がほんの少しずつでも溶けていったらどんなに良いだろうか。  これは、未だ脆く繊細な10代の彼女たちの灰色、青色、鮮紅色、そして朱殷(しゅあん)色が醜くこびりついた物語だ。 ※この小説は、『小説家になろう』・『カクヨム』・『エブリスタ』にも掲載しています。

雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女 彼女は、遠い未来から来たと言った。 「甲子園に行くで」 そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな? グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。 ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。 しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。

処理中です...