人形仕掛けのエンドロール

沢田けう

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それから

食事と寿命と人形

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 午前七時半。
 日も昇って空は青く、雲は白く、続く道は茶色で両側には緑が続いていた。
 ここ何日か、日中の間は車で走りっぱなしの生活を送っていたので、そろそろ村などの集落を見つけて食料等を確保しなくてはいけなかった。
 幾つかの丘を超え、またひとつ長い上り坂を登りきると、広大な草原が続いていた。僕はゆっくりとブレーキを踏んで車を一時停車させ、前方に広がる景色を見渡した。
 すると、ちょうど太陽が登ってきた方角に、小さく人工建造物が密集しているのが見えた。
「やっと人が住んでいそうな所をみつけた。……廃村じゃなければいいけど」
 ハンドルをつかむ手に力を入れ直し、視界に捉えた村(仮定)を目指してアクセルを踏んだ。

 午前八時過ぎ。
 無事目的地に到着した。
 廃村ではなく、見事に人の栄えていそうな村だった。
 食料を売っていそうな店を探そうと車を降りると「旅人さんですか?」と声をかけられた。
 振り向くと、僕と同じくらいの年齢に見える少女がこちらを見ていた。
「はい、そんなものです」
 僕が応えると、少女は遠い所からようこそ、と丁寧な出迎えをしてくれた。
 僕が少女に食料を売ってくれそうなところはないか、と尋ねると、
「はい、ありますよ。ただ、まだ開店前でして。……あと四十九分と十二秒待ってください」
 少女は笑って応えてくれた。

 午前九時。
 缶詰等の保存食も揃えている店に赴いて、とりあえず最低限の買い物をすると、店主の男性が「旅人さんかい?」と訪ねてきた。
「はい、そんなものです」
 と応えると、男性は遠い所からようこそ、と丁寧にお辞儀し、続いて「旅人さん。お茶は好きかい?」と訪ねてきた。
「はい、好きです」
 反射的に即答した。
「だったら喫茶店に行くといい」
「キッサテン、ですか」
「いろんなお茶や食べ物を提供してくれる、一休みにはもってこいのお店さ。ただ――」
「ただ?」
「開店時間は午前十一時からでね。あと一時間と四十四分三十八秒待っててくれ」
 男性は笑って言った。

 午前十一時。
 開店したキッサテンというお店で、お茶とサンドイッチを食べていると、女性が声をかけてきた。
「見ない顔ですね。もしかして旅人さんですか?」
「はい、そんなものです」
 と応えると、女性は遠い所からようこそ、と丁寧にお辞儀した。
「もしよかったら、ご一緒しても良いかしら」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとう」
 女性は店員を呼び、コーヒーとトーストを頼んだ。店員の男性は「二分十二秒お待ち下さい」と言って去っていった。
「すみませんが、ひとつお訪ねしても良いですか?」
「ええ、ひとつと言わずみっつでも良いわよ」
「今、何時だかわかります?」
「時刻の確認ね、……現在の時刻は午前十一時十三分を六秒過ぎた頃よ」
 僕が無言で首を傾げていると、女性は「まだ聞きたいことがありそうね」とこちらを見た。
「この村の人たちは、全員人形ですよね」
 と僕が訊くと、女性は苦笑して「無粋なことを訊くのね」と言った。
 僕が慌てて謝ると女性は笑って「いいえ、気にすることはないわ」と言い、続けて「その通り。この村の住人は皆人形よ」と笑顔を崩さずに肯定した。
 店員がコーヒーとトーストをテーブルまで持ってきて、女性はトーストを美味しそうに食べた。
「人形でも、人間と同じように食事することができるんですね」
 と僕が関心と驚きを混ぜた声で言うと、
「この村に住んでいる人形は、特別なモデルなのよ」
 とコーヒーを一口飲んでから応えた。
「特別なモデル、ですか」
「そう、わたしたちのモデルは、人間と同じように食事をすることが出来るし、寿命も設定されているわ。まぁ、人間の寿命よりかは均一化されてるし、遥かに長いけれども」
「なるほど」と僕は頷いた。けれど、疑問はまだ残ったままなので、もうひとつ女性に質問した。
「僕が出会ってきた人形の方々は、皆動力源だけで動き、寿命も基本的にはないと聞きました。それなのに、人間のように食事を摂り、寿命を設定するのは、どうしてなんでしょう。失礼かもしれませんが、食事も寿命も、人形にとっては意味のないようなもの、というより、無駄なことのように感じるんですけれど」
 女性は僕の言葉を真っ直ぐ受け止めたように「確かにその通りね」と丁寧に頷き、だけれど、と続けた。
「わたしたち人形の最初のオリジナルを作ったのは人間。人形にとっては人間は創造主で、神と崇める個体もいるわ。人間は昔、自分たちの創造主である神に近づこうとしたことが何度もあるそうね。それをわたしたちが模倣するのは、不思議なことかしら」
 女性は笑顔のまま応え、コーヒーを飲んだ。

 午後十七時過ぎ。
 村の探索も終え、食料と生活必需品も揃えた僕は車の置いてある村の入り口まで戻ってきた。
「旅人さん」
 と声をかけられて振り向くと、朝に会った少女が立っていた。
「この村は、どうでした?」
 笑顔で尋ねる少女に、僕は「とてもいい村だったよ。またいつか、立ち寄らせてもらうかもしれない」とこちらも笑って応えた。
「それは良かったです」と嬉しそうな表情をした少女は「旅人さんに訊きたいことがあるんですけれど、良いですか」とこちらを見て言った。
「僕に応えられることならば、なんでも」
 と僕が言うと、
「旅人さんは、人間ですか? それとも人形ですか?」
 と少女が言った。
 僕が「無粋なことを訊くんだね」と苦笑すると、少女は「またのお越し、お待ちしております」と丁寧なお辞儀をした。

 メモ
・人形の中にも人間のように食事を摂取できたり、寿命が設定されているモデルが存在しているようだ。
 →人形が寿命を迎えたらどうなるのだろう?
・村の人形たちはみんな揃って旅人に対して友好的だった。
 →野党の知識を得た人形がいたという話を記録したが、あの村の人形たちも何らかのルーツを得たのだろうか。
・喫茶店で食べたサンドイッチやお茶はとても美味しかった。
 →そういえば人形はもともと家事や料理ができるように設計されていると聞いたことがある。



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