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それから
作家と物語と体内時計
しおりを挟む駅のホームの脇にあるベンチに座っていた。
列車を待っているわけでもないけれど、長い車中での生活が続いた為、こういった場所で旅の記録を綴るのも良いだろう。
昨日とは打って変わった晴天。
空はとても潔い青が満遍なく広がっている。
ノートへの記録も一段落し、持ってきた水筒でお茶を飲んでいると、一人の少女がやってきた。
見た目の年齢は十代と少しと言ったところだが、黒いスーツを着ているのが目をひいた。昔の記述で読んだカイシャインのような格好だった。
少女は駅のホームを一通り無言で歩き回ってから、こちらの存在を認識しなおしたように近づいてきた。
「すみませんが、ひとつお訊ねしても良いですか」
黒いスーツを着た少女は丁寧なお辞儀と口調で言った。
「はい、僕に応えられることならば、ひとつと言わずみっつでも良いですよ」
「この駅に列車はいつ来るのでしょうか」
「列車の時刻表ならそこにあるけれど――」
「はい、それは見ました。その時刻表によると、もう列車が到着してもいい時間なはずなんすが……」
黒いスーツを着た少女は緊張と困惑、それと不安を少しずつ混ぜ込んだ表情で言った。
「時刻表ならそこにあるけれど」と僕は言い直した。「今日は列車は来ないんじゃないかな」
少女はさらに困惑を強めた表情で首を傾げた。
僕はいちから説明することにした。
昨日の大雨でこの駅に続く線路が途中で水没してしまったこと。滅多に点検されない場所だし、水没の規模も大きいから、列車の運行が復旧するには長い時間が掛かるそうだ、ということ。一応それらの情報は僕も人に聞いたものだということも補足しておいた。
「そう、ですか」
と少女は今度は表情に落胆を追加で混ぜた込んだ。
僕は少女のその表情を見てからカップに入ったお茶を飲み干して、少しだけ考えてから言った。
「なにか大事な用があって列車で何処かに行きたいのなら、僕が送ってあげても良いよ」
「本当ですか」と少女は落胆を薄めて望みを上乗せした。
僕は少女を載せて、車で線路沿いを走っていた。
線路は広い草原に真っ直ぐ、視界の限り続いているように見えた。
話を聞くと、彼女は人形だった。人形はとても精密な体内時計を有していて、それによって一分一秒の誤差のない正確な生活を送れるのだそうだ。しかし、彼女は最近その体内時計が壊れてしまったことに気付き、それによってまともな生活と仕事が出来なくなったので列車に乗って遠い場所にある修理屋まで修理をしにいくとのことだった。
「ありがとうございます」
と少女は深々とお辞儀をした。
「別に僕は困らないから、全然」
と僕はハンドルから片手だけ離して軽く振った。
「でも、なにかお礼をしないといけないですね」
僕がその必要はないとやんわりと断るが、少女は頑なにお礼をさせてくださいと申し出てくる。
「じゃあ、ひとつ質問」
「なんでしょう」
「君の来てる服は、普段着なのかな」
「いえ、会社の制服です」
「会社の制服」
「はい、私は新規物語創造社”作家になろう”の社員です」
聞いたこともない会社だった。そもそも、この世界で会社を運営してる事自体、僕にとっては珍しい話だった。
「その話、興味があるから、もうちょっと詳しく聞かせてもらえないかな」
僕はハンドルを線路の曲がりに合わせて回しながら少女の方を見た。
少女の務める新規物語創造社”作家になろう”という会社は、この世に人形の手で新しい物語を作成し、流通させることを目的としたものらしい。
小説や漫画、アニメ等の映像作品に至るまで、様々な物語を新しく作り出し、それを世の中に流通させることで人形たちの生活サイクルに新しい刺激を与えることが目的とのことだが、僕には人形が物語を新しく作り出すということが可能なのか、という疑問が生じた。
人形は基本的に、というより本能に近いところで人間の模倣をする、という習性があると聞いたことがある。そんな縛りがあるのに、オリジナルの作品なんて作れるのだろうか。
「私の会社では、オリジナリティとはイミテーションを重ねた先に存在する、と言われています」
僕がふむ、と頷いて続きを促すと、少女は言葉を紡いだ。
「例えば小説だったら、自分の好みを優先せず、とにかく様々な作風の作家さんを何人も見つけ、彼らの作品を全て読みつくします。そして、その複数の作家さんたちが書いた小説で、自分がこれは共感できる、とか、この展開は個人的に好きだ、という箇所を見つけてそれらを重ね合わせます。そして様々な形をした作家さんたちを重ねた結果、一貫して全て重なっている箇所、それを私の会社ではオリジナリティの元と呼びます」
「なるほど」と僕は運転しながらしばらく関心した。もう随分と長い間なだらかな道を運転しているので、滲んで湧く泥沼の泡のような眠気を弾けさせるには十分に興味深い話だった。
「でも、私はまだ未熟で、出版出来るような本は書けたことがないんです」
「たとえば君は、どんな本を書くんだい」
少女はそうですね、と少し間を置いてから応えた。
「昔、あなたと同じように旅をしている方と出会ったことがあります」
「へえ」と僕はまたちょっと興味を惹かれた。
「その方は私よりも少し見た目が年上の女の子で、出会った風景等を写真に保存して旅をしていました。私は彼女に旅の話をしてもらい、それを本にして出版をお願いしようと思ったんですが、上司にオリジナリティに欠ける、と言われてしまって」
「その本は出版できないんだ」
「はい」と少女は思い出したようにしょんぼりとした表情で応えた。
「君がよければ、だけど」と僕はそんな少女を横目に見ながら言う。「その本、僕が貰うことは出来ないかな」
少女は僕の顔を見て、驚きと嬉しさを兼ね備えた明るい表情を作った。
人形であることが皮肉に思えてしまうほど、晴れた空に似合う笑顔だった。
修理屋に着いたのは、日が既に半分は沈んだ頃だった。
聞いた通り、線路は途中で広大な水溜りによって水没していて、それを大きく迂回することでしか前に進めなかった。
少女は修理屋で簡単な検査を受け、外で待っている僕の所まで戻ってきた。
「検査の結果、私の体内時計はオーバーホールが必要ならしく、少し時間が掛かりそうです。差し上げる本は会社に置いてあるので、少しの間待っててもらうことは可能ですか?」
「大丈夫だよ」
と僕が了承すると、ご迷惑おかけします、とまた丁寧なお辞儀をして修理屋へと再び入っていった。
しばらく僕が車から出した折りたたみ式の椅子に座ってお茶を飲んで待っていると、修理屋から人がひとり出てきた。だがそれは少女ではなく、男性だった。
「お付きの方ですか?」
「まぁ、そんなところです」
「もうしばらくお待ちいただけますかな」
「ええ、大丈夫ですけど、体内時計のオーバーホールって、どれくらい時間がかかるんですか?」
と僕は単なる興味本位で男性に訊いてみた。
「そうですね、最低でも、二年半ってところでしょうか」
「二年半」ニネンハン? 思わず口へカップを近づけていた腕が止まった。
「はい、ですので、もうしばらくお待ち下さい」
ふむ、と僕は腕を組んでしばらく考えた後、男性に申し出た。
「ちょっと、用があるのでそれを済ましてからまた立ち寄らせてもらって良いですか」
「もちろん大丈夫ですよ。それでは、わたしも彼女のオーバーホールに取り掛かりますので」
そう言って男性は修理屋の中へと入っていった。
夕日はそろそろ沈みきり、空は暗い闇を落とし始めている。
僕は車に乗り込み、ハンドルに両手を置いて地平線に沈みゆく太陽を眺める。
「二年半後にアラームが鳴るように設定出来る目覚まし時計、探さなくちゃな」
バックミラー越しに見える修理屋を一瞥し、細く乾いた息を吐いてから、僕はエンジンをかけた。
メモ
・人形にも小説や漫画等を書く個体が相当数いるようだ。
→作家になろうには一度訪れてみる価値はあるかもしれない。
・人間と人形とでは、時間の間隔がかなりズレていることが判明。
→人形のちょっとが年単位だとは思わなかった。
・最低でも二年後にまた修理屋を訪れること。
→場所を忘れない為に詳細は別途地図を作っておこう。
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