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それから

缶詰と模倣と書籍

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 時刻は午前の四時頃。
 東の方角では少しずつ白白と空が明るみを広がせている。
 一本道の端に止めた車の傍らで、焚き火にあたりながらノートにペンを走らせる。
 キリの良い所まで筆を進めて、お茶を沸かして一息ついた。
「お腹すいたなぁ」
 温かいお茶が喉を通ると、空っぽのお腹の中でトプンと音が鳴った気がした。
 焚き火の始末をして車に乗り込む。
 夜が明ける東へ向けて、ハンドルを切った。

 時刻は午前の八時頃。
「困ったな」
 食料の確保の為に寄った村は、廃村と化していた。木製であれコンクリート製であれ、人工物は全てまとめて経年劣化を無防備に受け入れていた。
 しかし、もしかしたら缶詰などの保存食が残されているかもしれないので、無人の民家を一軒一軒廻っていく。その結果、予想外に大量の缶詰を入手することが出来た。
 だが、この廃村はちょっと奇妙だった。
 廻った全ての民家からは小説、漫画、図鑑、記述などの書籍の類が一つも無かった。
 無かった、というよりかは、失くなっていた、と言い直した方が正確だった。
 とは言え、食料の確保は出来たのでそれ以上の探索は止め、早々に車へ戻り廃村を後にした。

 時刻は午前の十一時頃。
 人の住んでいる村を見つけた僕は、近辺の情報収集をしていた。
「野党、ですか」
 村の住人に廃村のことを尋ねると、どうやら先程の村は野党に襲われた為に廃村と化し、そこの住人がここで新しく集落を築いたらしい。
 しかし興味深いのは、その野党の正体が人形だという事だった。住人に詳しく話を訊くと、人形は人間の残した文化を模倣する習性があるらしく、野党という知識を得た人形が村を襲ったのだという。村の民家に書籍がひとつも無かったのは、新たな人間の文化という知識を得る為の行為の結果なのだそうだ。
 人形には基本的に善悪の基準が無いらしい。だから殺人の知識を得たらそれを容易く実行してしまう。そういった文化を蓄積した人形たちは、人間の文化を模倣するという感情以外は何も感じずに人を殺せる。村人は人形の怖さを身をもって経験し、逆らう気も復讐する気も無いという。平和が一番。それには僕だって同感だった。
「あんた、あの村に寄ってきたんだろう? 人形たちはもういなくなっていたかい?」
「はい、もぬけの殻でしたよ」
 僕が肯定すると村人は
「それは良かった。あの村にはまだ大量の保存食が残っていてね。それを取りに戻らなければ」
 と表情を明るくした。
 僕はそれに反比例して苦笑いを顔に上塗りして別れを告げ、早々に車へ戻り、村を後にした。

 時刻は正午を少し過ぎた頃。
 村から少し離れた場所に、森に囲まれた広い公園があった。
 公園の中を廻ってみると、途中で大量の腐った食料を見つけた。
 もう少し進むと、ブランコに少女が一人、座っていた。
 少女に話しかけると、どうやら彼女は先程の村の住人らしい。だが、日中のほとんどはこの公園で過ごしていると言った。家族は心配しないのかと訊くと、歯切れの悪い口調で「大丈夫」と応えた。
 僕は試しに「今は何時だかわかるかい?」と訪ねた。
「時刻の確認ですね。……現在は正午十二時三十一分を十二秒過ぎました」と少女は即答した。
「君、人形でしょ」と僕が言うと、少女はしまった、という焦りと、その裏に不安と恐怖を配合した実に複雑な表情を作った。
 なぜ、人形の少女が人間のふりをしているのかと訊くと、彼女は「人間はやさしくて、面白いから」と答え、その後に暗い影に沈みそうな声で「でも、怖いところもある」と言った。
「怖いところ?」
「だって、私が人形だってバレたら、絶対、村を襲った復讐に殺されてしまうから」

 時刻は午後の十八時半を過ぎた頃。
 夕焼けが西の空を染めるのを見ながら、一本道の端に止めた車の傍らで、焚き火にあたりながら缶詰を開けた。
「いただきます。それと……一応、ごめんなさい」
 あの村の人間に僕が保存食を全て持っていってしまったことがバレたら、どうなるだろうか。
 小さな恐怖と共に食べた缶詰は、されども十分にお腹を満たしてくれた。

 メモ
・人形たちは人間の記述や記録を模倣することで生活サイクルを維持していることが判明。
 →ミステリー小説とかを知識として取り入れた人形は何をしでかすんだろう。
・人形の中にも、人間を愛し、積極的に接触をしようとする性格を持つ者がいる。
 →逆もまた然りかもしれない。
・廃村で保存食を見つけても、全部持っていかないこと。
 →やっぱり人間も人形も、怖い人は怖い。



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