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はじめに
プロローグ:暗い小屋の中で
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「ここは昔、日本と呼ばれていたらしいよ」
と彼女は言った。
外では轟々と強い雨が降っていて、雨滴が屋根や窓を容赦なく叩く強い音が僕と彼女を小屋ごとまるめて包んでいる。
「ニホン、ですか」
「そう、日本。君は日本ってなんのことだかわかるかい?」
「地名ですかね」
「おしい、国名だよ」
「国名……」
「私達がまだ生きてなかった時代、世界には国っていう仕切りみたいものがあったんだ」
彼女はそう言ってこちらを見た。気がした。電気が一切通っていない小屋の中は時間のせいもあって酷く暗い。お互いの表情は愚か輪郭を捉えるだけで精一杯だった。
「面白い話ですね」
そう言って僕はメモ帳を取り出したが、暗さのせいでろくに字も書けない事に気づいてそれをしまった。
「人類っていうのは、国っていう仕切りがあったから、争いもあったし、成長もできた」
「だけど今はその仕切りがない」
彼女は少しだけ笑ったような気がした。もしかしたらただ息を吹いただけかもしれない。
「そう、人形っていう存在が繁栄した今、世界に仕切りはなくなった」
「だから争いもないし、成長も出来ない、と」
「そうは言ってないよ。人形同士争うこともあるだろうし、人間だってまだ成長の余地は残されているかもしれない」
「曖昧ですね」
「そんなものさ」
そう言って彼女は少しの間黙った。
小屋の中は雨が屋根や壁にぶつかって弾ける音で一色に染まった。
「君に聞きたいことがある」と彼女は長い間を空けてからそう呟いた。「良いかな?」
「僕に応えられることならば、なんでも」
彼女は頷いたように見えた。もしかしたらただ浸水してないか足元を確認しただけかもしれない。
「現在、私たちの生きているこの世界を、君はどう思う? 人間の数はめっきり減り、人類は廃れていく一方、だが人形たちはまだ繁栄する余地がある」
彼女の表情はわからないけれど、口調からして、なんだか僕を試しているような色が見えた。
僕が答えを用意する為に黙っていると、彼女は続けた。
「もっと簡単に言おう。この世界は終わったと思うかい。それとも終わった後だと思うかい」
僕は少しばかり逡巡してから、答えた。
「どちらにしても、僕はまだ始まったばかりです、旅を終わらせるつもりもありません」
僕はポケットの中のメモ帳の感触を確かめるように撫でた。
「強いていうならば、世界が終わっていたとしても、僕はまだ終わっていません」
「良い言葉だと思うよ」
そう言って彼女は笑った。多分笑ったと思う。
「エンドロールみたいなものだ」
「エンドロール?」
「映画の本編が終わってから流れる。製作者たちを載せて流れる、終わりの続きみたいなものさ。スタッフクレジットとも言われる」
僕には彼女が言ったエイガという言葉の意味がわからなかったが、あえてそこに疑問を言葉として向けることはしなかった。
「ところで」と彼女はもう一つ質問を発した。「君は人形か、人間か、どちらなんだい?」
「そういうあなたは?」
彼女は黙り、
僕も口を噤んだ。
空は見事に晴れていた。
地面はまだ湿っているけれど、空はこれ以上ないってくらいに澄んでいた。この調子なら地面はすぐに乾いてしまって、雨が降ったことなんて忘れてしまうかもしれない。
僕は車に乗り込み、エンジンをかけてアクセルを踏む。
少し小高い丘を超えると、ずっと先の前方にとても大きな、それはもう湖と言っても過言ではないような水溜りが見えた。地平線から零れだした朝日がそれに反射する。
僕は彼女の言葉を思い出した。
「時間は大切にしな」
小屋から出ていく僕の背中に彼女は優しい声で言った。
「物語が終われば映画も終わる。そしてそれに関わった人物が全て紹介されてしまえば、エンドロールも終わる」
僕は振り返らずに彼女の言葉を頭に浸透させる。
「終わらない映画なんてないし、もちろん終わらないエンドロールだってないんだから」
僕はノートを開いた。
僕の旅を綴った記録。
今までの物語の記憶。
僕の旅はまだ終わらない。
これは、僕がこれから記録する、終わったエイガの後に続く、エンドロール。
5.01KB
と彼女は言った。
外では轟々と強い雨が降っていて、雨滴が屋根や窓を容赦なく叩く強い音が僕と彼女を小屋ごとまるめて包んでいる。
「ニホン、ですか」
「そう、日本。君は日本ってなんのことだかわかるかい?」
「地名ですかね」
「おしい、国名だよ」
「国名……」
「私達がまだ生きてなかった時代、世界には国っていう仕切りみたいものがあったんだ」
彼女はそう言ってこちらを見た。気がした。電気が一切通っていない小屋の中は時間のせいもあって酷く暗い。お互いの表情は愚か輪郭を捉えるだけで精一杯だった。
「面白い話ですね」
そう言って僕はメモ帳を取り出したが、暗さのせいでろくに字も書けない事に気づいてそれをしまった。
「人類っていうのは、国っていう仕切りがあったから、争いもあったし、成長もできた」
「だけど今はその仕切りがない」
彼女は少しだけ笑ったような気がした。もしかしたらただ息を吹いただけかもしれない。
「そう、人形っていう存在が繁栄した今、世界に仕切りはなくなった」
「だから争いもないし、成長も出来ない、と」
「そうは言ってないよ。人形同士争うこともあるだろうし、人間だってまだ成長の余地は残されているかもしれない」
「曖昧ですね」
「そんなものさ」
そう言って彼女は少しの間黙った。
小屋の中は雨が屋根や壁にぶつかって弾ける音で一色に染まった。
「君に聞きたいことがある」と彼女は長い間を空けてからそう呟いた。「良いかな?」
「僕に応えられることならば、なんでも」
彼女は頷いたように見えた。もしかしたらただ浸水してないか足元を確認しただけかもしれない。
「現在、私たちの生きているこの世界を、君はどう思う? 人間の数はめっきり減り、人類は廃れていく一方、だが人形たちはまだ繁栄する余地がある」
彼女の表情はわからないけれど、口調からして、なんだか僕を試しているような色が見えた。
僕が答えを用意する為に黙っていると、彼女は続けた。
「もっと簡単に言おう。この世界は終わったと思うかい。それとも終わった後だと思うかい」
僕は少しばかり逡巡してから、答えた。
「どちらにしても、僕はまだ始まったばかりです、旅を終わらせるつもりもありません」
僕はポケットの中のメモ帳の感触を確かめるように撫でた。
「強いていうならば、世界が終わっていたとしても、僕はまだ終わっていません」
「良い言葉だと思うよ」
そう言って彼女は笑った。多分笑ったと思う。
「エンドロールみたいなものだ」
「エンドロール?」
「映画の本編が終わってから流れる。製作者たちを載せて流れる、終わりの続きみたいなものさ。スタッフクレジットとも言われる」
僕には彼女が言ったエイガという言葉の意味がわからなかったが、あえてそこに疑問を言葉として向けることはしなかった。
「ところで」と彼女はもう一つ質問を発した。「君は人形か、人間か、どちらなんだい?」
「そういうあなたは?」
彼女は黙り、
僕も口を噤んだ。
空は見事に晴れていた。
地面はまだ湿っているけれど、空はこれ以上ないってくらいに澄んでいた。この調子なら地面はすぐに乾いてしまって、雨が降ったことなんて忘れてしまうかもしれない。
僕は車に乗り込み、エンジンをかけてアクセルを踏む。
少し小高い丘を超えると、ずっと先の前方にとても大きな、それはもう湖と言っても過言ではないような水溜りが見えた。地平線から零れだした朝日がそれに反射する。
僕は彼女の言葉を思い出した。
「時間は大切にしな」
小屋から出ていく僕の背中に彼女は優しい声で言った。
「物語が終われば映画も終わる。そしてそれに関わった人物が全て紹介されてしまえば、エンドロールも終わる」
僕は振り返らずに彼女の言葉を頭に浸透させる。
「終わらない映画なんてないし、もちろん終わらないエンドロールだってないんだから」
僕はノートを開いた。
僕の旅を綴った記録。
今までの物語の記憶。
僕の旅はまだ終わらない。
これは、僕がこれから記録する、終わったエイガの後に続く、エンドロール。
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