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109 盗賊さん、ダンジョンマスターについて語る。

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「これが例の魔物のスケッチです」
「ありがとう」
 スケッチを手に取ったヒカリさんは、各所の覚書に目を走らせ目を白黒とさせていた。
「ちょっと聞きたいのですけれど、この全長は約120m前後というのは事実なのでしょうか」
「あくまでも目測ですので、その数値はかなり大雑把なものです。ですが、誤差はそれほどでもないと思いますよ」
「ですが、これはあまりにも……下級の竜種であるワイバーンでさえ15m前後ですのに。これでは伝説上の生物である古代竜クラスの化物ではありませんか」
「ダンジョンを直に喰らうような化物ですし、不思議ではないかと」
「確かに、それはそうですわね。でも、困りましたわね。ダンジョンを丸ごと食べられしまうなんて。このままでは冒険者ギルドの運営も厳しいものになってしまいますわ」
 ダンジョンの入場料などで利益の一部を得ていた冒険者ギルドとしては、かなり困った事態なのは間違いなさそうだった。
「本日のダンジョン利用者の安否はわかっているのですか」
 話の流れでなんとなしに、そんなことを訊ねるとヒカリさんは困ったような顔をした。
「本日探索の申請を出された方は、まだ入場前でしたから無事でしたが。数日前から長期探索の申請を出してダンジョンに潜っていた有望な方々の多くは、安否不明ですわね。ただ生存は絶望的でしょうね」
「残念なことです」
「えぇ、本当に。私達はダンジョンを利用しているつもりで、それが超自然の存在であることを忘れてしまっていたのでしょうね。あれはあの魔物が餌を集めるために創り出した罠だったのかもしれませんね」
 遠い目をしたヒカリさんは、妙に悟ったような物言いをした。
「本当にそうだった可能性は確かにありますね。実際に、あの魔物はボクらが調査予定だったダンジョンに潜り込んで、新たなダンジョンを創り出していますから」
 それを聞いたヒカリさんは、目を大きく見開き、テーブルに両手を付いて身を乗り出して来た。
「それは本当ですの!」
「えぇ、サク姉の召喚獣で追跡していたらそれらしい場所で営巣し始めたらしいですから。そうだよね、サク姉」
 ボクはヒカリさんの問いに答えながら、サク姉に水を向けて話を継いだ。
「そうね。地中と空の両方で追跡してたから間違いないと思うわ。あの魔物が止まった場所の近くに魔力溜まりも見受けられたしね」
「それで、新たなダンジョンが創り出されているというのは事実なのですの?」
「私が召喚獣を介して見た限りではそうでしたね」
 サク姉がそこまで話したところで、ボクは追加情報を加える。
「サク姉の話を聞いた感じですと、例の魔物に生み出された新たな魔物は、食べられてしまったダンジョンの魔物と類似したモノみたいです。なのでもしかしたらドロップアイテムも、失われてしまったダンジョンと同じである可能性は高いです」
「その話が本当なのでしたら、すぐにでも調査に行きたいところですわね。ただあの魔物がどう動くかわからないのが怖いんですのよね。探索中にぱっくり食べられちゃうなんてことになりかねませんし」
 確かに問題はそこなんだよね。推測にしかならないけれど、あの魔物はバーガンディ周辺のダンジョンを創り出していたダンジョンマスターのようなモノだとは思う。ただなんで急に姿を現したのか理由がわからない。そんなことをすれば、これまで長い年月をかけて創り上げた環境を捨てることになってしまうわけだしね。
 ひとつ考えられるとすれば、ダンジョンを喰い破って地上に出るなり、喰らいつきに行った共同墓地の存在だった。あれを喰らったことで、あの魔物は地上で身体を構成する魔素が拡散することのないよう受肉した。
 だというのに、あの魔物は再び地下に引き籠ったのである。その辺りのことが判明しない限り、迂闊に手を出すのは危険でしかなかった。
「明後日に予定していたダンジョンの調査はどうされます?」
「現状、保留ですわね。調査依頼を出して来た領主様が、騎士隊を引き連れて自ら探索に赴くそうですしね。なので実質的に依頼はキャンセルされることになりそうですわ」
 あの事勿れ主義の領主が自ら動こうだなんて、相当に逼迫しているらしい。領内のダンジョンのことごとくが失われてしまったのだから仕方のないことかもしれないが、他に対処すべき案件もあるだろうに、領都を離れて平気なのだろうかと余計な心配をしてしまう。その辺りのことは、あとでラビィから話を聞かせてもらうしかないね。
「そうですか、わかりました。一応、例の魔物に関する情報はすべてお話ししましたが、他に何かありますか?」
「いいえ、ありませんわ。存外に多くの情報を提供していただきましたし、日を改めて謝礼の方をお持ちしますわ」
「緊急事態ですし、別にそういうのは──」
 そう言って固辞しようとしたが、口を閉ざすように手で示され、途中で言葉を遮られてしまった。
「善意で仰ってるのでしょうが、いけませんわ。きちんと対価を受け取ってもらわなければ、今後同様の依頼を受けた方が報酬を得ることを悪とされかねませんもの。緊急事態だからと言って、そのような風潮が蔓延するのは本意ではありませんでしょう?」
 そこまで言われてしまっては、断れるはずもなかった。以前、ラビィに対してボク自身が似たようなことを言っていただけに、思わず苦い笑いが溢れてしまった。
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