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099 盗賊さん、評価する。

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 ボクらは睡魔が訪れるまで、それまでの陰鬱とした空気を払拭するように取り止めない話をした。次第に夜も更け、どちらともなく眠りに就いていた。

 夜が明け、ボクはひとり目を覚ます。隣ではサク姉がくうくうと静かな寝息を立てていた。ボクはサク姉を起こさぬようにベッドを抜け出し、身体をほぐす。足元ではボクの真似をするプルが、ぷよんぷよんと身体を伸び縮みさせていた。
 部屋着から普段着に着替えて1階に降りる。結局、昨夜はアッシュがここに帰ってくることはなかった。どこでなにをしているのか不安を覚えるが、ボクらに不利益を与えるようなことはしていないはず。その程度の分別はあるはずだしね。
 台所では、いつものようにグレンが朝食の準備をしていた。
「おはよう。身体の調子はどうかな」
「はよう。ちっとばかし、腕に張りを感じるがそれほどでもねぇな」
「気付けにポーション飲んでおく?」
「こんなことに使って平気か」
「ボクが作ったものに関しては在庫とか気にしなくていいよ」
 ボクはウエストポーチから劣化ポーションを取り出しながら答える。
「そこまで言うんなら一本もらってもいいか」
 ポーションを受け取ったグレンは、それを一気に呷った。胃の中にポーションを勢いよく流し込んだグレンは、苦み走った顔をしていた。
「良薬口に苦しとは言うが、やっぱ雑草臭さがすげぇな」
「まぁ、薬草なんて呼ばれてるけど雑草みたいなものだしね。ポーションの味をどうにかしたいなら、スキル抽出前に溶媒に予め味を付けておくしかないよ。ただその分、スキル抽出の難易度は上がるだろうけどね」
「そりゃいいな。魔力操作の訓練にもなりそうだ」
「前向きなようでなによりだね。そろそろポーション作製に着手出来そうなくらいには魔力循環には慣れたかな」
「それなんだがよ。朝食の後で、ちっとばかしみてもらいてぇもんがあるんだが、いいか」
「問題ないよ。今日の予定は北西のダンジョンに行くだけだからね」
「野菜でも取りに行くのか」
「いや、違うよ。畑を守らせる自律型のゴーレムを造るのに必要な素材採取しに行くんだ」
「馬車引かせてたやつとは違うのか?」
「あれはボクが魔力で直接操作していたからね。常に近くにいて、魔力を流し込んで操作ないといけなかったんだよね」
「よく魔力が尽きなかったな」
「魔石で動作補助させてたからね。それほど魔力的な負担はなかったよ」
「魔力循環の訓練を始めてからわかったが、オレに想像出来る範疇を越えちまってるよ。ヒイロのやることはな」
「物心ついたときから魔力操作の訓練をさせられてたからね。その辺りはこれまで積み重ねて来た経験値の差じゃないかな」
「レッドグレイヴ生まれだと、そうなっちまうもんなのか」
「どうかな。ボクは親が取り分け魔術に傾倒していたからね。そのせいじゃないかな」
「そういう事情だったのか」
「そうだよ。だから成人の儀で天職が魔術職じゃなかったと知れると、レッドグレイヴからの追放処分が言い渡されちゃったのさ」
「あれだけの実力があってもダメなのか」
「まぁ、本職の人間と比べるとどうしても能力的に見劣りしてしまうからね」
「これまでのことを思い返すとそうは思えねぇが、オレはそのホンモノを知らねぇからなんとも言えねぇな」
 そんな会話を交わしていると、2階からサク姉が欠伸を噛み殺しながら階段を降りて来ていた。そんなサク姉の隣を黒猫がとてとてと付かず離れずついて来ていた。
「おはよ。ふたりとも朝から元気よね」
「サクラ姐さん、はようっす。朝ごはんできてますよ」
「どうも。それじゃ、みんなで朝食にしまょ」

 軽めの朝食を済ませ、食器類の片付けを請け負ったボクが皿洗いをしている間に、グレンは部屋からなにかを持って来たらしい。手の水気を払って、ホールに戻る。
 するとグレンがテーブルの上に薬瓶を数本並べていた。魔力を込めた目を凝らしてみると、それはポーションであるらしいとわかった。
「どうだろうか。昨晩、試しでポーション作製に挑戦してみたんだが」
「ポーションの治癒効果量は、レッドグレイヴで出回ってる正規品の3割ちょっとといったところかな。魔法薬としての性能的には薬師ギルドに並んでたポーションと同等か、それより少しだけ上回ってるくらいだね。天職に頼らないポーション作製としての完成度は50%くらいってところかな」
 ボクの評価を聞いたグレンは、安堵したように長く時間をかけて息を吐き、ひと息に息を吸ってから口を開いた。
「そうか」
「ここまで独力で完成させられたなら、あとはもう慣れだと思うよ。魔力循環の訓練で魔力操作もある程度向上しているようだし、このまま行けばポーション作製技術は一気に向上すると思うよ」
「それならオレが基礎的なことを、この間のガキんちょどもに教えても問題ないか?」
「問題ないよ。でも、教えるのは魔力循環だけにしときなよ。天職も定まってないときに大量に魔力消費するようなことをさせると、成長が阻害されたりするからね」
「そうなのか?」
「うん。魔力は生命エネルギーの一種だからね。それが不足すれば、成長にまわされるはずだったエネルギーが、魔力の代わりにその不足分を補おうとするんだ。その結果として、肉体に蓄えられる最大魔力保有量が少なくなったり、病魔に弱い身体になっちゃったりするのさ」
「そりゃいただけねぇな」
「自身の魔力量を把握した上で、多少使う分には問題ないんだけど、あの年頃の子達が自生出来るとも思えないしね」
「かもな。オレなら確実にぶっ倒れるまで魔力使い果たしちまうだろうしな」
「だろうね」
 そんな軽口で会話を切り上げると、グレンは自作ポーションを真新しい背嚢にしまい込んでいた。
「んじゃ、今日もオレの方は孤児院に行ってくるわ」
 早速出発しようとするグレンの背中に向けて、注意を促すように告げる。
「グレン。今日はユーナちゃんのお母さんがいるはずだから、親子水入らずにしてくれると助かる」
 一瞬、グレンは怪訝な顔をしたが、深く頷いた。
「オレもそこまで野暮じゃねぇさ。他人の事情に嘴突っ込むようなことはしねぇよ。前にも言ったが、この件に関しては手出ししねぇから安心してくれ」
「悪いね。余計なことを言ってしまったかもしれないな」
「んなこと気にすんなよ。言葉にしなきゃ伝わんねぇしな。んじゃ、オレは行くぜ」
「あぁ、いってらっしゃい」
 グレンを見送り、椅子に腰を下ろす。ボクらの会話に一切の口を挟むことのなかったサク姉は、対面の席でなにやら考え込んでいた。
「サク姉、どうかしたの?」
「あー、うん。ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「彼のことよ。話を聞いてる感じだと彼ってヒイロから魔力の扱いを習い始めたばかりなのよね」
「そうだね」
「それって、4、5日程度のことでしょう。それなのにもうあそこまで魔力の扱いに慣れてるは、あまりにも早すぎるんじゃないかと思ってね。もしかしなくても、彼の天職って魔術職じゃないんでしょ」
「『裁縫師』って言ってたかな。【縫製】や【裁断】のスキルを使ってるところを見せてもらったから間違いないよ」
「それはウソではなさそうだけど、どうにも引っかかるのよね」
「曾祖父さんが『錬金術師』だったらしいから、その素養が少なからず受け継がれてたんじゃないかな」
「その可能性はなくはないだろうけど……」
「悪いことではないんだし、そこまで気にすることもないんじゃないかな」
「それはそうなんだけどね。うーん、やっぱり気になるし、私達も孤児院に向かいましょうか。ユウヒのこともあるしね」
「サク姉がそこまで言うんなら、今日はそうしようか」
「なんかごめん、予定変えさせて」
「いや、直感ってのは案外バカに出来ないしね。後悔しないためにも、今のうちに懸念事項は解消しておこうか」
 予定を改めたボクらは、冒険者ギルドには立ち寄らず。その足で孤児院に向かった。
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