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098 盗賊さん、昔話を聞く。

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 その後、その話題は発展することもなく終わった。
「サク姉、先にお風呂入りなよ。疲れたでしょ」
「ここって、お風呂あるの?」
「部屋に入ってすぐのとこにある扉がそうだよ」
 そう告げるとサク姉は少し驚いたようだった。
「まさか部屋に備え付けとはね」
「ここの創設者がお風呂好きだったらしいからね」
「じゃあ、先に入らせてもらおうかな」
「うん。ごゆっくり」
 サク姉が浴室に入って行ったのを確認したボクは、今のうちにパパに連絡をすることにして[ジェミニタブレット]を取り出した。調査には数日かかると前もって言われていたので、特に新着のメッセージが届いているということはなかった。なのでこちらから一方的に今日知り得た情報で、サク姉がユウヒさんから聞き出した内容を元にして、調査に使えそうなものを箇条書きにして送信した。情報提供を終えたボクは、もう用済みだとばかりに[ジェミニタブレット]をウエストポーチに戻した。
 それからはサク姉がお風呂から上がってくるのをプルと戯れながら待った。全身から湯気を立ち昇らせながら浴室から出て来たサク姉と入れ替わるように、ボクも入浴済ませた。
 体表面のお湯を【奪取】で取り除き、肌をさらりとさせてから浴室から出る。部屋に戻るとサク姉は、疲れ果てた様子でベッドの上に転がっていた。
「サク姉。お布団に入らなきゃ、風邪ひくよ」
「んー、ヒロちゃんお願い」
 動くのも億劫そうなサク姉は、ベッドの上に身体を投げ出したままボクに雑な催促をした。
「ほら、どいてどいて」
 サク姉が敷いてしまっているお布団を、サク姉の下から引っ張り出し、上から掛け直す。そしてその横にボクも転がり込んだ。
「ホンット今日は疲れたよ。まさかの初日からこんなことになるなんてね」
「今の状況が落ち着けば、レッドグレイヴにいたときよりは楽になるよ」
 そんな返答をするとサク姉は苦笑した。
「もしかして地下で私が言ってたこと間に受けてたりする?」
「なんのこと」とは問わなかった。サク姉の口ぶりや、その瞳から惚けるだけ無駄なのだと直感的にわかった。
「サク姉って、他領の生まれだったんだね。ボクが幼い頃からずっと居るからレッドグレイヴの生まれだと思ってたよ」
「初めて会ったのは、ヒロちゃんがこんなちっちゃい頃だったもんね」
 サク姉は自身のお腹辺りで手を振り、初対面時のボクの身長を示した。
「6歳のときだよ」
「あー、じゃあ、もう9年になるんだね。私がレッドグレイヴに移り住んでから」
「サク姉、24なの」
「みたいね。最近はあんまり自分の年齢のこと考えなくなっちゃってたから忘れがちだけどね。早いとこ研究職に移りたいよ。今の仕事、私に向いてるとは思えないし」
「本当に?」
「前衛が居なきゃ、私ってただの的だよ」
「ううん。そっちじゃなくて、研究職にって方」
「ダンジョン探索よりは向いてると思うよ」
「サク姉、本当はやりたいことあったんじゃないの」
「らしくないね。そんなに踏み込んでくるなんて。なにか心境の変化でもあった?」
「やっぱり気になってさ。地下でサク姉が言ってたこと」
「まぁ、ヒロちゃんの実父が治めてる領地だもんね。悪様に言われたら気になっちゃうよね」
「そこは別にそうでもないよ。パパが魔術狂いって呼ばれてるのは知ってるし。ユウヒさんを懐柔するには、共通の敵を明示した上で、共感を示すのは効率的な選択だと思えたしね」
「そういう見方出来てた上で、私の言動で気になる点なんてあった?」
「お父さんに売られたってとこ辺りかな。あれって、事実なんでしょう」
 サク姉はちらりとボクに視線をよこしたけれど、すぐに天井へと視線を移した。
「それ聞いてどうするの? まさか仲直りさせようと考えてたりする?」
「そんな気はないよ。たぶん、無理な話だろうし。和解するなんて選択はとっくの昔になくなってるんでしょう」
「そうね。今も生きてるのか死んでるのかもわからないわ。私を売ったお金でもどうにもならなかったのかもね」
「借金があったの?」
「なんて言ったものかな。借金はしてなかったはず。でも、もらったお金全額投資しちゃったみたい」
「なにに?」
「レストランかな。父親が経営してた」
「サク姉が料理上手いのって」
 ボクが言い終わる前に、サク姉は言葉を継いだ。
「そ、ちっちゃい頃から15になるまでお店手伝ってたんだよね。これでも元看板娘ってやつね。スカーレットの領都でも人気のお店だったんだよ。割と高級志向ではあったからか、お客さんは堅苦しい格好した人が多かったけどね」
「お店が繁盛してたんならお金に困ることはなかったんじゃないの?」
 当然の疑問を投げかけるとサク姉は、眉尻を下げて曖昧な表情を浮かべた。
「欲が出ちゃったんだよ。うちってかなりの老舗で、それまで伝統の味を守ってたから、客層は固定されてても客足が途絶えることはなかったんだけど。そんな伝統に縛られてたんじゃ、発展性はないって父親がイキリ出してね。これまでうちのお店が築いて来たものを、ぶち壊すような商業展開し始めたの」
 深いため息を吐き、サク姉は続きを話す。
「2号店、3号店って増やして、メニューも目新しいものをって一新しちゃってね。最初こそ珍しさからか新規のお客がたくさん来たけど、すぐに廃れちゃったんだよね。増やしたお店は直ぐに立ち行かなくなって閉めちゃったし、一時期新規のお客が増えた際に予約すら取れなくなったって、古参のお客さんは離れて行ったんだ。だから父親は救いを求めるように、店も落ち着いたからもう一度足を運んでみませんか、なんて古参のお客さんに声かけしたらしいんだけど、断られたみたいなんだよね。味が変わってしまった店には興味がないってね」
 天井を仰ぎ見ながら、サク姉はどこか遠くを眺めていた。
「まぁ、そこからはよくある話だよね。一度転がり始めたら簡単には止まれないって感じでさ。みるみるうちに落ちぶれていったの。従業員の多くも他所に流れて行っちゃったからうちの味も一緒に流出しちゃってさ。わざわざうちで食べなくてもいいやって感じでね」
 サク姉は呆れ混じりのため息を吐いた。
「味は悪くなかったんだけどね。お客さんがうちの店に求めてたものと、父親が作りたがってたものが一致しなかったのが1番の敗因かな」
 長い独白めいた話は、そこで終わった。
「サク姉、今でも料理は好き?」
 そんな質問をすると、サク姉は天井に向けていた瞳をボクに移した。
「料理は、ね」
 そう答えたサク姉は、口元を押さえて唐突にくつくつと笑い始めた。
「そう、好きなんだよね。料理するのも、誰かに食べてもらうのもね。最近、まともに料理なんてしてなかったから、久しくこの感覚忘れちゃってたなぁ」
 どこか充足した様子のサク姉は、それまでの陰鬱とした雰囲気を払拭して、頰を緩めて童女のような笑顔をしていた。
 
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