天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未

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096 盗賊さん、不始末の肩代わりをされる。

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 ユーナちゃんのお母さんに目を戻す。彼女は確かに生きた人間と見分けがつかぬ姿をしているが、目に魔力を集中させて見ると、人間ではないのは一目瞭然だった。
 魔力と魔素で構成された魔法生物である目の前の人物は、身体を構成している魔力を消費することで存在を維持していた。今の速度で魔力が消費され続けるなら、明日にはその存在は消滅する未来が予想出来た。
「いえ、ボクはあなたを助けられませんでしたよ。あなたは既に死亡して、遺体は共同墓地に運び込まれています」
 彼女はボクの発言内容が理解出来ないのか、額にシワを寄せた。
「なにを意味のわからないことを言ってるの。そうやって私を煙に巻こうとしてるのね。レッドグレイヴの連中みたいに」
 彼女が発したレッドグレイヴとの単語に引っ掛かりを覚えた。それはサク姉も同様だったようで、話に割り込んで来た。
「ねぇ、レッドグレイヴでなにがあったのか聞かせてくれない。私もレッドグレイヴにはひどい目に遭わされたの。だから少しくらいなら手を貸してあげられるかも」
 新たな人物の登場に彼女は一瞬だけたじろいだが、自身と同じようにレッドグレイヴに対して恨みを抱いている人物が相手だっただけに少なからず共感を抱いたのか、気を取り直して聞かれたことを感情のままに捲し立てた。それに対して適宜にサク姉が合いの手を入れるからか、彼女はするすると自身の事情を打ち明けていった。
 その内容を要約すると、彼女は名をユウヒというそうなのだが、その旦那さんはレッドグレイヴの魔術研究機関に使い潰されて過労死したが、その補償もなにもなされず。また彼女自身は魔術職でなかったために、レッドグレイヴでは働き口が見つからず、路頭に迷いそうになって、資産家の実家を頼ろうと帰郷したということだった。
「実家ならあの子を養ってくれるだけのお金はあると思ってたのに、半ば没落して貧乏暮らしもいいとこよ」
 不満を吐き出しきれていないのか、今度は実家が運営している孤児院に対してまで文句をつけ始めていた。
「あなたがバーガンディを出たのはいつ?」
「7年前よ。成人の儀で『園芸師』なんて天職押し付けられてすぐに出てってやったわ。そのままいたら畑仕事手伝わされるのは目に見えてたし。でも、幸いにも彼氏が『魔術師』の天職を得たから、レッドグレイヴに駆け落ちすることにしたのよ。旦那が魔術職なら配偶者の生活も保証してくれるって、噂で聞いてたし、実際にそうだったわ」
 ここ3年の間に衰退した実家の事情を知らなかった様子からして、7年前にバーガンディを出たというのは事実だろうと判断した。
「そう、大変だったのね」
「あなたは?」
「父親が金欲しさに私を売ったのよ、レッドグレイヴにね。私ってかなり珍しい魔術職だったらしいから」
「まさか奴隷にされたの?」
 サク姉は苦笑する。その様子を見ているだけのボクは、完全に部外者になっていた。
「奴隷とまではいかなくとも領都の飼い犬といったところね。命の危険を伴うダンジョン探索を強制されてるわ」
「そう、魔術職の人間でもレッドグレイヴの外から連れてこられたひとは、そんな扱いを受けてるのね。だからうちの旦那も……」
 ボクは領主邸で軟禁生活を強いられていたといっても、領都の事情をまるで知らなかったのだとふたりの会話で思い知らされた。
「私はマシな方だったけどね。だから同じようにレッドグレイヴを逃れて来たあなた達親子に、手を貸したいと思ったのよ。ただ……少し遅かったみたいだけどね」
 サク姉は伏目がちになり、悲しげな表情をつくっていた。
「どういうこと?」
 ユウヒさんは今の状況を飲み込むだけで精一杯なのか、初対面のはずのサク姉がなぜユウヒさん親子を知っているのか、といった疑問とは別のところに気を惹かれていた。
「そこの子が最初に言ったことが事実だってことよ。あなたは本当に死んでしまったの。周りをよく見て、ここがどこか見覚えあるかしら」
 諭すようにサク姉が告げると、ユウヒさんは周囲を見回しながら困惑の表情を浮かべた。
「帰らずの森、じゃない。ここは、どこなの」
 今更のように自身の置かれた状況を把握して、ユウヒさんは不安を滲ませた声音でサク姉に訊ねた。
「錬金術ギルドの地下よ。バーガンディにある魔術職関連のギルドってここしかなかったから、今はここでお世話になっての」
「それに私が既に死んでるってどういうこと? こうやって話してる私はなんなの」
 一気に疑問が噴出したらしいユウヒさんは、矢継ぎ早にサク姉に答えを求めた。
「あなたは死霊だよ。私があの世から呼び出したの。あなたが遺した子供のためにね」
「死霊?」
「そう。私は『死霊術師』だから死者の魂をあの世から呼べるの。自分の胸に手を当ててみればわかると思うわ。あなたの心臓、動いていないから」
 サク姉はなんの躊躇いも見せずに、そんな嘘をついていた。それを聞いたユウヒさんは、自身の身体がサク姉が言う通りの状態だと理解すると、サク姉に救いを求めるように懇願した。
「それなら、あのひとを。私の旦那を呼んでちょうだい。お願い」
 縋り付かんばかりの必死さで、ユウヒさんは地べたを這うようにしてサク姉の脚に腕を伸ばした。サク姉はそれに応じるようにしゃがみ込み、伸ばされた手を両手で包み込むように掴んだ。
「それは出来ないの。私が呼べるのは、この近くで最近死んだばかりの、まだ魂があの世に連れて行かれていない人達だけだから。力になれず、ごめんなさい」
 辻褄合わせするように、サク姉は即興の設定をでっち上げて弁舌を重ねた。
「それならなんで私を……」
「言ったでしょう。あなた達親子に手を貸したかったって。母親のあなたを救うことは出来なかったけれど、せめてあなたの子供には幸せになって欲しいのよ」
「あの子の幸せ……」
「そう。今もあなたの帰りを待ち続けている子に、別れを告げて欲しいの。あの子は、いつかあなたが帰ってくるかもしれないと、自分のやりたいことも我慢して待ち続けてるの。だから、あなたにはそれから解放してあげて欲しいのよ」
 サク姉はボクがユウヒさんに望んでいたことを頼んでくれていた。
「無理よ。私はひとの親として失格だもの。あのひとが死んでしまって、もう私ひとりでは育てられるとは到底思えなかった。だから母さんに、私を育ててくれたあのひとにあの子を頼むことにしたのよ。あのひとなら私みたいに間違ったりしないから……」
 ユウヒさんは涙を流せぬ魔法生物の身体で、嗚咽を漏らして泣いていた。
「そんなことはないわ。だってあなたは、誰も頼りにすることの出来ない土地で、旦那さんが居ない間もあの子を守りながら今まで育ててきたのでしょう。それは誇るべきことなんじゃないかしら」
「そう……かしら」
「そうよ」
 サク姉は即座に強く断言した。
「ははっ……初めてひとの親として認められたような気がするわ。ずっと母親らしくしなきゃって、追い詰められてたし、正直、その役目から逃げたかった……ううん、もう逃げちゃったのよね。ごめんなさい。こんなこと思ってはいけないんだろうけど、あなたともう少し早く出会えていればと思わずにはいられないわ。ごめんなさい、ごめんなさい……」
 そこまで言ったユウヒさんは頭を地面に擦り付けるように伏して、ごめんなさいと何度も繰り返し口にして深く後悔していた。
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