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095 盗賊さん、命を冒涜する。

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 スキルの動作確認が済んだボクは、当初の目的を果たすことにする。
「サク姉。これからボクはひとの命を冒涜することなるけど、召喚対象が暴走した場合は手を借りてもいいかな」
「……正直、手を貸したくないし、止めたいけど、止めたってやるんでしょ。私としては時が解決してくれるのを待つ方がいいとは思うんだけどね。親に捨てられたってことを今は受け入れられなくても、いつかは割り切れるだろうからね。急がせる必要はないんじゃないかな」
 説得するのは無駄だろうと半ば諦めたように、サク姉はそんなことを言った。
「たぶんあの子もそう思ってるだろうね。だからその認識を変えたいんだ」
 そんなボクの返答を耳にしたサク姉は、さっきまでとは打って変わって顔を険しくした。
「それって、まさかとは思うけど母親の死を受け入れさせるってこと? 別れを告げさせるって言ってたのは、そういうことなの」
「そうだよ」
「死を知らせるくらいなら、捨てられたけど、何処かで生きてるかも知れないって、思ってた方がマシなんじゃないの。下手をしたら塞ぎ込んじゃうかもしれないよ」
 説得を諦めていたサク姉は、考えを改めたのか、なるべく感情的にならないように言葉を並べ立てた。
「それでも事実を知らないままでいるよりは、いいんじゃないかな」
 ボクの意思が固いとみると、サク姉は責めるように諌めてくる。
「ヒロちゃんの価値観ではそうだろうけど、他の人も同じように考えるわけじゃないんだよ。わかってる?」
 サク姉の指摘は最もだとは思う。それでもこの件に関してボクは引き下がれない。ユーナちゃんのお母さんが、単純に子供を孤児院に押し付けて行方をくらましただけなら、そんな選択はしなかった。でも、実際には愛されているのがわかった以上は、それをユーナちゃんには知っておいて欲しかった。
「よくわかってるよ。これはボクの自己満足だってね。でも、親から愛されてなかったと思い続けるよりは、いいんじゃないかな」
「捨てたことには変わりないよ」
「だとしてもユーナちゃんには、生きていて欲しいとは願っていたんだから、それを言葉で伝えたいんだ。本人の言葉でね。まぁ、その言葉はボクがでっち上げることになるんだけどさ」
「どちらにとっても、ひどいことをするね。望んでないだろうにさ。死者の尊厳を冒涜して、呪われても知らないよ」
「全て承知の上だよ」
 サク姉は完全にお手上げだと言いたげに、ちいさく首をふった。
「無責任なことだけはしないでね」
「もしものときはボクが引き取るよ」
「軽率な発言だね。ひとりとりを育てるのは、そう容易なことじゃないよ」
「わかってるよ。ボクひとりでは難しいってことくらいはね」
 じっとサク姉の瞳を見据えて告げると、サク姉は観念したとばかりに、ひらひらと手を振った。
「はいはい、わかったわよ。ふたりに料理を教えるって言ってたしね。その子が自立するまで、多少のことなら手を貸すわよ」
「ありがとう、サク姉」
「その代わり、今夜は愚痴に付き合ってもらうからね。寝不足になっても文句言わないでよ」
「いいよ。朝までだってかまわないよ」
「後悔することになるかもよ」
「それならそれでいいよ。サク姉の手が借りられるならね」
「そう」
 対立的な空気は霧散して、ボクの計画を実行するのに際して、半ば有耶無耶にする形でサク姉の同意を得た。
「じゃあ、計画の前に召喚対象の動作や反応を確かめさせてもらうね」
「途中で無理そうだと感じたら即座に【召喚】は破棄しなさいよ。そのときは、この計画を実行せずにお蔵入りにしてもらうよ」
「前提条件が成り立たなきゃ、計画を実行しようもないしね。そのときは素直に諦めるよ」
 ボクは、そんなことを口にしながらも、どうしてだか失敗するとは思えなかった。
 記憶に刻みこまれたユーナちゃんのお母さんの遺体の情報を引っ張り出し、脳内で損傷部位をボクの肉体を構成する情報と比較しながら補修する。完全に補修された姿を脳内で正確に描けるようになり、ボクは【召喚】を実行すべく魔結晶を握って、在らん限りの魔力を放出した。
 遅々とした進みで人型に形成される魔力を、より正確にユーナちゃんのお母さんと違わぬ形に整えることに注力した。完璧な人型状態にまで練り上げた魔力を操作しながら擬似生命を与える中枢を植え付けるのに併せて、ボクは【召喚】を実行した。
 周辺の魔素が一気に消費されるのが肌でわかる。ボクから切り離された人型の魔力は、次第に実体化していき、やがて生きた人間と見分けの付かぬ魔法生物が、この世に生み出された。
 直立する人型魔法生物は、身じろぎすることなく、じっとしていたが、力を失ったように地面に崩れ落ちる。失敗してしまったかと思ったが、人型魔法生物は崩れ落ち際に地面に打ち付けた身体の痛みに耐えかねたように呻き声を上げた。緩慢な動作で身体を起こそうとする。やがて身体を起こした生前と見分けの付かぬ姿をしたユーナちゃんのお母さんは、地面に座り込んだ状態で呆然としていた。
「なんで……死んだはずじゃ」
 放心したようにそうつぶやくと、自身の首に手をあてがったりしていた。しばらくして垂れていた頭を上げ、目の前に立つボクに鋭い眼差しを向けてきた。そしてボクを責め立てるように刺々しい声を張り上げた。
「あなたが私の邪魔をしたの。望まれてもいないのに、人助けでもしたつもり」
 明らかに生きていたときと地続きの記憶を持っているとしか思えない反応に困惑した。ボクはサク姉に目を向ける。するとサク姉も目の前で起きている事態に対して困惑しているようだった。
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