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093 盗賊さん、計画を語る。
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目的を果たしたボクは、グレモリー女史がキャメルスとの業務上の会話が終わるのを待ってから再び北門に足を運び、ふたりの協力を得て城壁内へと戻った。
グレモリー女史とは、北門前で別れ、またミンティオとは錬金術ギルドまでの道中で別れることとなった。協力してもらった報酬の受け渡しがまだだからと、一度引き止めてみようとしたが、ミンティオは急用を思い出したからと逃げるように駆けて行ってしまった。
怪しさしかなかったが、その後を追うようなことはしなかった。ボクは黒猫と並んで夜の街中を歩き、真っ直ぐ錬金術ギルドに帰還した。
扉を開くと玄関先でサク姉が待ち構えており、無言で圧をかけてきた。
「ヒロちゃん。まさかとは思うけど、彼女を【召喚】するつもりじゃないでしょうね」
サク姉が開口一番にぶつけて来たのは、そんな言葉だった。
隠す気はなかったけれど、やはりサク姉としては、その行為を許容することが出来ないらしい。誤魔化しても無駄だろうと判断したボクは、それを肯定した。
「そのつもりだよ。行方知れずになった親に縛られ続けるのは不毛な気がするしね。でも、事実をありのまま伝えるのは心に深い傷を残すことになるだろうから、ボクが考えうる限り最もマシな選択をするだけだよ」
「死者を騙ることが、そうだって言うの」
「ボクはそう思ってるよ」
「ヒロちゃんも大人と呼ぶにはまだ幼いけれど、あまり幼い子供の感受性を舐めない方がいいよ。そのウソは確実に見抜かれると思った方がいい」
「うん。そうだと思うよ。でも、ユーナちゃんが一歩を踏み出すきっかけにはなると思うんだよね。お母さんになにがあったのか、どこに行ってしまったのか、それを考えられるだけの想像力は既にあるだろうからね。だからか、お母さんが別れ際に遺した言葉が呪いになってる。そのせいでユーナちゃんが自己主張を捨てて、無理に我慢して自身の行動を制限してる。そうやって選択肢を狭めてるのが気に入らないのさ」
「私も子供を残して自殺したのはどうかと思うけどさ。まぁ、無理心中で道連れにして欲しかったってわけじゃないけど、どうにかならなかったのかしら」
「あのひとの事情は、パパに調べてもらってるからそのうちわかるだろうけど。あのひとにとっては、それしか選択がなかったのかもね。ひとの親だっていってもひとりの人間でしかないんだしさ。子を死なせたくないっていう母親としての自覚はあっても、母親として子を守っていけるだけの強さを持つことが出来なかったんだろうね。だから自分の子供を、自分を育ててくれた親に託してから、この世を去ったんだと思うよ」
長々としたボクの妄想染みた発言内容を切り捨てるでもなく、サク姉は黙してそれを聞いていた。
「……それで、ヒロちゃんは彼女を【召喚】してどうするつもりなの」
「別れを告げさせるだけだよ。またいつか会えるなんて漠然とした希望を残すのはどうかと思うしね」
「何度も彼女を【召喚】するわけじゃないのね」
「さすがにそれは無理があるだろうからね。聡いあの子のことだから、一度で察してくれると思うよ。もう二度と会えないんだってね」
サク姉は深々とため息を吐き、肩を落とした。
「賛同はしかねるけど、止めはしないよ」
「ありがと、サク姉。見逃してくれて」
意志の強い瞳で見据えられる。
「その代わり、自己満足で終わらせないでね」
「わかってる。死者を騙ってまで愚かなことをやるからには、ユーナちゃんに対する責任は取るよ。あの子がひとりで生きていけるだけの技能を授ける形でね」
「だったら私もひとつくらいは手伝ってあげるよ。ひとりで生きていくんなら料理技能もそれなりに必要だろうしね」
「そのときはボクにも教えてもらえるかな、料理」
そう応じると厳しかったサク姉の表情は、幾分か和らいだ。
「いいわよ。ひとり教えるのも、ふたり教えるのも、そんなに変わらないだろうしね」
「ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないわ。私は今回の件に納得出来ないままでいたくないだけよ。少しでもマシな形に落ち着けたいだけだから」
「サク姉の心情的には、そうだとしてもボクは感謝を伝えたかったんだよ」
「まぁ、いいけどね。もし、さっき言ったことを実行するんなら【召喚】の手解きくらいはするよ。どうせ私に断られたら自力でどうにかしようとして、無駄に時間を使うだけでしょうしね」
「助かるよ」
「それなら早速地下に行きましょうか」
サク姉はボクを置いて、地下工房のある階段の方へと先に行ってしまった。足元に目を落とすと、さっきまでボクの足に身体を擦り付けていた黒猫が姿を消していた。
ボクはサク姉と地下2階に降り、召喚術の手解きを受ける。その練習には今日洞窟内でアッシュとサク姉が討伐した魔物化したコウモリを使うことになった。
手始めにサク姉はボクがユーナちゃんのお母さんの遺体にしたのと同じことをしていた。魔力で精査することで内部構造を理解する。そこまではボクの考えた方法で問題なかった。
先に手本としてサク姉が、魔物のコウモリを模して創り出した召喚獣を【召喚】して見せた。【召喚】されたコウモリは、生き生きと羽ばたき、サク姉の周囲を飛んでいた。
それに倣ってボクは、魔結晶を握り締めて蝙蝠を【召喚】した。すると【召喚】自体は成功して、召喚獣としてのコウモリは生み出されたが、それが生き生きと羽ばたくことはなかった。ただただ身動きひとつしない死骸が床に転がるばかりだった。
グレモリー女史とは、北門前で別れ、またミンティオとは錬金術ギルドまでの道中で別れることとなった。協力してもらった報酬の受け渡しがまだだからと、一度引き止めてみようとしたが、ミンティオは急用を思い出したからと逃げるように駆けて行ってしまった。
怪しさしかなかったが、その後を追うようなことはしなかった。ボクは黒猫と並んで夜の街中を歩き、真っ直ぐ錬金術ギルドに帰還した。
扉を開くと玄関先でサク姉が待ち構えており、無言で圧をかけてきた。
「ヒロちゃん。まさかとは思うけど、彼女を【召喚】するつもりじゃないでしょうね」
サク姉が開口一番にぶつけて来たのは、そんな言葉だった。
隠す気はなかったけれど、やはりサク姉としては、その行為を許容することが出来ないらしい。誤魔化しても無駄だろうと判断したボクは、それを肯定した。
「そのつもりだよ。行方知れずになった親に縛られ続けるのは不毛な気がするしね。でも、事実をありのまま伝えるのは心に深い傷を残すことになるだろうから、ボクが考えうる限り最もマシな選択をするだけだよ」
「死者を騙ることが、そうだって言うの」
「ボクはそう思ってるよ」
「ヒロちゃんも大人と呼ぶにはまだ幼いけれど、あまり幼い子供の感受性を舐めない方がいいよ。そのウソは確実に見抜かれると思った方がいい」
「うん。そうだと思うよ。でも、ユーナちゃんが一歩を踏み出すきっかけにはなると思うんだよね。お母さんになにがあったのか、どこに行ってしまったのか、それを考えられるだけの想像力は既にあるだろうからね。だからか、お母さんが別れ際に遺した言葉が呪いになってる。そのせいでユーナちゃんが自己主張を捨てて、無理に我慢して自身の行動を制限してる。そうやって選択肢を狭めてるのが気に入らないのさ」
「私も子供を残して自殺したのはどうかと思うけどさ。まぁ、無理心中で道連れにして欲しかったってわけじゃないけど、どうにかならなかったのかしら」
「あのひとの事情は、パパに調べてもらってるからそのうちわかるだろうけど。あのひとにとっては、それしか選択がなかったのかもね。ひとの親だっていってもひとりの人間でしかないんだしさ。子を死なせたくないっていう母親としての自覚はあっても、母親として子を守っていけるだけの強さを持つことが出来なかったんだろうね。だから自分の子供を、自分を育ててくれた親に託してから、この世を去ったんだと思うよ」
長々としたボクの妄想染みた発言内容を切り捨てるでもなく、サク姉は黙してそれを聞いていた。
「……それで、ヒロちゃんは彼女を【召喚】してどうするつもりなの」
「別れを告げさせるだけだよ。またいつか会えるなんて漠然とした希望を残すのはどうかと思うしね」
「何度も彼女を【召喚】するわけじゃないのね」
「さすがにそれは無理があるだろうからね。聡いあの子のことだから、一度で察してくれると思うよ。もう二度と会えないんだってね」
サク姉は深々とため息を吐き、肩を落とした。
「賛同はしかねるけど、止めはしないよ」
「ありがと、サク姉。見逃してくれて」
意志の強い瞳で見据えられる。
「その代わり、自己満足で終わらせないでね」
「わかってる。死者を騙ってまで愚かなことをやるからには、ユーナちゃんに対する責任は取るよ。あの子がひとりで生きていけるだけの技能を授ける形でね」
「だったら私もひとつくらいは手伝ってあげるよ。ひとりで生きていくんなら料理技能もそれなりに必要だろうしね」
「そのときはボクにも教えてもらえるかな、料理」
そう応じると厳しかったサク姉の表情は、幾分か和らいだ。
「いいわよ。ひとり教えるのも、ふたり教えるのも、そんなに変わらないだろうしね」
「ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないわ。私は今回の件に納得出来ないままでいたくないだけよ。少しでもマシな形に落ち着けたいだけだから」
「サク姉の心情的には、そうだとしてもボクは感謝を伝えたかったんだよ」
「まぁ、いいけどね。もし、さっき言ったことを実行するんなら【召喚】の手解きくらいはするよ。どうせ私に断られたら自力でどうにかしようとして、無駄に時間を使うだけでしょうしね」
「助かるよ」
「それなら早速地下に行きましょうか」
サク姉はボクを置いて、地下工房のある階段の方へと先に行ってしまった。足元に目を落とすと、さっきまでボクの足に身体を擦り付けていた黒猫が姿を消していた。
ボクはサク姉と地下2階に降り、召喚術の手解きを受ける。その練習には今日洞窟内でアッシュとサク姉が討伐した魔物化したコウモリを使うことになった。
手始めにサク姉はボクがユーナちゃんのお母さんの遺体にしたのと同じことをしていた。魔力で精査することで内部構造を理解する。そこまではボクの考えた方法で問題なかった。
先に手本としてサク姉が、魔物のコウモリを模して創り出した召喚獣を【召喚】して見せた。【召喚】されたコウモリは、生き生きと羽ばたき、サク姉の周囲を飛んでいた。
それに倣ってボクは、魔結晶を握り締めて蝙蝠を【召喚】した。すると【召喚】自体は成功して、召喚獣としてのコウモリは生み出されたが、それが生き生きと羽ばたくことはなかった。ただただ身動きひとつしない死骸が床に転がるばかりだった。
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