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092 盗賊さん、別れを演じる。
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北門を出てすぐに共同墓地に到着した。グレモリー女史の案内で門をくぐり、玄関扉を抜ける。数日ぶりに訪れた共同墓地内部には、以前と同じようにキャメルスと呼ばれていた大柄な男性の姿があった。彼はなにをするでもなく、ただ入口付近に直立不動の姿勢で待機しており、言葉を発することもなかった。
「んじゃ、オレはここでキャメルスのダンナと待ってるんで」
共同墓地到着後、真っ先に口を開き、そんなことを口にしたのはミンティオだった。
「あとこれが身元照会する相手の似顔絵になるっす」
ミンティオは今朝方ボクが彼に渡した似顔絵を、懐から取り出してグレモリー女史に渡していた。
「……この方ですか。確かに覚えはありますね。では、彼女の元までご案内しますのでついて来てくださいますか」
「わかりました。お願いします」
グレモリー女史の導きで、ボクと黒猫は地下の砂場に降り立った。今ならわかるけれど、この足元の砂にはいくつかのスキルが付与されているようだった。推測にはなるけれど付与されているスキルは【吸水】【乾燥】【石化】辺りだろう。足元に敷き詰められた白い砂は、遺体に残った魔力を吸い上げ、それを消費することでスキルを発動させていた。
教義をこじ付けての遺体処理が、アンデッド対策なのはわかるけれど、別の文化圏から来たボクには、あまり気分のいい光景ではなかった。
干物のようになって横たわる遺体の合間を抜けてたどり着いたのは、ひどく損傷したひとつの遺体だった。
首には痛々しい縄の痕が残っており、右脚は太腿の半ばから千切れて失われ、残っていた左脚も爪や牙が突き立てられた痕が無数に刻まれていた。また左手首から先もなく、胴体は胴体で腹部には大きな裂傷があり、内臓の大半がこぼれ出してしまったのか、不自然なまでにべこりと凹んでいた。
そんな状態に陥っていた遺体の顔は、乾燥して目が多少落ち窪んでいたけれど、確かに見覚えのあるものだった。その遺体に残留した魔力は、以前感じ取ったユーナちゃんのお母さんと同一のものだということもあり、目の前に横たわる遺体は、確かにボクが探していた人物に間違いなかった。
「この方で間違いありませんか」
「えぇ、ボクの探していた方で間違いないです」
別れるにしても最期にひとことユーナちゃんと言葉を交わして欲しかったけれど、それは現実的に叶わないとはっきり突きつけられてしまった。こんな状態のお母さんの姿をユーナちゃんに見せるわけにもいかず、困り果ててしまう。それでもなにか出来ることはないかと思考を巡らせ、考えに考えた末にボクはひとつの答えを出した。
「……すいません。砂になったこの方の一部を譲り受けることは出来るでしょうか」
「えぇ、問題ありませんよ。遺族の遺砂を持ち帰って、手元に残したいと望まれる方は稀にいらっしゃいますので」
「それでなのですが、今ここに遺された彼女と最期の別れを済ませたいので、出来ればふたりにしていただけませんか」
「わかりました。しばらくしたらまた参りますので、それまでに別れを済ませておいてくださいね」
「ありがとうございます」
「では、ごゆっくり」
グレモリー女史は、それだけ告げると地上に戻って行った。その姿が完全に見えなくなるのを待ってから、ボクはユーナちゃんのお母さんの遺体を魔力で覆って、全身に浸透させていった。生者と違って、死者には魔力抵抗は存在せず、大して時間もかからず魔力漬けになった。そのままの状態を維持しながらボクは遺体を精査した。筋肉のつき方や骨の硬さや長さ、皮膚や毛髪の質感、残された内臓、全身を構成する全ての要素に関して損傷前がどうだったかを想像しながら記憶していった。
完全に記憶したと判断したボクは、魔力の放出を切った。そんなボクの様子を黒猫は、じっと見上げていた。
黒猫はなにかもの言いたげにしていたけれど、ただ見守るばかりでなにも口にすることはなかった。
ボクはウエストポーチから空の薬瓶を取り出して【奪取】を駆使して、ちいさな子供の手の中に収まる程度の大きさに形を整え直した。小瓶の蓋を開け、目の前の遺体が砂になるのを、その場に屈んでじっと待った。
決して短くはない時間の後、グレモリー女史がボクの元にまで戻って来た。小瓶の中には、わずかばかりの白い砂が入っている。もう少しくらい遺砂が欲しいところだったけれど、遺体が砂化するには時間的に厳しそうだった。ボクは小瓶が損傷しないよう【施錠】した。
「お別れは済ませられましたか」
「えぇ、彼女の一部もこうして一緒に連れて帰れそうです」
遺砂の封入された透明な小瓶を見せ、憂いを帯びた笑みを浮かべた。
「それはなによりです。ですが、ひとつ覚えておいてください」
「なんでしょうか」
「その方の魂は、ティアマト様の導きによって、原初の海に帰られたということをです。いつかあなたも与えられた天寿を全うし、自身の肉体に別れを告げ、原初の海へと帰ることになります。彼女との再会は、そこで果たせるということをですよ」
「それは望ましいことですね。ただまだずっと先のことにはなるでしょうけれどね」
寂しげに見えるよう表情をつくって、ボクはグレモリー女史の信仰する教えに寄り添う形で応えた。
「んじゃ、オレはここでキャメルスのダンナと待ってるんで」
共同墓地到着後、真っ先に口を開き、そんなことを口にしたのはミンティオだった。
「あとこれが身元照会する相手の似顔絵になるっす」
ミンティオは今朝方ボクが彼に渡した似顔絵を、懐から取り出してグレモリー女史に渡していた。
「……この方ですか。確かに覚えはありますね。では、彼女の元までご案内しますのでついて来てくださいますか」
「わかりました。お願いします」
グレモリー女史の導きで、ボクと黒猫は地下の砂場に降り立った。今ならわかるけれど、この足元の砂にはいくつかのスキルが付与されているようだった。推測にはなるけれど付与されているスキルは【吸水】【乾燥】【石化】辺りだろう。足元に敷き詰められた白い砂は、遺体に残った魔力を吸い上げ、それを消費することでスキルを発動させていた。
教義をこじ付けての遺体処理が、アンデッド対策なのはわかるけれど、別の文化圏から来たボクには、あまり気分のいい光景ではなかった。
干物のようになって横たわる遺体の合間を抜けてたどり着いたのは、ひどく損傷したひとつの遺体だった。
首には痛々しい縄の痕が残っており、右脚は太腿の半ばから千切れて失われ、残っていた左脚も爪や牙が突き立てられた痕が無数に刻まれていた。また左手首から先もなく、胴体は胴体で腹部には大きな裂傷があり、内臓の大半がこぼれ出してしまったのか、不自然なまでにべこりと凹んでいた。
そんな状態に陥っていた遺体の顔は、乾燥して目が多少落ち窪んでいたけれど、確かに見覚えのあるものだった。その遺体に残留した魔力は、以前感じ取ったユーナちゃんのお母さんと同一のものだということもあり、目の前に横たわる遺体は、確かにボクが探していた人物に間違いなかった。
「この方で間違いありませんか」
「えぇ、ボクの探していた方で間違いないです」
別れるにしても最期にひとことユーナちゃんと言葉を交わして欲しかったけれど、それは現実的に叶わないとはっきり突きつけられてしまった。こんな状態のお母さんの姿をユーナちゃんに見せるわけにもいかず、困り果ててしまう。それでもなにか出来ることはないかと思考を巡らせ、考えに考えた末にボクはひとつの答えを出した。
「……すいません。砂になったこの方の一部を譲り受けることは出来るでしょうか」
「えぇ、問題ありませんよ。遺族の遺砂を持ち帰って、手元に残したいと望まれる方は稀にいらっしゃいますので」
「それでなのですが、今ここに遺された彼女と最期の別れを済ませたいので、出来ればふたりにしていただけませんか」
「わかりました。しばらくしたらまた参りますので、それまでに別れを済ませておいてくださいね」
「ありがとうございます」
「では、ごゆっくり」
グレモリー女史は、それだけ告げると地上に戻って行った。その姿が完全に見えなくなるのを待ってから、ボクはユーナちゃんのお母さんの遺体を魔力で覆って、全身に浸透させていった。生者と違って、死者には魔力抵抗は存在せず、大して時間もかからず魔力漬けになった。そのままの状態を維持しながらボクは遺体を精査した。筋肉のつき方や骨の硬さや長さ、皮膚や毛髪の質感、残された内臓、全身を構成する全ての要素に関して損傷前がどうだったかを想像しながら記憶していった。
完全に記憶したと判断したボクは、魔力の放出を切った。そんなボクの様子を黒猫は、じっと見上げていた。
黒猫はなにかもの言いたげにしていたけれど、ただ見守るばかりでなにも口にすることはなかった。
ボクはウエストポーチから空の薬瓶を取り出して【奪取】を駆使して、ちいさな子供の手の中に収まる程度の大きさに形を整え直した。小瓶の蓋を開け、目の前の遺体が砂になるのを、その場に屈んでじっと待った。
決して短くはない時間の後、グレモリー女史がボクの元にまで戻って来た。小瓶の中には、わずかばかりの白い砂が入っている。もう少しくらい遺砂が欲しいところだったけれど、遺体が砂化するには時間的に厳しそうだった。ボクは小瓶が損傷しないよう【施錠】した。
「お別れは済ませられましたか」
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「それはなによりです。ですが、ひとつ覚えておいてください」
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「それは望ましいことですね。ただまだずっと先のことにはなるでしょうけれどね」
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