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078 盗賊さん、実力を知る。

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 5m程の距離を置き、ふたりはそれぞれの戦闘スタイルに則した構えを取った。
「先手はお譲りしますわ。どこからでもどうぞ」
 自然体とでも言えばいいのだろうか、ヒカリさんからは力んだ様子は一切なく、落ち着き払った静かな構えを取っていた。
 対するアッシュは、全身から闘気のようなものが迸り、その攻撃性が空気を伝って、外野のボクらにまで届いていた。
 次の瞬間、アッシュの足元で地面が爆ぜた。間合いは一瞬にして潰され、アッシュが左手に装備したカイトシールドには魔力をまとわされ、勢いよく突き出された。それは盾を用いた騎士職の打撃スキル【シールドバッシュ】の発動動作だった。
 それを迎え撃つヒカリさんは躱す様子もなく、ただ流麗な動作で双剣を擦り合わせながらの薙ぎ払いを放った。それだけだというのに、頭ひとつ分は身長差のありそうなアッシュの全体重を乗せた一撃は、易々と受け止められてしまっていた。単に重いだけの一撃は意味をなさないと判断したらしいアッシュは、盾で相手の視界を制限しながら、右手のロングソードを使った手数による攻撃に切り替えていた。
 しかし、そのことごとくは双剣によっていなされ、無効化されていった。練武場にはヒカリさんが双剣を擦り合わせる音と、アッシュのロングソードが弾かれる音が絶え間なく響き、決してその調和が崩れることはなかった。
 ヒカリさんの二つ名が閃剣だと聞いていたので、脚を使った高速移動で翻弄して、双剣による手数で勝負を決めるような戦闘スタイルなのだろうと想像していたが、全くの的外れだったようだ。
 攻撃を受けてばかりいるはずのヒカリさんは、右脚を軸に身体を動かしてはいたが、開始位置から一歩を移動していない。華奢な身体付きからして、どう見ても体格的に不利だというのに、ヒカリさんが力負けすることは一度たりともなかった。
 アッシュが大量の魔力を込めて放った、大上段から振り下ろされる防御すら無視して相手を叩き潰す重い一撃【アーマーブレイク】も、ボクなら絶対に打ち負ける未来しか見てないが、ヒカリさんはまるで重さを感じさせない動作で軽く受け切っていた。
「あなたは聖騎士なのですから、魔術を使っていただいてもかまいませんよ」
 騎士スキルを無効化した上で、ヒカリさんはそんな挑発めいたことを口にした。けれど、それでアッシュは心を乱されるようなことはなく、ただ淡々と相手の提案を受け入れていた。
「では、遠慮なく使わせていただきます」
 そんな言葉とともにアッシュは、地面を踏み鳴らした。直後、ヒカリさんを円の中心に据えるようにして、円周上の全方位から槍状に土が隆起した。『アースグレイヴ』による不意打ちがヒカリさんを急襲する。だが、その包囲網もヒカリさんの鳴らす双剣を擦り合わせる音が耳元に届くころには、バラバラに切り裂かれていた。
 そうなることは既に見越していたらしいアッシュは、畳み掛けるように【シールドバッシュ】を放つと同時に『バーニングタレット』を発動させた。
 盾越しに弾幕を張りながら、手にしていた盾を手放し、連射する『ファイアブリット』の弾幕と一体となって突撃するアッシュは、ロングソードの切っ先に魔力を収束させ、渾身の突きスキル【スラストチャージ】を放った。
 強力な魔力を帯びて青白く発光する剣身は、吸い込まれるようにヒカリさんへと直進したが、それもまた当然のように双剣によって阻まれた。ただ今回はそれだけでは終わらず、アッシュのロングソードに宿っていた魔力は行き場を失い、その行先を求めるように雷光となって暴れ回り、周囲へと拡散された。その余波を受けた『バーニングタレット』は消滅し、またその術者であったアッシュもまた衝突時に発生した衝撃波によって吹き飛ばされていた。
 練武場の地面を転がり、どうにか体勢を立て直したアッシュだったが、渾身の魔力を込めたスキルの暴発によるバックファイアによって、手にしたロングソードを杖代わりに立ち上がるのがやっとといった状態に陥っていた。そのロングソードもアッシュの魔力に耐えきれなかったのか、剣身全体に亀裂が生じて今にも砕けてしまいそうだった。
「残念ながらここまでのようですね。まさかあなたを一歩も動かすことすら出来ないとは、まだまだ精進が足りていないようです」
「いえ、そう卑下するものでもないと思いますよ」
 そう言ったヒカリさんの意図を読み取ろうと、彼女が視線で示すものを目で追うと、わずかにだが後方に押し下げられたような靴跡が地面に残っていた。
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