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069 盗賊さん、アイテムを売却する。

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 翌朝、ボクは朝食の席でグレンに水田の賃借料として金貨1枚を渡して送り出した。と同時に背嚢を背負ったボクも錬金術ギルドを後にして、アイテム買取所を訪れた。
 早朝ということもあってか、冒険者ギルドは混んでいても、その裏手にある買取所前は随分と静かなものだった。営業しているのか多少の疑念を抱きながら扉を押し開く。カランコロンもドアベルが鳴る。その音だけが響く屋内は、予想通りに閑散としていた。どうやらボクが本日最初の訪問者のようだった。
「いらっしゃい。こんな朝早くにだなんて、昨晩は遅くまでダンジョンに?」
 開口一番親しげに話しかけてきたのは、副ギルド長のヒカリさんと、そう変わらない年齢の女性だった。
「いえ、数日前に入手したものを買い取ってもらおうかと。バーガンディに来たばかりで、昨日までここのこと知らなかったものですから」
「そうなのね。それじゃ、冒険者証の提示してくれるかな。あと売却予定のアイテムをそっちの査定台に出しておいてね。同種のアイテムが複数ある場合は、査定台にひとつだけ置いて、残りは向こうにケースがあるからアイテムごとにまとめて入れておいてね。すぐに買取査定済ませちゃうからさ」
 ボクは女性の指示通りに、買い取りに出すアイテムして[パラライズパウダー]の小瓶をひとつだけ、査定台とは名ばかりのカウンターに厚手のシートが敷かれただけの場所に置き、残りをカウンターの隅に積まれていたケースのひとつを取って、その中に並べていった。ただ[パラライズパウダー]の小瓶は90本以上保有していて、それを全部出すのは憚られたので、ケースにはあらかじめ背嚢の中に入れておいた20本だけを載せた。
 手元に目を落として書類の書き込みが終わったらしい女性は、カウンターの上に置かれた小瓶を手に取ると、軽くふってたり、ルーペで小瓶の中の粉末を観察したりしていた。それでもすぐにアイテムがなんなのか結論が出なかったのか、ふたを開けて臭いを嗅いでいた。するとむっと眉根を寄せていた。かと思うと小指の先に小瓶の中の粉末をわずかばかり付着させ、それを舐めた。
 そこまでやって結論が出たのか、女性は口直しでもするようにマグカップの中身を一気に飲み干してからボクを見据えた。
「ヒイロさん、これはどこで?」
「北地区にあるスライムダンジョンの2層ですね」
「あぁ、あの話って本当だったんですね」
「あの話?」
「スライムダンジョンが集団暴走スタンピードを起こしかかってたって話です」
「それとそのアイテムにどんな関係が」
「説明が足りてませんでしたね。このアイテムって、本来ならスライムダンジョンの4層に出現するマスタードスライムがドロップする[アロディニア]ってアイテムなんです。2層に出てくるパラライズスライムと見た目こそ似てるんですが、全く別の上位種なんですよ」
 2層にしてはスライムの攻撃力が高めだったのはそういうわけだったのかと納得すると同時に、下層の魔物がドロップしたアイテム本来の効果が気になった。パラライズスライムが別に存在しているのなら、その上位種のドロップアイテムなら効果も相手を麻痺させるだけじゃないはず。
「そのアイテムって、どんな効果があるんです」
「これですか。これはですね、パラライズスライムがドロップする[パラライズパウダー]の完全上位互換で、相手を麻痺されるだけではなく、痛覚過敏の状態異常に陥れるんです。この小瓶半分もふりかけられれば、風が肌をなでるだけでも酷い激痛を感じることになるそうですよ」
 その説明を聞いて、マスタードスライムのスキルを受けてから攻撃を受けたラビィが気絶した理由がわかった。
「それにしても星なしなのによくマスタードスライムなんて倒せましたね」
「運が良かっただけですよ。そのスライムって、他の人を襲っていたので不意をつけましたし」
「それでどうにかなる相手じゃないと思うんだけどな」
「まぁ、ボクって冒険者になる前から魔獣相手に戦闘訓練してましたから少しは慣れもあったんだと思いますよ」
「あぁ、もしかして村で狩りとかしてた口かな。親が狩人なんかだったりすると、そういう子たまにいるからね」
 勝手に納得してくれたので、ボクはそれに便乗することにした。実力を評価してもらえるのはありがたいけど、今は悪目立ちしたくないしね。
「えぇ、そんな感じです」
 女性はうんうんと笑顔で頷いていた。
「そっか、そっか。キミ、将来有望だね。今後に期待しているよ。んじゃ、そっちのアイテムも確認させてもらうね。[アロディニア]と[パラライズパウダー]って見た目が似てて紛らわしいからね」
「わかりました」
 女性はケースに並べられた小瓶ひとつひとつ順々にふたを開け、臭いを嗅いでいった。全ての臭いを嗅ぎ終えた女性は、満足げに深く頷いた。
「ここにあるものは全部[アロディニア]で間違いないね。支払いの貨幣はどうする?」
「銀貨だけだとどのくらいになるんです」
「630枚かな」
「それなら金貨と銀貨でお願いします」
「大銀貨は?」
「すぐ崩すことになると思うので、銀貨で大丈夫です」
「そっか。それじゃすぐ用意するね」
 そう言った女性は奥に引っ込んで、しばらくしてちいさな袋を手に戻っていた。
「間違いないか中身確認してくれる」
「はい」
 受け取った袋の中を確認したボクは、間違いないと頷いてみせた。
「大丈夫です」
 全ての買取手続きが済み、冒険者証と一緒に売買契約書らしき書類を2枚渡された。
「それじゃ、またよろしくね」
「ありがとうございました」
 一礼して買取所を後にしようと踵を返したところに声をかけられ、呼び止められた。
「あー、そうそう。取引額が一定に達したから、ギルドの方に行ってランクアップ手続きしてもらうといいよ。私の方で証明書発行しておいたから、受付に渡せばすぐに処理してもらえるはずだからさ」
 そんな簡単に冒険者をランクアップさせていいのかなと疑問に思いながらも女性に「わかりました」と返事をして改めて買取所を後にした。
 
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