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012 盗賊さん、ギルドに加入する。

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「キミのお父さんがつくった蹄鉄の予備とかと残ってたりしないかな」
「どうかな。オレも帰ってきたばっかで、なにが残ってんのかわかんねぇけど、とりあえず工房探してくるわ」
 席を立つグレンに待ったをかけるようにボクを腰を上げる。
「地下の工房に行くんならボクも付いて行っていいかな」
「いいぜ、ただ大したもんねぇかもだけどな」

 先を行くグレンの後を追い、ひんやりとした空気の満ちた石階段を降りる。薄暗い階段の壁面には、淡く光る液体が満たされた瓶が一定の間隔で並んでいた。
「この光ってるものは?」
「グロウボトルってんだ。親父がつくったポーションの派生品で、稀少な光の魔石の代わりになるんじゃねぇかって期待してたらしいんだけど、明かりとして使うにゃ光量が足りなくてさ。あんま売れなかったんだよな、それ」
「薬草の代わりにホタル草でも使ったのかな」
「見ただけでよくわかるな」
「ポーションがどうやって魔法効果を発揮してるか知ってれば、ある程度はわかるはずだよ。レッドグレイヴの初級錬金術師の資格を持ってるなら知ってるはずだよね?」
「いや、オレはポーションの作り方以外なんも知らねぇぞ。資格取得試験の課題も最低限の品質を満たした下級ポーション作製が課題だったしな。世話になってた工房も初級試験を合格させるために実技一辺倒で、そういった理論やらなにやらの解説は聞かされてねぇな。座学とかなかったしよ」
 グレンの発言に首を傾げたくなったが、ボク自身はパパの強権で不正規に錬金術師免許を得てるだけに、本来どういった過程を経て資格試験を受験するのかわからない。だが、それ以上に彼の知識不足が気になった。技術指導を受けていたようだけれど、ほぼ実技だけという話からして、体のいい下働きとして使われていただけなではないかと邪推してしまう。
 そんな疑問に頭を悩ませていると工房の扉前にまで付いていたらしく、グレンが鍵束を取り出してかちゃかちゃとやっていた。だけどなかなか合う鍵が見つからないのか難儀していた。
「鍵、見つからないのかな」
「いや、合ってるはずなんだが開かねぇんだ。オレが出てる間に鍵付け替えられたのかも知れねぇ。親父の手紙にゃそんなこと一言も書いてなかったんだがな」
「ちょっとボクにも見せてもらえるかな」
 ボクは引っかかるものを感じ、グレンの前に出て施錠された扉に触れた。
「その鍵、貸してくれる?」
「あぁ、別にかまわねぇが」
 渡された鍵と扉の鍵穴付近に魔力を流し込み、それらが合致してるのを盗賊としてのボクが本能的に判断を下した。鍵穴の奥にはわからない程度に詰め物がされており、それが邪魔になって解錠を妨げているようだった。
 仕方なくボクは鍵をさすだけさして、盗賊の【解錠】スキルを試すついでに強引に工房の鍵を開く。鍵穴に残った詰め物は、一応【奪取】で取り除いておいた。
「鍵穴にゴミが詰まってたみたいだよ」
 ボクは手の中に握り込んでいたちいさな金属屑をグレンに見せた。
「ちゃんと掃除してなかったのかもな。親父が金属細工やるからか、金属屑やらなんやらでとっ散らかってたからな、うちの工房」
 勝手に納得するグレンの警戒心のなさに心配になる。
「まぁ、なんとか開いてよかったぜ」
 無造作に扉を押し開き、工房に踏み入ったグレンは、扉の横の壁をペタペタと探るように触れる。数秒経ち、室内がパッと光の魔石で明るく照らし出された。
 白い光で暗闇から洗い出された工房は、工房と呼べるようなものではなかった。
「全部引き払われているようだね」
 グレンは額と右目を覆い隠すように、右手のひらを当て俯く。
「悪い夢でも見せられてるみてぇだ。あいつら全く顔見せねぇから変だ変だとは思ってたがよ。親父が死んじまったらうちのギルドなんざ潰れようが、どうなろうが関係ねぇってか。退職金代わりかなんだか知らねぇが、うちの備品持ち逃げしやがって」
「訴えても薬師ギルドが横槍を入れてきそうな惨状だね。ポーション市場を独占してるんなら権力者に強いコネがありそうだしね」
「たぶんそうなっちまうんだろうな。親父がオレ宛にギルド設立証明書を送ってくれてなきゃ、ここの権利も全部持ってかれて更地にされてても不思議じゃねぇな」
「あちらさんは公的書類の偽造にまでは手を出してないようだね。やったのがバレたら極刑だから、そこまでの危険は冒さなかっただけなんだろうけどさ」
「なんかすまねぇな、せっかくうちまで足を運んでもらったってのによ。錬金術がどうこう以前の問題だったみてぇだ」
 ここまで徹底的にやられていると、グレンの乗った馬車が野盗に襲われたのも、なにか裏があるんじゃないかと疑いたくなってくる。
「気にする必要はないさ。それにこのなにもない状況は、ギルドを新生させるにはお誂え向きの環境と言えるんじゃないかな」
「こんなことになっちまってるってのに、オレに手ぇ貸してくれんのか」
「そう聞こえなかったかな?」
 自分の言葉不足を自覚しながら、茶化すようにそんなことを口にした。
「すまねぇな。本当にありがとう、ヒイロさん」
 ボクは人差し指を立てた手を顔の前に出し、左右に3度振ってグレンの口にした謝辞の受け取りを拒む。
「敬称は不要だよ。新生するギルドの同輩になるんだ。遠慮はなしで行こうじゃないか」
 そう言ってボクは立てていた指を折り、拳をつくってグレンの前に突き出す。ボクの意図を察したらしいグレンは、一瞬くしゃりと顔を歪め、泣き笑いを浮かべながらボクと拳同士を突き合わせた。
「これからよろしく頼むぜ、ヒイロ」
「もちろんさ、グレン」
 それがボクらのギルドが新たな一歩を踏み出す合図となった。
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