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011 盗賊さん、錬金術ギルドの現状を知る。

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 特になんの問題もなくバーガンディの領都に入場出来たボクらは、グレンの案内のもと錬金術ギルドに向かった。
 それからほどなくして到着したのは、随分と年季の入った建物だった。強風が吹けば軋んで音を立てそうな外観に、ボクは押し黙る。そんなボクの反応を見て取ったグレンは、言い訳でもするように早口で捲し立てた。
「一応ここが錬金術ギルドの本部なんだ。見た目はちっとばかしボロっちいけど、地下の工房はきちっとしてるんで……あー、そのなんて言うか」
「ここでの錬金術の地位がどの程度かよくわかる見た目をしてるね」
「まぁ、はっきり言っちまうとそうなんだよな。とりあえず入ってくれ、ここで立ち話すんのもあれだしな」
 グレンは鍵を開け、ボクを招き入れる。屋内に踏み込むと外観ほど痛んではいないようで、今すぐ修繕が必要といった感じではなかった。ただ長い間無人だったのか、少しホコリっぽかった。
 ボクらは軽くホコリを払って、4人掛けのテーブルに腰を落ち着けた。
「誰もいないようだね」
「オレが技術指導受けにいってる間に、みんな出てっちまったらしくてさ。今じゃもぬけの殻さ」
「錬金術の仕事がないなんてよっぽどだね。下級ポーションだけでもそれなりに需要あるだろうからやっていけると思うんだけど」
「ポーション類なんかもつくっちゃいたんだが、あんま売れなくてな」
「なにか理由でも?」
「ポーションは錬金術師じゃなくてもつくれるからってのが主な理由だな。ここじゃポーション類の市場を一手に担ってるのは薬師ギルドなのさ。なんなら回復効果も向こうの方が上なんじゃねぇかな」
「薬師か。確かに薬師なら病なんかの治療薬では上だろうけど、外傷を治す魔法薬でなら負けるなんてことはないんじゃないかな」
 感じた疑問をそのまま口にするとグレンは渋い顔をした。
「それがそうでもねぇんだ。向こうには腕のいい錬金術師が居るからさ」
「その人物とは仲違いでもしたの?」
「そんなところだよ。元々うちで働いてた錬金術師だったのさ。それも唯一の天職持ちのな。あのひとは不満だったんだろさ、天職が錬金術師でもないやつに使われんのがよ」
「そういうことかい。で、それはどうにかなりそうなの」
「ギルドとしてやってくのは、もう無理かもしれねぇが。個人経営の店舗としてやってくくらいなら何とかなるかもしれねぇってレベルさ。幸いにも近くにダンジョンがあるしよ。生傷の絶えない冒険者相手にポーション売って、細々と商売してくんならどうにかなると思うんだが」
「ポーションの素材を薬師ギルドに押さえられる未来しか見えないよ。それならいっそ薬師ギルドの傘下に入ってしまった方がいいね」
 グレンは首を横に振った。
「それは無理なんだ。昔、親父が頭を下げにいったことがあったんだが、すげなく断られちまってよ。うちを根絶やしにしねぇと気がすまねぇって感じらしいんだ」
「厄介な話だね。それだといくら言葉や誠意を尽くしても無駄だろうね」
「だろうな。単に嫌われてるだけってんなら気にしねぇが、こっちにとっちゃ実害が出てるしな。まぁ、人材の足りてねぇ弱小ギルドの扱いなんて、どこもそうなんだろうけどな」
 そんなグレンの様子から、城壁外でボクが馬車の同乗者達から避けられていたことに憤慨していたのは、自身の境遇に重ね合わせていたからなのかも知れないと思い至った。
「ところでグレンの天職は錬金術師じゃないのかな」
「ん、あぁ、オレは裁縫師さ。んで、親父は細工師。うちの家系で錬金術師だったのは、曾祖父さんくらいのもんさ。あとはみんな生産職だったな」
 魔法効果の付与された衣類や装身具をつくる技術があればどうにかなりそうだね。天職が魔術職でもないのにポーションをつくれるのだから、魔石の扱いは既に体得していると考えていい。錬金術ギルドを掲げているのならポーションだけにこだわる理由もないしね。
「ここではポーション以外はなにつくってたの」
「基本的に魔法効果のある水薬ばっかりだな。ポーションのレシピを多少いじっていろいろつくってたんで。他に錬金術のレシピ残されてなかったしな。知らねぇうちに曾祖父さんの遺したレシピ処分されちまってたらしくてさ」
「素材の買い付けは?」
「冒険者ギルドから卸してもらってたな。今じゃ足元見られて素材の価格吊り上げられちまってるけどな」
「そんな状態なのに冒険者相手に商売する気だったの」
「仕方ねぇだろ。他になにも思いつかねぇんだからよ。最悪は、自分で素材採りに行くしかねぇかもな」
「戦闘職でもないのに、それは厳しいんじゃない。野盗相手に善戦出来るくらいの実力があるなら問題ないだろうけど」
「……」
 取りつく島もないボクの言葉に、グレンは押し黙ってしまった。あまり否定的なことを言い過ぎだかも知れない。でも、放って置けばグレンは無謀な選択をしてしまいそうな直情的な性格をしているので、くどいくらいに釘を刺した方がいい気がする。
 思い立ったらすぐに実行してしまいそうな行動力がグレンにはあった。現に失われた錬金術のレシピをどうにかするために、レッドグレイヴ領まで技術指導を受けに単身で乗り込むほどだからね。
「なぁ、オレはどうすりゃよかったんだ。3年かけて錬金術を学んで来たってのに。全部、無駄だったのか。ただ無意味な時間を費やして、親父の死目にすら会えなかっただけだったのか」
「無駄なんてことはないと思うよ。城門前で別れた馭者のおじさんは、錬金術ギルドに対して好印象を抱いていたようだったし、乗合馬車関連でなにかしらの繋がりがあったんじゃないかな」
 悲嘆にくれそうになるグレンの言葉を打ち切るように、ここに至るまでに見聞きした情報から適当な推測を述べた。するとグレンは何か思い当たるものがあったらしく、俯かせていた頭を上げた。
「あぁ、それなら多分蹄鉄なんじゃねぇかな」
 鍛治師の方が優遇されそうな物だけど、なにか慕われるだけの理由があったのかな。
「なんでも親父がつくったもんは、鍛冶屋のそれより長持ちするらしくってな。あとは願掛けみてぇなもんなのか、親父の蹄鉄使ってっと馬が怪我しねぇとか聞いたな」
 そんなグレンの発言を耳にして、もしかして彼のお父さんは自覚してなかっただけで、魔導具をつくっていたのだと思えてならなかった。
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