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010 盗賊さん、案内役を得る。
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ボクは手の中にある魔石を隠すように握り込み、地面を耕す初歩的な土魔術『プラウ』で付近一帯の土とゴーレムの残骸を混ぜっ返した。その後すぐに地面を均す土魔術『フラッテン』で、耕した地面に馬車の車輪が嵌らぬように地固した。
それが済むと魔石はすぐさまウエストポーチの中にしまい込んだ。
「お客さんは戦闘職だとばかり思っていましたが、優秀な魔術職でしたとはな」
「ボクは見習いの錬金術師ですよ。魔石に頼らなければ、魔力に属性を付加することも出来ないくらいですから」
天職が魔術職でなければ、身ひとつで魔力の属性変換をすることは出来ない。魔石はそれを補ってくれる触媒なのである。それを知っていれば、ボクが魔術職ではないと一目でわかりそうなものだけれど、どうもおじさんはそう思ってはいないようだった。
「随分な、ご謙遜ですな」
「おじさんもご存知でしょう。レッドグレイヴ領では魔術職の競争が激しいってことは」
「魔術狂い、ですか」
ボクは口元に真っ直ぐに立てた人差し指をとんとんと当て、おじさんの発した単語を安易に口に出さぬよう示した。
「申し訳ない。他領に来たとはいえ、これは禁句でしたな」
「どこに耳があるかわかりませんからね」
「残念なことですな。それほどの実力がありながら、あの地では日の目を見ることがないとは」
「天職が優遇されるのは必定ですし、仕方ありませんよ。たまたまあそこは魔術職の天職持ちが多かったというだけのことです。それに悪いことばかりではありませんよ。出奔に際して、上役にここでの錬金術師としての仕事も斡旋してもらいましたからね」
笑顔をつくってボクの今後に関することを告げると、おじさんは安堵したように表情を崩した。
ただ、今の発言をパパに聞かれたら泣かれちゃうだろうな。
「それはなによりで」
「えぇ、正直なところ食うにも困ることになるかも知れないと覚悟していましたからね。助かりましたよ」
「では、開門後は直接錬金術ギルドに行かれるので?」
「そのつもりです。手続きはなるべく早く済ませたいですからね」
おじさんは大きく頷き、ボクの考えに同意を示した。
「それがいいでしょうな。ギルドの場所はご存知ですかな」
「いえ、その辺りに関してはさっぱりでして。よければ教えていただけませんか」
「構いませんとも。私としては出来れば直接お送りしたいところですが、そうもいきませんからな」
「そうやって気を遣っていただけただけで充分ですよ」
おじさんは目頭を押さえ、なにやら感じ入っていた。
錬金術ギルドの場所を教えてもらい、後は開門を待つばかりとなった。おじさんは6つ目の鐘が鳴ると入場の準備をすべく自身が操って来た馬車に戻って行った。
その去り際におじさんは、入場に際しての説明してくれた。なんでもボクらは野盗被害に遭ったこともあって、入場は優先してくれることになっているらしい。鐘7つにはまだ早いが、馬車を降りて乗客だけ先に身分証の確認が行われることになった。
それを待っている間、ボクは他の乗客達から距離を取られていた。そんな中でユーナちゃんが駆け寄って来ようとしていたけれど、やはり彼女のお母さんに引き止められていた。
不満さを顔いっぱいに貼り付けたユーナちゃんと目が合う。ボクはひらひらと手を振ると思い切り大きく手を振り返してくれた。それに満足したボクは、思わずくすりと笑みをこぼした。
そんなボクの隣では、グレンが不機嫌さを隠そうともせず顔をしかめていた。おじさんとの情報交換が終わるのをじっと黙して待っていた彼は、その後ずっとこんな調子だった。
「ボクの隣でそんな顔をしないで欲しいな」
「だっておかしいじゃねぇか。ヒイロさんに助けられたってのにあの態度はよ」
「別におかしくはないよ。あれが自然な反応なんだろうさ」
「でもよ」
「ボクのことなのに、なんでキミが気にするのさ」
「そりゃ気にするさ。命の恩人のことなんだからよ。その恩人が悪様にされてたら堪んねぇよ」
「そういうのって疲れない?」
「なんであんたはそうやって」
「あんたって呼ばないでくれるかな。好きじゃないんだ、そう呼ばれるの」
「すまねぇ、ヒイロさん」
「そこは改めるんだね」
「そりゃあな。恩人の希望だしな」
「それなら彼らに対する険悪さをボクの隣で振り撒かないで欲しいね」
「それは……」
「彼らに対する感情には、自分自身で折り合いを付けてくれるかな。ボクは気にしていないんだから、ボクを理由にされるのは困るよ」
ボクの心情をはっきり伝えるとグレンは押し黙った。しばらくして隣で深々と息が吐かれる。
「悪ぃ、オレは勝手にヒイロさんの考えを代弁したつもりになってたみてぇだ。これはあくまでもオレの主観でしかねぇってのにな」
「理解してくれたようでなにより。これでこの話は終わりだね。それで聞きたいんだけど、キミはなんでボクと居るの?」
そう問いかけるとグレンは、なにか伝え忘れていることでもあったのか、はっとした顔をした。
「あー、そういや言ってなかったか。錬金術ギルドって、オレの親父がギルドマスターやってんだよ」
「聞いてないね。そもそも親族が錬金術関連の職に就いてるんなら、なんでレッドグレイヴに?」
「そりゃ、あっちの錬金術の方がこっちより何歩も先を行ってるからさ。だからオレは向こうで技術指導を受けて来たってわけさ。まぁ、どうにかこうにかレッドグレイヴ領の初級錬金術師資格を取れたってくらいなんだけどな」
グレンの明かした事情から彼がボクを錬金術ギルドまでの案内役を買って出ようとしているのだと察した。
「それならボクと同じみたいだね」
ボクはウエストポーチから初級錬金術師の免許証を取り出してグレンに見せた。
「もしキミさえよければ錬金術ギルドまで案内を頼んでもいいかな」
「任せてくれ」
にかりと満面の笑みを浮かべたグレンは、一瞬の逡巡もすることなく案内を請け負ってくれた。
それが済むと魔石はすぐさまウエストポーチの中にしまい込んだ。
「お客さんは戦闘職だとばかり思っていましたが、優秀な魔術職でしたとはな」
「ボクは見習いの錬金術師ですよ。魔石に頼らなければ、魔力に属性を付加することも出来ないくらいですから」
天職が魔術職でなければ、身ひとつで魔力の属性変換をすることは出来ない。魔石はそれを補ってくれる触媒なのである。それを知っていれば、ボクが魔術職ではないと一目でわかりそうなものだけれど、どうもおじさんはそう思ってはいないようだった。
「随分な、ご謙遜ですな」
「おじさんもご存知でしょう。レッドグレイヴ領では魔術職の競争が激しいってことは」
「魔術狂い、ですか」
ボクは口元に真っ直ぐに立てた人差し指をとんとんと当て、おじさんの発した単語を安易に口に出さぬよう示した。
「申し訳ない。他領に来たとはいえ、これは禁句でしたな」
「どこに耳があるかわかりませんからね」
「残念なことですな。それほどの実力がありながら、あの地では日の目を見ることがないとは」
「天職が優遇されるのは必定ですし、仕方ありませんよ。たまたまあそこは魔術職の天職持ちが多かったというだけのことです。それに悪いことばかりではありませんよ。出奔に際して、上役にここでの錬金術師としての仕事も斡旋してもらいましたからね」
笑顔をつくってボクの今後に関することを告げると、おじさんは安堵したように表情を崩した。
ただ、今の発言をパパに聞かれたら泣かれちゃうだろうな。
「それはなによりで」
「えぇ、正直なところ食うにも困ることになるかも知れないと覚悟していましたからね。助かりましたよ」
「では、開門後は直接錬金術ギルドに行かれるので?」
「そのつもりです。手続きはなるべく早く済ませたいですからね」
おじさんは大きく頷き、ボクの考えに同意を示した。
「それがいいでしょうな。ギルドの場所はご存知ですかな」
「いえ、その辺りに関してはさっぱりでして。よければ教えていただけませんか」
「構いませんとも。私としては出来れば直接お送りしたいところですが、そうもいきませんからな」
「そうやって気を遣っていただけただけで充分ですよ」
おじさんは目頭を押さえ、なにやら感じ入っていた。
錬金術ギルドの場所を教えてもらい、後は開門を待つばかりとなった。おじさんは6つ目の鐘が鳴ると入場の準備をすべく自身が操って来た馬車に戻って行った。
その去り際におじさんは、入場に際しての説明してくれた。なんでもボクらは野盗被害に遭ったこともあって、入場は優先してくれることになっているらしい。鐘7つにはまだ早いが、馬車を降りて乗客だけ先に身分証の確認が行われることになった。
それを待っている間、ボクは他の乗客達から距離を取られていた。そんな中でユーナちゃんが駆け寄って来ようとしていたけれど、やはり彼女のお母さんに引き止められていた。
不満さを顔いっぱいに貼り付けたユーナちゃんと目が合う。ボクはひらひらと手を振ると思い切り大きく手を振り返してくれた。それに満足したボクは、思わずくすりと笑みをこぼした。
そんなボクの隣では、グレンが不機嫌さを隠そうともせず顔をしかめていた。おじさんとの情報交換が終わるのをじっと黙して待っていた彼は、その後ずっとこんな調子だった。
「ボクの隣でそんな顔をしないで欲しいな」
「だっておかしいじゃねぇか。ヒイロさんに助けられたってのにあの態度はよ」
「別におかしくはないよ。あれが自然な反応なんだろうさ」
「でもよ」
「ボクのことなのに、なんでキミが気にするのさ」
「そりゃ気にするさ。命の恩人のことなんだからよ。その恩人が悪様にされてたら堪んねぇよ」
「そういうのって疲れない?」
「なんであんたはそうやって」
「あんたって呼ばないでくれるかな。好きじゃないんだ、そう呼ばれるの」
「すまねぇ、ヒイロさん」
「そこは改めるんだね」
「そりゃあな。恩人の希望だしな」
「それなら彼らに対する険悪さをボクの隣で振り撒かないで欲しいね」
「それは……」
「彼らに対する感情には、自分自身で折り合いを付けてくれるかな。ボクは気にしていないんだから、ボクを理由にされるのは困るよ」
ボクの心情をはっきり伝えるとグレンは押し黙った。しばらくして隣で深々と息が吐かれる。
「悪ぃ、オレは勝手にヒイロさんの考えを代弁したつもりになってたみてぇだ。これはあくまでもオレの主観でしかねぇってのにな」
「理解してくれたようでなにより。これでこの話は終わりだね。それで聞きたいんだけど、キミはなんでボクと居るの?」
そう問いかけるとグレンは、なにか伝え忘れていることでもあったのか、はっとした顔をした。
「あー、そういや言ってなかったか。錬金術ギルドって、オレの親父がギルドマスターやってんだよ」
「聞いてないね。そもそも親族が錬金術関連の職に就いてるんなら、なんでレッドグレイヴに?」
「そりゃ、あっちの錬金術の方がこっちより何歩も先を行ってるからさ。だからオレは向こうで技術指導を受けて来たってわけさ。まぁ、どうにかこうにかレッドグレイヴ領の初級錬金術師資格を取れたってくらいなんだけどな」
グレンの明かした事情から彼がボクを錬金術ギルドまでの案内役を買って出ようとしているのだと察した。
「それならボクと同じみたいだね」
ボクはウエストポーチから初級錬金術師の免許証を取り出してグレンに見せた。
「もしキミさえよければ錬金術ギルドまで案内を頼んでもいいかな」
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