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009 盗賊さん、一仕事終える。
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他に取り立てて目につくものもなかったので、ボクは搬入作業が終わるまで休憩室を使われせもらうことにして、喪服の女性とは地下で別れた。休憩室に入るとソファの上に怠惰な青年が、いびきをかいて眠りこけていた。そんな彼を尻目に、ボクは空いた向かいの席に押しを下ろした。
ボクにとって異質な地下の光景を思い返す。床に敷き詰められた砂の下に魔術的な作用をする物があるのだろう。それを調べさせてはもらえないだろうかと思案するも、首を横にふってすぐにその考えを捨てた。
幼い頃から魔術の研鑽を積んで来たボクからしたら垂涎物の研究対象だけど、こればっかりは仕方ないかな。ここの人達にとっては古くから行われてきた当たり前の儀式なのだろうし、部外者がその在り方に干渉するようなことをすれば、不快な感情を抱かれるのは明白だろうしね。
タラッサ聖教がどういった経緯で、ああいった思想に行き着いたのか、文化的な背景が気になるところだけど、その辺りのことは喪服の女性に聞けば教えてもらえるかな。今すぐ聞きたい気持ちもあるけれど、眠気が優っている。野盗襲撃後からずっと休む暇もなく、領都までゴーレムを走らせ続けていたので、肉体的にも精神的にも限界に達していた。椅子に腰掛けたままボクは、重たくなるまぶたを押し留めることも出来ずに、いつの間にか深い眠りに付いていた。
ゆるやかに肩を揺すられ目を覚ます。
「目ぇ覚めたっすか。いま、まさかオレの方が起こすことになるとは思わなかったっすよ」
のんびりとした青年の声を聴きながら目を瞬かせる。
「搬入作業は、終わったので?」
「みたいっすよ。さっきグレモリーさんが、そう言ってたんで」
グレモリーというのは、あの喪服の女性のことだろう。
「あの方は、今はどちらに」
「いろいろと忙しい人っすからね、地下の作業を終えたら城壁内の教会に帰ったっすよ」
「もう城門が開くような時間になったのですか」
いくら疲れていたとはいえ、かなり寝過ごしてしまったのかと少なからず焦る気持ちが湧く。
「あー、まだっすよ。夜間の通行許可証持ってるんすよ、グレモリーさん。ここのことがあるっすからね」
「そういうことですか」
タラッサ聖教がバーガンディ領に深く根差しているのか、グレモリー女史が強い影響力を持っているのか、判断に迷うところだね。
「まぁ、何にしたって東の城門まで戻った方がいいっすよ。そろそろ夜も明けそうなんで」
「わかりました。行きましょう」
休憩室を出ると馬車の側にキャメルスと呼ばれていた大柄な男が控えていた。ボクはひとりで搬入作業をやり切った彼に対して簡素な礼を述べた。
「ありがとうございました」
すると男は厳しい表情のまま、ちいさく頭を下げた。
「キャメルスのダンナ、お疲れさまっす」
ボクに続くように青年は労いの言葉を贈っていた。それを受け取った男は、再度頭を下げてから玄関扉の方に歩いて行ってしまった。その背を目で追っていると青年が急かすように口を開く。
「何してんすか、早く行くっすよ」
青年は馭者席に座り、ボクにも早く来るように手でてしてしと座席を叩いた。すると大きな玄関扉が蝶番を軋ませながら開く。そちらに目をやれば、大柄な男が入口側の道具を操作して扉を開いたようだった。
玄関扉の向こう側に目をやれば、共同墓地を囲う塀の門も開きつつあるようだった。
遠隔操作で扉を開閉させる仕組みが気になりながらもボクはゴーレムを操って建物を出る。そのまま門まで馬車を進ませ、外へ。門を抜けるとそれほど間を置かずに扉は閉じられた。
「もう日が昇り始めてるっすね」
東の空が赤く染まっていた。険しい山脈に遮られ、まだ太陽は姿を見せていないが、それも時間の問題だろう。
「開門は日の出からで?」
「開門は鐘が7つ鳴ってからっすね。今はまだ鐘5つくらいじゃないっすかね。朝、最初に鐘が鳴らされんのは6つ目からっすからね」
それを聞き、ボクは本当に長いこと寝ていたのだと実感させられた。
城門前に戻って来ると、昨晩はボクらしか居なかった馬車の数が増えていた。その荷台には野菜や穀類などが山となって積み込まれていた。
それらの背後を通り、ボクと同じくレッドグレイヴ領から来た人達と合流しようと移動している最中に青年は馭者席を飛び降りた。
「んじゃ、オレはこの辺で失礼するっす」
そう言うなり彼は人混みに紛れるように駆け去って行った。
「すいません、すべてお任せしてしまって」
そう言ってボクを出迎えてくれたのは馭者のおじさんだった。その背後にボクの操る馬車に昨日同乗していた青年の姿もあった。
「問題ないですよ。それが最良の選択だったと思いますから」
ボクの返答におじさんは困ったように苦笑していた。
「これとひとつ聞いておきたいのですが、この馬車はどうされます。乗合馬車の停留所まで運んだらよいのでしょうか」
「さすがにそこまではお手間を取らせられません。夜の内に衛兵さんを通じて組合に連絡を取ってもらいましたので、開門後に同僚がその馬車を引くための馬を連れて来てくれるかと」
「そうなんですね。でしたらどの辺りに馬車を置いておきましょうか」
「ここで構わないですよ」
「わかりました」
ボクは馬車に繋いでいたゴーレムに対して奪取スキルを行使して、核として使った魔石だけを抜き盗った。すると土塊人形は、宿らされていた力を失ってボロボロと崩れた。
崩れたゴーレムで馬車の前に土の山が出来てしまったので、手元の土の魔石で散らそうとして手の中の違和感に気付く。手を開き、その中に収まっていた魔石に目をやると、そこにあったのは複数の小粒な魔石ではなく、一塊となった大きな魔石だった。
ボクにとって異質な地下の光景を思い返す。床に敷き詰められた砂の下に魔術的な作用をする物があるのだろう。それを調べさせてはもらえないだろうかと思案するも、首を横にふってすぐにその考えを捨てた。
幼い頃から魔術の研鑽を積んで来たボクからしたら垂涎物の研究対象だけど、こればっかりは仕方ないかな。ここの人達にとっては古くから行われてきた当たり前の儀式なのだろうし、部外者がその在り方に干渉するようなことをすれば、不快な感情を抱かれるのは明白だろうしね。
タラッサ聖教がどういった経緯で、ああいった思想に行き着いたのか、文化的な背景が気になるところだけど、その辺りのことは喪服の女性に聞けば教えてもらえるかな。今すぐ聞きたい気持ちもあるけれど、眠気が優っている。野盗襲撃後からずっと休む暇もなく、領都までゴーレムを走らせ続けていたので、肉体的にも精神的にも限界に達していた。椅子に腰掛けたままボクは、重たくなるまぶたを押し留めることも出来ずに、いつの間にか深い眠りに付いていた。
ゆるやかに肩を揺すられ目を覚ます。
「目ぇ覚めたっすか。いま、まさかオレの方が起こすことになるとは思わなかったっすよ」
のんびりとした青年の声を聴きながら目を瞬かせる。
「搬入作業は、終わったので?」
「みたいっすよ。さっきグレモリーさんが、そう言ってたんで」
グレモリーというのは、あの喪服の女性のことだろう。
「あの方は、今はどちらに」
「いろいろと忙しい人っすからね、地下の作業を終えたら城壁内の教会に帰ったっすよ」
「もう城門が開くような時間になったのですか」
いくら疲れていたとはいえ、かなり寝過ごしてしまったのかと少なからず焦る気持ちが湧く。
「あー、まだっすよ。夜間の通行許可証持ってるんすよ、グレモリーさん。ここのことがあるっすからね」
「そういうことですか」
タラッサ聖教がバーガンディ領に深く根差しているのか、グレモリー女史が強い影響力を持っているのか、判断に迷うところだね。
「まぁ、何にしたって東の城門まで戻った方がいいっすよ。そろそろ夜も明けそうなんで」
「わかりました。行きましょう」
休憩室を出ると馬車の側にキャメルスと呼ばれていた大柄な男が控えていた。ボクはひとりで搬入作業をやり切った彼に対して簡素な礼を述べた。
「ありがとうございました」
すると男は厳しい表情のまま、ちいさく頭を下げた。
「キャメルスのダンナ、お疲れさまっす」
ボクに続くように青年は労いの言葉を贈っていた。それを受け取った男は、再度頭を下げてから玄関扉の方に歩いて行ってしまった。その背を目で追っていると青年が急かすように口を開く。
「何してんすか、早く行くっすよ」
青年は馭者席に座り、ボクにも早く来るように手でてしてしと座席を叩いた。すると大きな玄関扉が蝶番を軋ませながら開く。そちらに目をやれば、大柄な男が入口側の道具を操作して扉を開いたようだった。
玄関扉の向こう側に目をやれば、共同墓地を囲う塀の門も開きつつあるようだった。
遠隔操作で扉を開閉させる仕組みが気になりながらもボクはゴーレムを操って建物を出る。そのまま門まで馬車を進ませ、外へ。門を抜けるとそれほど間を置かずに扉は閉じられた。
「もう日が昇り始めてるっすね」
東の空が赤く染まっていた。険しい山脈に遮られ、まだ太陽は姿を見せていないが、それも時間の問題だろう。
「開門は日の出からで?」
「開門は鐘が7つ鳴ってからっすね。今はまだ鐘5つくらいじゃないっすかね。朝、最初に鐘が鳴らされんのは6つ目からっすからね」
それを聞き、ボクは本当に長いこと寝ていたのだと実感させられた。
城門前に戻って来ると、昨晩はボクらしか居なかった馬車の数が増えていた。その荷台には野菜や穀類などが山となって積み込まれていた。
それらの背後を通り、ボクと同じくレッドグレイヴ領から来た人達と合流しようと移動している最中に青年は馭者席を飛び降りた。
「んじゃ、オレはこの辺で失礼するっす」
そう言うなり彼は人混みに紛れるように駆け去って行った。
「すいません、すべてお任せしてしまって」
そう言ってボクを出迎えてくれたのは馭者のおじさんだった。その背後にボクの操る馬車に昨日同乗していた青年の姿もあった。
「問題ないですよ。それが最良の選択だったと思いますから」
ボクの返答におじさんは困ったように苦笑していた。
「これとひとつ聞いておきたいのですが、この馬車はどうされます。乗合馬車の停留所まで運んだらよいのでしょうか」
「さすがにそこまではお手間を取らせられません。夜の内に衛兵さんを通じて組合に連絡を取ってもらいましたので、開門後に同僚がその馬車を引くための馬を連れて来てくれるかと」
「そうなんですね。でしたらどの辺りに馬車を置いておきましょうか」
「ここで構わないですよ」
「わかりました」
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崩れたゴーレムで馬車の前に土の山が出来てしまったので、手元の土の魔石で散らそうとして手の中の違和感に気付く。手を開き、その中に収まっていた魔石に目をやると、そこにあったのは複数の小粒な魔石ではなく、一塊となった大きな魔石だった。
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