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008 盗賊さん、神の教えを説かれる。
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「こちらへ」
短くそれだけを告げて共同墓地の敷地内に入るよう促される。ゆっくりと馬車を引きながら喪服の女性の後に続く。彼女が箱型の建物の前に到着するのを待っていたかのように、背の高い両開きの扉が開いた。
「馬車ごと中へお進みください」
言われるままに建物の中に入る。屋内はがらんとして装飾の類もなく、簡素な空間が広がっていた。その中で印象に残ったのは、入口を入ってすぐ左手の方にある地下へと続く大きな階段と、正面奥に設えられた質素な扉くらいのものだった。
背後でドアが閉まるのに合わせて女性はこちらに向き直り、流れるような動作で正面奥の扉を示す。
「ご遺体の搬送が終了するまで奥の休憩室でお待ち下さい」
ボクは共同墓地で遺体がどのように扱われているのか気になっていたので、搬入作業の見学を申し出ることにした。
「ご遺体がどういったところに運び込まれるのか、ボク自身の目で確かめたいのですが、よろしいでしょうか」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
「ミンティオさんはどうされますか?」
「あ、オレは奥で休ませてもらってもいいっすか。今日はちっとばっかし眠いもんで。搬入が終わったら起こしてもらってもいいっすかね」
どうにも職務に対するやる気の感じられない青年は、喪服の女性の問いに対して、そんなことを何の躊躇いもなく口にしていた。
「では、そのように」
喪服の女性は青年の発言を当然のものとして受け取り、彼は了承を得てすぐに欠伸をしながら奥の扉目指して足を進めていた。
遺体を地下に運ぶ人手はどうするのだろうかと思っていると馬車がぎしりと音を立てた。
背後に視線を向けると馬車の乗車席に上半身を突っ込んでいる大柄な男の姿が目に入った。いつどこから現れたのか全くわからなかった。今も目の前にその姿があるのに気配がほとんど感じられない。馬車に突っ込んでいた上半身を引き抜いた男は、積み込まれていた遺体を両肩に1体ずつ担ぎ上げていた。
「キャメルス。大変だとは思いますが、お願いしますね」
喪服の女性から言葉をかけられた男は、無言でこくりと頷くと猫のように背を丸めて階下へと遺体を運んで行った。
「あなたは見学をご希望とのことでしたね」
「はい。ボクの生まれ故郷は火葬でしたので少し中の様子が気になってしまいまして」
「それは悲しいことですね」
「悲しい?」
「えぇ、火葬などされてしまえば魂が海へと帰ることも出来なくなってしまいますから」
理解の出来ない論理を展開され、ボクは困惑した。
「海、ですか。バーガンディ領は内陸で、海に面していなかったと思うのですが」
「はい、そうなんです。ですからここで埋葬された死者は海に帰れず、アンデッドになってしまわれたのです。それを解消するために私たちタラッサ聖教が、この内陸の地で海へと帰るお手伝いをさせていただいているのですよ」
目元はベールで覆い隠されていて表情をはっきりと読み取ることは出来ないけれど、彼女の口元はゆるやかに笑みの形をつくっていた。
「私の言葉だけでは理解が及ばないと思いますので、実際にご自分の目でお確かめください」
喪服の女性は、柔らかな口調でそれだけ言うと階段を降りて行く。ボクは慌ててその後を追った。
階段を降り切った先に広がっていたのは、床一面に白い砂を敷き詰められた大きな空間だった。その砂の上に、パッと見ただけで数百を超える数の遺体が所狭しと横たえられているのがわかった。
程近い場所に横たえられていた遺体に目をやると、その肌はカラカラに乾き、干物のようになってひび割れが生じていた。
「これは一体なにをされてるんですか」
「死後、体内に遺されて淀んでしまった魂を解放しているんです」
「人間を干物にしているようにしか見えないのですが」
「そう見えてしまうのは仕方ありません。魂は体内にある水の中に宿っているのですから。魂を肉体から解放するには、その水を吸い出さなければなりません。そしてその水は原初の海から運んで来た聖砂を通じて海へと帰るのです」
その説明を聞きながらボクは足元の砂を爪先で掻き分ける。その程度では床は見えてこず、かなりの量の砂が敷き詰められているのがわかった。
ただそうなって来るとどうにも気になる点がひとつ。聖砂と呼ばれる足元の砂は、かなりの魔力を帯びていて、まるで魔石を粉末にしたのかと錯覚するほどの代物だった。
原初の海って世界の中心にある内海だったと思うけど、本当にこんな物が溢れかえってるのかな。実際に存在してるなら噂話くらい流れてきそうなものだけど、レッドグレイヴ領では、そんな話聞いたこともなかったな。
「魂が解放された後はどうなるんですか?」
「創世母神のティアマト様によって、再び地上に魂を送り出され、生まれ直すのです」
干物になった身体の方を聞いたつもりだったけど、きちんと伝わってなかったらしい。
「残された肉体はどうされるのですか?」
「魂が解放された器は、やがて朽ちて聖砂とひとつになるんです。もうじき聖砂となる器がありますので、こちらへ」
案内された先にあったのは、完全に乾き切り表面が砕けて白骨化した遺体だった。ただ普通ならそこで終わりだろうに、白骨化した骨までもひび割れて細かく砂粒のように変化していっていた。
短くそれだけを告げて共同墓地の敷地内に入るよう促される。ゆっくりと馬車を引きながら喪服の女性の後に続く。彼女が箱型の建物の前に到着するのを待っていたかのように、背の高い両開きの扉が開いた。
「馬車ごと中へお進みください」
言われるままに建物の中に入る。屋内はがらんとして装飾の類もなく、簡素な空間が広がっていた。その中で印象に残ったのは、入口を入ってすぐ左手の方にある地下へと続く大きな階段と、正面奥に設えられた質素な扉くらいのものだった。
背後でドアが閉まるのに合わせて女性はこちらに向き直り、流れるような動作で正面奥の扉を示す。
「ご遺体の搬送が終了するまで奥の休憩室でお待ち下さい」
ボクは共同墓地で遺体がどのように扱われているのか気になっていたので、搬入作業の見学を申し出ることにした。
「ご遺体がどういったところに運び込まれるのか、ボク自身の目で確かめたいのですが、よろしいでしょうか」
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
「ミンティオさんはどうされますか?」
「あ、オレは奥で休ませてもらってもいいっすか。今日はちっとばっかし眠いもんで。搬入が終わったら起こしてもらってもいいっすかね」
どうにも職務に対するやる気の感じられない青年は、喪服の女性の問いに対して、そんなことを何の躊躇いもなく口にしていた。
「では、そのように」
喪服の女性は青年の発言を当然のものとして受け取り、彼は了承を得てすぐに欠伸をしながら奥の扉目指して足を進めていた。
遺体を地下に運ぶ人手はどうするのだろうかと思っていると馬車がぎしりと音を立てた。
背後に視線を向けると馬車の乗車席に上半身を突っ込んでいる大柄な男の姿が目に入った。いつどこから現れたのか全くわからなかった。今も目の前にその姿があるのに気配がほとんど感じられない。馬車に突っ込んでいた上半身を引き抜いた男は、積み込まれていた遺体を両肩に1体ずつ担ぎ上げていた。
「キャメルス。大変だとは思いますが、お願いしますね」
喪服の女性から言葉をかけられた男は、無言でこくりと頷くと猫のように背を丸めて階下へと遺体を運んで行った。
「あなたは見学をご希望とのことでしたね」
「はい。ボクの生まれ故郷は火葬でしたので少し中の様子が気になってしまいまして」
「それは悲しいことですね」
「悲しい?」
「えぇ、火葬などされてしまえば魂が海へと帰ることも出来なくなってしまいますから」
理解の出来ない論理を展開され、ボクは困惑した。
「海、ですか。バーガンディ領は内陸で、海に面していなかったと思うのですが」
「はい、そうなんです。ですからここで埋葬された死者は海に帰れず、アンデッドになってしまわれたのです。それを解消するために私たちタラッサ聖教が、この内陸の地で海へと帰るお手伝いをさせていただいているのですよ」
目元はベールで覆い隠されていて表情をはっきりと読み取ることは出来ないけれど、彼女の口元はゆるやかに笑みの形をつくっていた。
「私の言葉だけでは理解が及ばないと思いますので、実際にご自分の目でお確かめください」
喪服の女性は、柔らかな口調でそれだけ言うと階段を降りて行く。ボクは慌ててその後を追った。
階段を降り切った先に広がっていたのは、床一面に白い砂を敷き詰められた大きな空間だった。その砂の上に、パッと見ただけで数百を超える数の遺体が所狭しと横たえられているのがわかった。
程近い場所に横たえられていた遺体に目をやると、その肌はカラカラに乾き、干物のようになってひび割れが生じていた。
「これは一体なにをされてるんですか」
「死後、体内に遺されて淀んでしまった魂を解放しているんです」
「人間を干物にしているようにしか見えないのですが」
「そう見えてしまうのは仕方ありません。魂は体内にある水の中に宿っているのですから。魂を肉体から解放するには、その水を吸い出さなければなりません。そしてその水は原初の海から運んで来た聖砂を通じて海へと帰るのです」
その説明を聞きながらボクは足元の砂を爪先で掻き分ける。その程度では床は見えてこず、かなりの量の砂が敷き詰められているのがわかった。
ただそうなって来るとどうにも気になる点がひとつ。聖砂と呼ばれる足元の砂は、かなりの魔力を帯びていて、まるで魔石を粉末にしたのかと錯覚するほどの代物だった。
原初の海って世界の中心にある内海だったと思うけど、本当にこんな物が溢れかえってるのかな。実際に存在してるなら噂話くらい流れてきそうなものだけど、レッドグレイヴ領では、そんな話聞いたこともなかったな。
「魂が解放された後はどうなるんですか?」
「創世母神のティアマト様によって、再び地上に魂を送り出され、生まれ直すのです」
干物になった身体の方を聞いたつもりだったけど、きちんと伝わってなかったらしい。
「残された肉体はどうされるのですか?」
「魂が解放された器は、やがて朽ちて聖砂とひとつになるんです。もうじき聖砂となる器がありますので、こちらへ」
案内された先にあったのは、完全に乾き切り表面が砕けて白骨化した遺体だった。ただ普通ならそこで終わりだろうに、白骨化した骨までもひび割れて細かく砂粒のように変化していっていた。
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