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006 盗賊さん、新天地に到着する。

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 前を走る馬車に遅れることなく、ボクはゴーレムを疾走させる。馬車は少々重量オーバー気味で、車体が跳ねた際に、車輪周りから嫌な音がし始めたときはヒヤヒヤとしたけれど、ゴーレムを操るのと同様に車軸や車輪に魔力の糸を繋いで強化してやることで、ことなきを得ていた。
 常にそれらに気をやっていなければならないのは、かなりの集中力を要する。ボクが本当の意味で錬金術師だったなら自律型のゴーレムを作製して、今よりも負担を軽減出来たのだろうけれど、ボクに出来るのは土塊の人形を魔力の糸で操る傀儡師くぐつしの真似事でしかなかった。
 そんな状況にあったボクは、長いこと無言でゴーレムの操作に集中していた。そこへ拘束した野盗の監視役を買って出た男性が、躊躇うように話しかけて来た。
「なぁ、あんた──」
「ヒイロ。ボクの名はヒイロだよ」
 不躾な呼び方をされそうだったので、彼の言葉を遮るようにボクは名乗った。
「すまねぇ、ヒイロさん。オレはグレンってんだ。忙しいとは思うが、少し話させてもらってもいいだろうか」
 馬車を引くゴーレムを運用する魔力操作にも少しは慣れて、魔力を効率よく回せるようになって来ていたので、会話程度なら問題ないと彼の申し出を受けることにした。
「えぇ、構いませんよ」
「さっきは言えなかったが、死にかけたところを助けてくれてあんがとよ。もし何かオレに出来ることがあったら言ってくれ、全力で力になるんで」
「ボクは提供されたポーションをあなたの治療に使っただけですよ」
「そうだったとしても、助けられたことには違いねぇ。だからなんでもいいから礼をしたいのさ」
「そうまでおっしゃるのでしたら、ひとつお願いしてもよろしいですか」
 勢い込むように彼は、馭者席に乗り出して来た。
「任せてくれ、何やりゃいいんだ」
「ご遺体の身分を証明するものを集めておいてくれませんか。領都到着後、すぐに必要になると思いますから」
「わ、わかった。任せといてくれ」
 彼はおっかなびっくりといった様子でご遺体ひとりひとりの着衣を調べ、ギルドカードなどの身分証を集めていった。

 ご遺体をすべて調べ終わるころには、彼は随分と憔悴しているようだった。しばらく直線が続きそうだったので、ちらりと背後を窺うと彼は血に汚れた身分証の束に目を落として、強く口をひき結んでいた。
「イヤな、役目を押し付けてしまいましたかね」
「いや、そんなことはねぇよ。誰かがやんなきゃなんなかったことだろうしな」
「領都の衛兵にすべて任せても問題なかったと思いますよ。ご遺体の身分照会なども彼らの仕事に含まれているでしょうから」
「それはそうかもしれねぇが、それならなんで」
「イヤな言い方をしてしまいますが、暇を持て余していらっしゃるご様子でしたので、やれることをやってもらった。それだけのことです。領都到着後に衛兵に丸投げするにしても、速やかに身分照会可能な状態にしておくのが望ましいと思いましたから」
「そうか、そうかも、知れねぇな」
 ボクはウエストポーチから飲み水の入った革袋を取り出し、項垂れた彼に投げ渡す。
「この馬車の中では食欲はわかないでしょうけれど、水くらいは飲んでおいた方がいいですよ。足りないようでしたら言ってください、それなりに蓄えてありますから」
 ガタンの車体が跳ねる。ボクは操縦に集中すべく、彼との会話に割いていた意識を戻した。その後、なぜか背後からピチャピチャと水のこぼれる音が時折聴こえることがあったけれど、気にせずゴーレムの操縦に従事し続けた。

 鬱蒼とした森から平野部に出たくらいに日が沈み、前方を走っていた馬車の速度がガクンと落ちる。ボクもそれに倣って、馬車の速度を落とす。星明かりだけでは厳しいものがあったけれど、ほどなく月が昇ったことで、それも多少は改善された。ただ一度落とされた速度は再度上げられることはなく、ゆったりとしたペースで進み続けた。
 やがて進行方向のずっと先に、揺らめく灯りを頭に載せた黒い影がそびえているのが目に入った。それが目的地であるバーガンディの領都なのは間違いないだろう。先を行く馬車は、心なしか速度を上げているようだった。
「そろそろ到着のようですよ」
 飲み水を渡して以降、一切言葉を交わしていなかった同乗者に向けて言葉を投げかけた。
「無事、たどり着けたみたいだな」
 背後から届く彼の声からは、さっきまでの鬱屈とした響きは払拭されていた。

 閉じられた領都の門扉付近にまでたどり着き、馬車を停める。辺りを見渡すと先に到着していた馭者のおじさんが、槍を携えた衛兵が数人に囲まれながらなにやら説明しているようだった。事情を説明するならボクも行った方がいいだろうと馬車を降りる。すると同乗者から呼び止められた。
 なんだろうかと振り返ると、彼は慌てた様子で馬車を降り、何かの束をボクに手渡した。
「衛兵に話を付けに行くんなら、それも必要なんじゃないか」
 見るとそれは彼に集めるよう頼んだ身分証の束だった。暗がりでよくわからないが、血で汚れていたはずのそれらは、どういうわけか随分と綺麗になっていた。
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