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金の章05 心的外傷

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 粉砕された頭部から脳漿が撒き散らされるなどということはない。その代わりに飛散したのは南雲燐紅の顔を模した頭部の中にみっちりと詰まっていた念土であったが、それを知らない者からしたら息を飲む光景だった。そしてそれは確実に相手を絶命させたと確信させうる一撃だっただけに、私は対象を完全に機能停止させたと思い込み油断していた。
 腕を突き上げた状態で跳躍していた私は、攻撃直後で半ば無防備な胴体を南雲燐紅だったモノの目前にさらしている。そこを頭部をなくしたそれの片腕がしゅるりと伸びて蛇のようにしなり、私の胴体に巻き付いて動きを封じてきた。その直後に背後から「先輩、後ろ」と切羽詰まった声が上がった。
 私は警告の声を聞くまでもなく、蛇のように変貌した腕に締め上げられる前に、拘束から逃れるべく力任せに相手の肩口から腕を引き千切る。同時に南雲燐紅だったモノから距離を取るために胸部を蹴りつけて斜め上後方に跳躍した。
 後方宙返りで視線を転じて私の背後に迫りつつあった物を目視にて確認した。すると視線の先には、ついさっき結城零緒を狙って射出された黒い鉤爪が、直前まで私の背中があった場所を目掛けて直進しているところだった。
 その黒い鉤爪には、私に警告の声を飛ばしたらしい風巻竜姫が、自身の操る紙人形を多数貼り付いて減速してくれていた。それがなければ私は今ごろ胴体に風穴が空いていたかもしれない。加えて黒い鉤爪が途中で軌道を変えることが出来なかったのも一助となっていた。
 私は後方宙返りの勢いをそのままに、眼下を過ぎ去って行こうとする黒い鉤爪目掛けて爪先を振り下ろしてそれを地面に叩き付けた。するとそれは地面にめり込むようにして動きを停めたが、ひびひとつ入った様子はない。それを目にした私は即座に風巻竜姫に向けて「拘束は解くな」と声を張り上げて指示を下す。ちらりと南雲燐紅だったモノに目を向ける。完全に機能停止したらしく、魔力供給されなくなった節足は、上半身を支えることが出来ずにへし折れて胴体が地面に落下していた。
 着地後すぐに黒い鉤爪の元に行き、直接手で触れて魔力干渉した。内部で起動中の刻印術式を調べる。するとその魔導具は強固な形状維持の魔術が何重にも施されていて、熱や瞬間的な力に対する耐性が付与されていた。
 それは対南境焔を想定して造られた魔導具であると察せられた。この魔導具と南境焔が相対していたとしたら、瞬間的な火力と炎熱のみに特化した彼女では、手も足も出なかったことだろう。そしてこの魔導具の存在によって、彼女は死亡こそしてはいなくとも現在自発的には行動出来ない状態に陥っているのだと確信を得た。
 私は黒い鉤爪全体に魔力を浸透させ、施されている魔術をひとつひとつ魔力干渉しながら全て無効化すると、軽く身体強化した握力でも簡単に握り潰して破壊することが出来た。私は風巻竜姫に紙人形による拘束はもう必要ないと伝え、人型に拘束させたままにしていた残りの黒い鉤爪を順々に破壊していった。

 黒い鉤爪を全て破壊した私は、最後に南雲燐紅だったモノから星片を回収して翼たちの元に向かう。歩きながら手の中にある星片の大きさに疑問を持つ。今はこれを悠長に解析している場合ではないので推測でしかないが、この程度の星片では本物の人間と見紛う自律型の魔導人形を動かすことは出来ても、先刻の戦闘を再現するだけの魔力を抽出することは出来ない。だとしたら黒い鉤爪や紅い球体の魔導具は、別の誰かが遠隔操作していたと考えるのが妥当だろう。それが星の意思OZUNOの関係者であるのは間違いない。そしてそれを成したのは、今回ここの調査に参加したメンバーではないことだけは確かだった。

 みんなの元に至り、翼に目を向けると既に犬飼都音の治療は終わったのだとわかった。しかし、重傷を負った彼女よりも、外傷を負っていなかった結城零緒の方がかなり危うい状態になっていた。呼吸もままならないのか、喉元に手を添えて苦しげに喘ぎ、顔を歪めている。心因的なものであるために、翼も手を施すことが出来ずにいた。その隣に居た風巻竜姫も同様にどうすべきなのかわからずにおろおろとしていた。
 結城零緒を庇って重傷を負ってしまっていた犬飼都音は、彼女をやさしく抱き寄せて「大丈夫、私は大丈夫だから」と囁きながら背をなでている。瞳孔の開いた瞳を落ち着きなくさまよわせていた結城零緒は、彼女にそうされることによって徐々に落ち着きを見せた。どうにか呼吸出来るようになると、自身の喉元に添えていた手を外して犬飼都音の背に回す。そして彼女の背に触れ、そこになんの傷痕も残されていないことを確認すると、全身を弛緩させるように脱力して、彼女の肩に頭を預けるとぐすぐすとすすり泣き始めた。そんな彼女の頭を犬飼都音は、とても大切なものを扱うようになでていた。
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