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火の章09 事件の当事者

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「これにて実験終了っと。ベニカ、トモヨもういいぞ」

 そう言ってきた花木豆さんからは害意が感じられない。いや、そもそも初めからそんなものはなかったような気がする。大神が突っかかり、それに相対していただけで、攻撃も最後の最後に私の背に振り降ろされた一撃だけ、それに関しても痛みもなにもなかった。

「しかし、この性能じゃ快刀乱魔ヴォーパルを相手にするのは無理だな。だが星の欠片を加工したところでこれが限界かもしれんな」

 ぶつぶつとなにやらつぶやきながら花木豆さんは、伐採斧を担いで店に入っていく。そんな彼女の背中には、刃物で切り裂かれた痕跡があったが傷を負っているような様子はなかった。
 状況についていけず外に取り残された私は、とりあえず地面に転がったまま気を動転させている大神を抱き起こした。

「大丈夫か、大神」
「私は大丈夫です。それより先輩はなにもされてませんか。背中を、背中を見せてください」

 どこか必死な様子で大神は、斬り付けられた私の背中を確認していた。

「私からは見えぬし、痛みを感じないのだが、どうなっているのだろうか」
「ないです、傷もなにも」
「そうか、なら花木豆さんに話を聞きにいくか。どうやら私たちを害する気はないようだしな」
「そうかもしれないですけど、得体が知れないです」

 私たちと花木豆さんには絶対的な能力ちからの差がある。相手がその気になればいつでも殺せるのだと思い知らされたのだから今更逃げたところで無意味だろう。こちらに対する興味を失っているようなので、下手に踏み込めば殺されるかも知れないが、そんなことを気にするだけ無駄だと割り切って、情報を得ることを優先することにした。

「だが、あのひとは私たちが知らないことを知っているのは間違いない」

 どうにも花木豆さんが口にしていた内容が気になる。『快刀乱魔ヴォーパル』や『星の欠片』といったものがなんであるのか、私は知る必要がある気がしていた。

「とにかく行くぞ」
「は、はい」

 私たちが店内に入ると花木豆さんの姿はなく、気配もなかった。

「どこに行ったかわかるか?」
「地下ですね。小野木先輩の匂いの側に居ます」

 大神の先導に従って地下への入口を見つけ、警戒しながら私たちは地下に降りて行く。階段は長く、降りているうちに何枚もの魔力の膜をすり抜けるような感触を味わった。
 かなり深いところにまで階段を降りて至った先には、取手もなにもない硬質の扉があった。その前に私たちが立つと入って来いとばかりに扉はひとりでに開く、扉の向こうには長い廊下が続いていた。

『入ってくるんならさっさと入って来い。別にとって喰いやしねぇよ』

 どこからか花木豆さんの声がするが、目に見える場所には彼女の姿はない。私は大神の様子を確認すると『大丈夫でしょうか?』と訴えかけるようにこちらを見ていた。そんな彼女の頭をぽんっと叩き、私は扉をくぐった。
 左右に等間隔で扉の並んでいる廊下を進んで行く。扉は全て同じ意匠で印もなにもなく、判別のしようがない。大神はそんな扉のひとつの前で足を止めた。

「小野木先輩はここです。匂いはしませんけどたぶんあのひとも居ます」

 私は閉ざされた扉をノックしようと近付くと勝手に開いので足を踏み入れた。すると研究室めいた部屋の中では、小野木と花木豆さんが伐採斧を前になにやら話し合っていたが、私たちがやって来たことに気付いたふたりは、こちらに顔を向けてきた。

「小野木」
「焔、私を殺しにきたのか?」

 そんなことを言う小野木の顔は、ひどくやつれていた。目の下の隈は濃く、唇は荒れて髪は艶をなくしていた。

「なぜそうなる」
「栞を殺した犯人として探してたんじゃないのか」
「あれをやったのは、お前ではないだろう」
「私が殺したようなものだよ」

 小野木は自嘲して右手で自身の顔に爪を立てていた。これまで何度となくそうしていたのだろう、額や頰には爪で肉を抉ったような痕が残っている。その自傷行為によって頭皮の一部も抉られたらしく、生々しい傷跡を残して髪の生えていない箇所も見受けられた。

「私が、私が栞を巻き込んだんだ。私が、私が、私が」
「今日はここまでだな」

 そう淡々と言った花木豆さんが小野木の額を軽く指で弾くと、小野木は脱力して崩折れた。それを花木豆さんは慣れたように支えてソファに運んで寝かせていた。私は気を失ったらしい小野木に駆け寄る。

「治療を」
「止めはしないが完治させた治療痕をそいつに見せるなよ。東端を死に追いやった罪悪感からか、少しでもあいつが味わったのかもしれない痛みを得ようと自傷しやがるからな。治ったと知るとすぐに前以上に深い傷を残そうとしやがる。ただ今はやることがあるからか、行動不能になるような自傷行為は無意識に控えてるようだがな」

 躊躇った私は止血する程度に治癒魔術を施すに留めた。近付いてみてわかったが、小野木の両腕や首筋にも爪で肉を抉ったような痕が多数残されていた。
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