上 下
80 / 99

#45-2星降る雫が満ちる饗宴

しおりを挟む
<カリス>


 廃屋の屋根から伸びるのは竜気で編まれた階段だった。
 一本一本、複雑に絡み合う銀糸。糸に伝う水滴はダイヤモンドの光を放ち、階段全体をきらきらと煌めかせている。
 細緻な模様を描いた手すりに褐色の手を乗せたデルタがカリスの手を引いて先へと促す。

「カリス、ほら早く」

 銀糸の煌めきにも負けないデルタの笑顔に自然と足が前に出た。
 手を取り合って階段を駆け上がる。

 足を踏み込むと同時に、しゃらしゃらと音色を奏でて水滴が散った。上から力がかかると伝う水滴が弾くようだ。
 夜空に舞い散る一滴一滴が月光を淡く帯びている。

 目の前を漂う煌めきに視界を奪われながら足を動かしていると隣からクスリと微笑む声が聞こえた。

「カリスはこういう透明でキラキラしたものが好きだね」
「好き……ああ、これは多分、好きだ」

 これだけ視界を奪われるのだ。そういうことなのだろう。

 デルタから視線を逸らさず言うと、またもや赤黒くなったデルタが「いや違う。これは俺に言ったんじゃないから。そういう意味じゃないから……」と小声でぶつぶつと呟きだす。

 カリスは足を動かしながら、すーっと首を傾げた。

 階段は上へと続いている。十段先ほどで途切れているが、その先はデルタとカリスが駆け上がるごとに竜気で高速に編まれていった。
 星に向かって夜空を駆け上がっていると、やがて階段の先が村全体を包むドーム状に張られた竜気にまで到達する。

 流線型の安全柵をつけた踊り場を編み上げたデルタは、カリスの手を握ったまま「あっ」と声を漏らした。

 高所から見下ろすデルタの視線は村の外。大門の向こう側である。

 カリスもまた同じ方向を見下ろすと、白っぽい群れがこちらに手を振っていた。
 死霊アンデッドたちだろう。
 酒場の女主人を抱え、急いで大門外まで避難した結果、今度は竜気のバリアで村の中に入れなくなったようだ。

『みんなー! 無事かーい!?』

 なかなか距離があるが、念話とともにデルタが繋いでいないほうの手を振ると向こうも大きく手を振りピョンピョンとその場で跳ねている。
 音は聞こえないがカリスの脳内でイ音の掛け声が補完された。

「よし。骨士くんたちの無事も確認できたことだし、それじゃあ始めますか」

 繋いだ手をぎゅっと握られる。

「カリス、手伝ってくれる?」

 片眉だけひそめて笑うデルタに、カリスはそっと手を握り返した。

「もちろん」




 カザ村の人々の目が開く。
 同時にざわめきが広がり、自分達が村のメインストリートに残らず集められていることに気づいた。
 村長や村民を始め、荒くれの冒険者や強かな旅商人までもが目を白黒とさせる。

「なんだ、なにが起こった?」
「というかなんでここに?」
「なんかセラフィーネがどうとか聞いた気が…」

 多くの人間に動揺が走る中、どこからか颯爽と歩く一人の男が人々の合間を縫うように現れた。

 黒い癖毛に全身黒衣。真っ赤な裏地のマントが翼のようにはためく。
 自らを奇術師と嘯くデルタという男だ。
 彼の存在は丸一日たたずともカザ村にいつく者なら誰もが知るところとなった。

 存在も見た目も目力も強すぎる奇術師に、自然と人々からざわめきが消える。
 大勢の人間がいるというのにメインストリートはしん、と静まり返っていた。

 人々が集まる中央まで来た奇術師デルタは重々しい顔つきでゆっくり辺りを見回す。
 やがて全員が目覚めているのを確認すると、すうっと息を吸い込んだ。
 黒光りするブーツが巻き上げた砂とともに列し、歯切れのいい布切れの音が直角の腰曲げと同時に鋭く鳴る。

 あまりの勢いと謎の折り曲げポーズに、一同はびくりと肩が跳ねた。

「この度は、たいっへん申し訳ございませんでしたァ――――ッ!!!!」

 たー……たー……たー……と、静まり返ったメインストリートに木霊する。

 軒並みポカンとした顔を晒す群衆の中、誰かが「……は?」と呟いた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

反抗期真っ只中のヤンキー中学生君が、トイレのない課外授業でお漏らしするよ

こじらせた処女
BL
 3時間目のホームルームが学校外だということを聞いていなかった矢場健。2時間目の数学の延長で休み時間も爆睡をかまし、終わり側担任の斉藤に叩き起こされる形で公園に連れてこられてしまう。トイレに行きたかった(それもかなり)彼は、バックれるフリをして案内板に行き、トイレの場所を探すも、見つからず…?

主人公に「消えろ」と言われたので

えの
BL
10歳になったある日、前世の記憶というものを思い出した。そして俺が悪役令息である事もだ。この世界は前世でいう小説の中。断罪されるなんてゴメンだ。「消えろ」というなら望み通り消えてやる。そして出会った獣人は…。※地雷あります気をつけて!!タグには入れておりません!何でも大丈夫!!バッチコーイ!!の方のみ閲覧お願いします。 他のサイトで掲載していました。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

嫌われ者は異世界で王弟殿下に愛される

希咲さき
BL
 「もう、こんなとこ嫌だ…………」  所謂王道学園と呼ばれる学校に通っていた、ごく普通の高校生の仲谷枢(なかたにかなめ)。  巻き込まれ平凡ポジションの彼は、王道やその取り巻きからの嫌がらせに傷つき苦しみ、もうボロボロだった。  いつもと同じく嫌がらせを受けている最中、枢は階段から足を滑らせそのままーーー……。  目が覚めた先は………………異世界だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーー  自分の生まれた世界で誰にも愛されなかった少年が、異世界でたった1人に愛されて幸せになるお話。 *第9回BL小説大賞 奨励賞受賞 *3/15 書籍発売しました! 現在レンタルに移行中。3話無料です。

処理中です...