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#38-1床とお友達になりまして
しおりを挟む指鳴らしの合図と同時に、俺の背後にずらずら~っと死霊たちが立ち並ぶ。
もちろん各々の手には竜気の楽器。
念話の指示通り、死霊の一人が純白のギターをタッタッタッタ……と弾き始める。
「紳士淑女の諸君。この場で出会えたのも何かの縁。友誼の証をここに捧げようじゃないか。我が奇術、とくとご覧賞あれ!」
静まり返った酒場に俺の声が伸びやかに響き渡る。ドーム状の密閉空間なので音響効果が半端ない。
声高に歌い上げれば、楽器担当以外の死霊もまた指鳴らしでリズムをとった。
椅子に乗り上げて目線を高くした俺はさりげなく辺りを見回す。
酒を片手にポカンと見上げてくる山賊団ライノルド一味。
呆れたような監視者クサビエ。
面白がるように窺う二階の娼妓たち。
目を丸くして固まる女主人。
女主人にフラれて床に三角座りで落ち込んでいる骨士くん。
慰めるようにして骨士くんの肩を叩く骨魔ちゃん。
マイペースに指を鳴らす骨小僧。
骨小僧の頭上で声なく爆笑している【賭しきもの】。
そして、今日も清々しく綺麗に無表情なカリス。
皆が皆、俺を一点集中して見つめている。
とりあえず【賭しきもの】から意識を反らすという元々の目的はクリアした。
視線の暴力にめげず、俺はいつも通り喉を鳴らす。
「ある夜、一人の男が気づいた。手には斧。慣れた血潮。誰もかれもが恐れを向ける。
男はやがて孤独を知った」
明るい曲調に反し、なかなかにメランコリックな歌詞にライノルド一味がざわめいた。
それはそうだろう。長くも短い人生、山賊やって生きているなら多少覚えがある内容のはずだ。
「ある日、一人の翁が呟いた。やがては落つる。いずれ後悔。誰もかれもが囃し立てる。
男はついに終わりを知った」
歌っていくにつれ、酒場の雰囲気が下がり始める。
が。
「だがそれがどうした。構やしねえ!」
ドン暗な内容を一蹴した俺は椅子を蹴った。
バク転の要領で背面から空中一回転。ダンッと木張りの床に着地すると同時に、すかさず「カモン!」と手招きの合図を送る。
合点承知した死霊の演奏が、白波を立てるように酒場を飲みこんだ。
「ロック、ロック、ロック、ロック、ロックンロール! 俺たちゃ星屑ロックンロール!」
時折、指を鳴らしては床を飛び上がる。
バックダンサーの死霊たちもまた一糸乱れぬ動きで机と机のの間を縫うようにバク転していく。
「あまねく星々横切ってやれ。踊り狂い、笑ってやるさ。こいつが俺の生きる道!」
俺も空いた椅子に足をかけてバク転ジャンプ。
ダンッという着地音も込みで音楽に仕立ててみせると呆けていた観客も物珍しさが勝ったらしい。
周囲からヒューッという口笛や野次が上がり始めた。
「いいぞデル坊ー!」
手を叩いて声援を送ってくれるライノルドたちに応えるべく、竜気でギターを編み上げる。
手の中で瞬時に生み出される純白の糸。その一本一本が魔法のように舞い踊る姿に、おおっと感嘆の声が上がった。
出来上がったギターのジャックから伸びるコードを、すかさず口にくわえる。ギターの出す音を念話に変換して放出。
アンプを通したエレキギターの完成だ。
「なんだこの音、聴いたことねえ!」
稲妻のように駆ける音色が男たちに歓声を湧かせた。
エレキの音に好感触を得た俺はギターピックを持つ指を強めた。
ネオンカラーの魔術灯を浴びる中、竜気の雫一粒一粒がダイヤモンドの鋭い輝きを放つ。照明効果も絶好調。
ギターを哭かせつつ、時折ステップを踏んでは空気を盛り上げる。
こうなってくるとケンケンパしててもウケるものだ。
バックダンサーの死霊たちが誘うように手拍子すれば、山賊一味もまた手拍子に加わっていく。一緒になってでたらめに踊るお調子者も出てきた。
ここまで来れば後は楽だ。
ギターは死霊に預け、バク転を決める。着地と同時にその場でターン。回転の勢いをつけたまま、音楽に合わせて羽のように広がるマントを瞬時に外し、【賭しきもの】に向かって放り投げる。
赤い裏地の黒マントは宙を舞い、ぼすりと【賭しきもの】を覆い隠すように着地した。
「煌めく星空切り裂いてゆけ。命だって賭けてやるさ。こいつが俺の進む道!」
『賭けェ!』
特定のワードが出てきてマントから頭を出した【賭しきもの】。そのご満悦っぷりに、俺は内心ホッと胸をなでおろす。とりあえず生肉は遠のいた。
『で? 一応聞くけど、なんでついてきたんだい【賭しきもの】』
表向きは忙しないダンスを披露しながら内緒話をするようにカリスと【賭しきもの】にだけ念話を飛ばす。
変わらず無表情でワインを傾けこちらを見つめるカリス。その様子を一瞬盗み見た【賭しきもの】は、マントから頭だけ出した状態でにんまり笑みを象った。
『水臭いこと言うでない小僧。地下迷宮では共に歌い語らった仲ではないか』
『いや、ついてくること自体は構わないさ。けど、その前に一度声をかけて欲しかったね。こっちはカリスに関しての情報収集に来てるんだ。君の趣味を否定する訳じゃないが溶け込もうとしている場で無闇に生肉パーティーが開催されちゃ流石に困る』
『安心せい。お主の同行する間だけは無礼な下等生物どもにも無体せんでやる』
『ええ~本当にぃ~?』
『竜は約定を違えぬぞ。吾輩【賭しきもの】がここに誓ってやろう。賜りし厚意に感謝に喜び、咽び泣くがよい』
大袈裟が天を突いた言い回しはともかく。
俺についてくる間は殺生禁止の約束を挙げてくれたのはありがたい。
こちらの思惑が全て見通されている点に思うところあるものの、この状況ではむかっ腹より安堵感の方が強い。悪ガキ小学生の性根とはいえ三百余年生きた竜の経験値は伊達ではないか。
『ふふん。何故ついてきたかと問うたな。教えてやろう。それはな』
『それは?』
『賭けのためである』
『だよね』
知ってた。
基本この竜の行動理念それしかないし。
こう小さくなっちゃ地下迷宮での賭けで元の身体を取り戻すのも苦労するだろう。
いくら死に体で「賭けに勝てば生き長らえさせてやる」と言われても、こんだけミニサイズの竜じゃ説得力ないしなあ。
『外に出れば死にかけの個体も見つけやすいであろう? 手出しせんでやるからお主ら、吾輩の足になるがよい。この翼では移動もままならぬ。四六時中、足のために竜気で生物を洗脳するのも面倒であるしな。あと吾輩を賭博場に連れてって』
アメリカ野球の合唱曲みたいに言わんでくれ。
『いいけど、ついてくるなら大人しくしててくれよ。あと俺やカリス、死霊たち以外と会話するなら念話はできるだけ控えること。賭博場は暇が出来たらそのうちね』
『ふん。注文が多いが仕方あるまい。まあ吾輩の制裁も幾分緩和されたとはいえ、いまだ継続しておる。精々寝ておくわ』
おや、竜の強さゆえに思ってたより制裁が長引いてるようだ。お気の毒に。
――ん?
『制裁が本明けになるまで寝てても良かったのに。わざわざ頭痛に苛まれながらフロートから出てきたのかい?』
『ああ、それなのだがな。そこのかん』
「お兄さん、私も踊ってよろしくて?」
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