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#34-2掴まれる者は触れるもの
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<カリス>
「よ、妖精の弊害がこんなところにまで……」
「妖精?」
頭を抱えたデルタにカザリが訝しげに窺うが、カリスはどちらの反応も無理ないことだと思考した。
魔力が一切なければ人間扱いされないのは世の常識である。根無し草でも実力さえあれば一攫千金を狙える冒険者だが、なるにしても冒険者カードに名前すら載せられないのであれば話にならない。
それ以前に、人間の世は生活の隅々まで魔術で成り立っているのだから。
デルタは竜であるから、人間の理に無知でも仕方がない。
そして妖精に選ばれた者が魔力を扱えるというのも竜でしか知り得ない事実だ。カリスも先日、初めて知った。しかしこの事実を広めようとしても確実に狂人扱いされるだけで終わる。
デルタが頭を抱えているのは妖精が魔力を介入させたことによる人間社会への影響を憂いているからだろう。
人形ごときの見解であるが、なんとなくそう予想づけた。
目線を地に落としていたデルタだが、一拍過ぎた後で前髪を掻き上げ、シャキッと前を向く。なんとなくだが、デルタは感情の切り替えが早い気がする。
「ま、それはそれとしてだ。確かに信用は大事だよね。場合によっては何にも代えがたい。けれど明日をも知れぬ身で、舞い込んだ仕事に文句つけてる場合じゃないんじゃないかい。必要なら村長に頼んで誓書でもなんでも書くけど?」
「ふん、俺らは字なんて読めねえよ。それにお前らみたいなのはみんなそう言うんだ。甘い言葉で誘って、安心させたところで痛めつける。お前の目はそういう奴らと同じ目だ」
「ふむ。それで?」
「……何?」
「俺の申し出を蹴ったのは、ひとまず横に置いといてだ。君はどうなりたいんだい。未来の展望の話さ。その後ろの子たちと君は最終的にどうなりたい?」
「そりゃあ皆で幸せになれれば」
「もっと具体的に」
「俺は、その……皆が安心して、腹いっぱいに過ごせるようになれば」
「どうやって?」
「え?」
「君は今、何をどうやって、どういう過程でそのゴールを目指しているんだい」
「……なんだよ。夢も見るなって駄目出しか? その日の飯を確保するのに精一杯でそれどころじゃねえよ。そりゃあこんな身分じゃ、どう足掻こうが無理だろうがよ。アンタにそんなこと言われる筋合いは」
そこまで聞いたデルタは笑顔のまま、ガッとカザリの腕を掴み取った。
「毎日、一歩ずつ」
「……お兄さん?」
「踏み出せば」
「お兄さん? おい」
「夢進みゆく!」
「おいって……お兄さーん!?」
デルタはカザリの腕を取ったまま駆けだした。
いきなり歌いながら子供を引きずるデルタの後を、カリスもまた無表情で追いかける。デルタの命令は“目の届く所にいる”ことだからだ。
「毎日、一歩ずつ!」
「おい、やめろ! 離せ恥ずかしい!」
「い?」
「い、い?」
「いーっ!」
そして二人を追いかけるカリスを見た死霊たちもまた、行列になって追いかける。
「踏み出せば!」
「ぎゃーっ。人が、人が見てるから!」
「あら? またパレード始まったの?」
「夢進みゆく!」
「おーい。あの旅芸人がアンコールやってるぞー!」
「うわあああああ離せクソがああああああ!!」
そしてまた行列を見た周囲の人間たちもが、ぞろぞろと行列に加わり始めた。
ちなみにこれは僅か一分の間に起きた出来事である。背後を振り返り――連なる行列に流石のカリスも二度見した。
「どんな難しいことでも、歩みを止めないこと。これ最高の道筋!」
カザリの手を引く反対の手でマントの裾をつまんで振るデルタは、スキップしながら生活臭のする村の路地を進んでいく。
洗濯物がカーテンのように吊るされた細道には、鋭い目つきで互いを牽制しながら村民が行き交っていた。
「続けていくにはコツがある。毎日、朝起きて、陽を浴びて、運動、そして笑顔!」
「おい馬鹿やめろ!」
凄まじく人相の悪い通行人を捕まえて、にっこり笑顔を向けるデルタ。青褪めたカザリが止めるのも構わず、傷痕の入った両頬をペチペチン! と叩く。
通行人の手には、たっぷりと血を吸い込んだモーニングスター。
カザリの顔色は、もはや白に近い。
悪人面が口を開く前に、デルタはすかさず邪気のない満面の笑顔で歌い放つ。
「簡単さ。顔の筋肉をいっぱい使って――『笑ってみて!』
ぐわん、とその場にいた人間全ての頭に直接その言葉が響いた。
念話だ。
ダンジョンでは何度も使っていたが、デルタが人間に念話を使ったのはこれが初めてだとカリスは気づいた。
カザリも含めた周囲の人間は目を白黒させているが、デルタは休む暇も与えず喉を鳴らし続ける。
「俺の歌が響いたのなら、それはきっと心の奥底でずっと思っていたことのはず。君に夢はあるか、ゴールはあるか。何を成したい、何を得たい。希望、切望、欲望。いっぱい、いっぱいあるだろう。でもやっぱり最初に始めるのは――『笑顔』のはずさ!」
燦々と照りつけるかのような笑顔を向けられた通行人は……凶悪な顔に、笑みを乗せていた。
久方ぶりだったのだろうか。実にぎこちない、笑顔ともいえない笑顔だった。
が、デルタは微塵も気にせず「最高の『笑顔』じゃないか!」と筋肉で盛り上がった肩に寄りかかった。
寄りかかられた方も満更でもないのか、禿げあがった後頭部を照れくさそうに掻いている。
「う、嘘だろ……」
顎が落ちんばかりに驚いているカザリになんとなく同情心のようなものが湧いたが、おそらくカリスの気のせいだろう。
「よ、妖精の弊害がこんなところにまで……」
「妖精?」
頭を抱えたデルタにカザリが訝しげに窺うが、カリスはどちらの反応も無理ないことだと思考した。
魔力が一切なければ人間扱いされないのは世の常識である。根無し草でも実力さえあれば一攫千金を狙える冒険者だが、なるにしても冒険者カードに名前すら載せられないのであれば話にならない。
それ以前に、人間の世は生活の隅々まで魔術で成り立っているのだから。
デルタは竜であるから、人間の理に無知でも仕方がない。
そして妖精に選ばれた者が魔力を扱えるというのも竜でしか知り得ない事実だ。カリスも先日、初めて知った。しかしこの事実を広めようとしても確実に狂人扱いされるだけで終わる。
デルタが頭を抱えているのは妖精が魔力を介入させたことによる人間社会への影響を憂いているからだろう。
人形ごときの見解であるが、なんとなくそう予想づけた。
目線を地に落としていたデルタだが、一拍過ぎた後で前髪を掻き上げ、シャキッと前を向く。なんとなくだが、デルタは感情の切り替えが早い気がする。
「ま、それはそれとしてだ。確かに信用は大事だよね。場合によっては何にも代えがたい。けれど明日をも知れぬ身で、舞い込んだ仕事に文句つけてる場合じゃないんじゃないかい。必要なら村長に頼んで誓書でもなんでも書くけど?」
「ふん、俺らは字なんて読めねえよ。それにお前らみたいなのはみんなそう言うんだ。甘い言葉で誘って、安心させたところで痛めつける。お前の目はそういう奴らと同じ目だ」
「ふむ。それで?」
「……何?」
「俺の申し出を蹴ったのは、ひとまず横に置いといてだ。君はどうなりたいんだい。未来の展望の話さ。その後ろの子たちと君は最終的にどうなりたい?」
「そりゃあ皆で幸せになれれば」
「もっと具体的に」
「俺は、その……皆が安心して、腹いっぱいに過ごせるようになれば」
「どうやって?」
「え?」
「君は今、何をどうやって、どういう過程でそのゴールを目指しているんだい」
「……なんだよ。夢も見るなって駄目出しか? その日の飯を確保するのに精一杯でそれどころじゃねえよ。そりゃあこんな身分じゃ、どう足掻こうが無理だろうがよ。アンタにそんなこと言われる筋合いは」
そこまで聞いたデルタは笑顔のまま、ガッとカザリの腕を掴み取った。
「毎日、一歩ずつ」
「……お兄さん?」
「踏み出せば」
「お兄さん? おい」
「夢進みゆく!」
「おいって……お兄さーん!?」
デルタはカザリの腕を取ったまま駆けだした。
いきなり歌いながら子供を引きずるデルタの後を、カリスもまた無表情で追いかける。デルタの命令は“目の届く所にいる”ことだからだ。
「毎日、一歩ずつ!」
「おい、やめろ! 離せ恥ずかしい!」
「い?」
「い、い?」
「いーっ!」
そして二人を追いかけるカリスを見た死霊たちもまた、行列になって追いかける。
「踏み出せば!」
「ぎゃーっ。人が、人が見てるから!」
「あら? またパレード始まったの?」
「夢進みゆく!」
「おーい。あの旅芸人がアンコールやってるぞー!」
「うわあああああ離せクソがああああああ!!」
そしてまた行列を見た周囲の人間たちもが、ぞろぞろと行列に加わり始めた。
ちなみにこれは僅か一分の間に起きた出来事である。背後を振り返り――連なる行列に流石のカリスも二度見した。
「どんな難しいことでも、歩みを止めないこと。これ最高の道筋!」
カザリの手を引く反対の手でマントの裾をつまんで振るデルタは、スキップしながら生活臭のする村の路地を進んでいく。
洗濯物がカーテンのように吊るされた細道には、鋭い目つきで互いを牽制しながら村民が行き交っていた。
「続けていくにはコツがある。毎日、朝起きて、陽を浴びて、運動、そして笑顔!」
「おい馬鹿やめろ!」
凄まじく人相の悪い通行人を捕まえて、にっこり笑顔を向けるデルタ。青褪めたカザリが止めるのも構わず、傷痕の入った両頬をペチペチン! と叩く。
通行人の手には、たっぷりと血を吸い込んだモーニングスター。
カザリの顔色は、もはや白に近い。
悪人面が口を開く前に、デルタはすかさず邪気のない満面の笑顔で歌い放つ。
「簡単さ。顔の筋肉をいっぱい使って――『笑ってみて!』
ぐわん、とその場にいた人間全ての頭に直接その言葉が響いた。
念話だ。
ダンジョンでは何度も使っていたが、デルタが人間に念話を使ったのはこれが初めてだとカリスは気づいた。
カザリも含めた周囲の人間は目を白黒させているが、デルタは休む暇も与えず喉を鳴らし続ける。
「俺の歌が響いたのなら、それはきっと心の奥底でずっと思っていたことのはず。君に夢はあるか、ゴールはあるか。何を成したい、何を得たい。希望、切望、欲望。いっぱい、いっぱいあるだろう。でもやっぱり最初に始めるのは――『笑顔』のはずさ!」
燦々と照りつけるかのような笑顔を向けられた通行人は……凶悪な顔に、笑みを乗せていた。
久方ぶりだったのだろうか。実にぎこちない、笑顔ともいえない笑顔だった。
が、デルタは微塵も気にせず「最高の『笑顔』じゃないか!」と筋肉で盛り上がった肩に寄りかかった。
寄りかかられた方も満更でもないのか、禿げあがった後頭部を照れくさそうに掻いている。
「う、嘘だろ……」
顎が落ちんばかりに驚いているカザリになんとなく同情心のようなものが湧いたが、おそらくカリスの気のせいだろう。
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