上 下
52 / 99

#32-1指を差されまして

しおりを挟む
 その村は北の森に最も近接した集落だった。
 人間にとって魔物ひしめく北の森周辺は危険が多いようだ。一見しても長閑とは到底言い難い村である。魔物の討伐目当てに駐留する荒くれの人間たちもまた治安悪化の一因を担っているようだ。
 木造と石造の入り混じる不揃いな家屋は泥とカビにまみれ、野ざらしの地面には時折、馬の汚物が無遠慮に撒き散らされていた。
 行き交う人間の目には剣呑としたものが宿り、身を守るべく常に警戒を纏わなければならない。
 それがこの村の通常であり、日常のようだった。

 囲いに覆われた村の最北端。魔物の出没する山側には大きな門が聳え、近隣には野鳥が好んで飛び寄る小さな家があった。
 その家には庭で野鳥に一飯差し出す気前のいい人間が住んでいる。毎朝欠かさず窓辺の飯入れに豆を注ぐリコという少年は、鳥達のお気に入りだった。
 リコは穏やかな気質の子供で、自分からは絶対に鳥達に触れず、大きな声も出さない。神経質な者が多く、かつ聴覚の優れた鳥達から好感を抱かれやすい存在だった。

「今日は見ない子もいるね。たくさんお食べ。ぼくは今からカザリとドブさらいに行くんだ。人混みを抜けなきゃいけないから気をつけないとね」

 コショコショとくすぐるようなリコの声音に耳を傾けながら豆にがっつく中、鳥達は食事中のおしゃべりに興じていた。

 ――何言ってんだコイツ。
 ――さあ。人間の囀りはわかんね。
 ――ま、飯くれるしイイ奴じゃね。
 ――それな。

 鳥のノリは産毛のように軽い。
 しかし野生の勘でリコがどことなく怖がっているように感じたので鳥達は全自動飯出し人間を上空から見守ることにした。
 リコは門番の息子で、危険の多いこの村でも比較的自由に立ち回れる。この村にいる人間は門番に必ずと言っていいほど世話になるので心証を悪くしたくないようだった。

 屋根に留まる鳥達の眼下で、鳥の巣のようなリコの頭が村の表通りに差し掛かる。

 暖かな陽射しの正午。
 日中も変わらず張りつめた空気が蔓延する村のメインストリートに、一筋の白線が奔った。
 リコも、鋭い眼差しの人間達も、なにごとかと仰ぎ見る。

 ――ヘイヘイヘイヘーイ。退いた退いたー!

 そんな囀りと共に、鳥達の目前を黒い影が横切った。

 屋根ほどの高さを維持した赤目の黒鳩が純白のリボンを咥えてメインストリート上空を真っ直ぐに突っ切ったのだ。
 そのリボンはあまりに長く、なんと村の外から続いている。
 重力に従い、リボンが地についた。メインストリートを真っ二つ割った白線は、総レースで仕立てられており、気品に溢れている。
 泥と糞にまみれる地面と純白のリボン。その差がより一層、美しさを浮き彫りにした。

 人々は異常な事態に慄く者と、欲望に囚われた者に分かれる。
 一方は白線を避けるように距離を取り、一方はすぐさま我物にすべく飛びかかった。
 鳥達が注視するリコは前者のようだ。

 後者の指先が純白に触れようとした刹那、リボンのレースは瞬時に変形した。
 白銀の糸がみるみる解れては複雑に絡み合う。
 やがて糸は成人男性の胸の高さまであるポールに変化し、地面を深々と突き刺してはメインストリートに連立していく。
 さすがに驚いた欲深な人々も、ポールを避けるように道の両脇へ飛びのいた。
 瞬きする間もなく、ポールとポールの間に網が張られていく。気づけばメインストリートの中央はがら空きになり、両脇には瞠目した人々がひしめきあっていた。

 ふと山側の大門に一番近い、一人が気づく。
 一人、また一人と気づき――次々とその旋律に意識を奪われていく。

 高らかなと笛の音と共に、弾け飛ぶように山側の大門が開門した。
 
 扉の隙間から一斉に溢れだす手拍子と賑やかなトランペット。
 シャカシャカと擦れるような砂音に、軽やかに叩かれる金属音。
 その全てをかき分けるように細く伸びる警笛の高音が青空高く突き抜ける。

 大門の向こうから姿を現したのは――人間たちが見上げるほど巨大な頭蓋骨だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

主人公に「消えろ」と言われたので

えの
BL
10歳になったある日、前世の記憶というものを思い出した。そして俺が悪役令息である事もだ。この世界は前世でいう小説の中。断罪されるなんてゴメンだ。「消えろ」というなら望み通り消えてやる。そして出会った獣人は…。※地雷あります気をつけて!!タグには入れておりません!何でも大丈夫!!バッチコーイ!!の方のみ閲覧お願いします。 他のサイトで掲載していました。

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

こんな異世界望んでません!

アオネコさん
BL
突然異世界に飛ばされてしまった高校生の黒石勇人(くろいしゆうと) ハーレムでキャッキャウフフを目指す勇人だったがこの世界はそんな世界では無かった…(ホラーではありません) 現在不定期更新になっています。(new) 主人公総受けです 色んな攻め要員います 人外いますし人の形してない攻め要員もいます 変態注意報が発令されてます BLですがファンタジー色強めです 女性は少ないですが出てくると思います 注)性描写などのある話には☆マークを付けます 無理矢理などの描写あり 男性の妊娠表現などあるかも グロ表記あり 奴隷表記あり 四肢切断表現あり 内容変更有り 作者は文才をどこかに置いてきてしまったのであしからず…現在捜索中です 誤字脱字など見かけましたら作者にお伝えくださいませ…お願いします 2023.色々修正中

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

嫌われ者は異世界で王弟殿下に愛される

希咲さき
BL
 「もう、こんなとこ嫌だ…………」  所謂王道学園と呼ばれる学校に通っていた、ごく普通の高校生の仲谷枢(なかたにかなめ)。  巻き込まれ平凡ポジションの彼は、王道やその取り巻きからの嫌がらせに傷つき苦しみ、もうボロボロだった。  いつもと同じく嫌がらせを受けている最中、枢は階段から足を滑らせそのままーーー……。  目が覚めた先は………………異世界だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーー  自分の生まれた世界で誰にも愛されなかった少年が、異世界でたった1人に愛されて幸せになるお話。 *第9回BL小説大賞 奨励賞受賞 *3/15 書籍発売しました! 現在レンタルに移行中。3話無料です。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

処理中です...