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#31-1出立と南米を決意しまして

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 前略 近藤月彦様

 私の死後、そちらはいかがお過ごしでしょうか。こちらは新しい環境にも慣れ、日々をおだやかに過ごしております。
 ひんやりとした新居は思いのほか快適で、衣食に事欠くことはありません。
 ただ――金貨の山に頭を突っ込んでうつ伏せに寝そべる今の状況をどう説明すべきか、いささか迷います。

「ぶはぁーっ」

 そろそろ息が辛くなってきたので一旦、頭を抜く。
 ジャラジャラ流れ落ちる金貨を横目に、這いつくばったまま金貨の山の向こう側で蹲る人物をそっと盗み見た。

「ふぐう」

 おっと奇声が。
 口許を押えつつ俺が視線を向けた人物は、もちろんカリスだ。
 現在、彼は大広間の隅っこで三角座りをして縮こまっていた。
 ここに戻ってきてからずっとあの状態である。
 相変わらずぷんぷん顔のままで不貞腐れ真っ最中のようだ。

 控えめに言って、かわいい。むり。駄目だ。着々と語彙力が死んでいく。

 そして今また一つ、気づいてしまった。
 普段はなだらかな白皙の片頬が……二ミリほど膨らんでいるのを。

 ――ぐわああアア――ッ!!

 トキメキの鉄槍で心臓を串刺しにされ、胸を押さえてゴロゴロ転げまわる。
 もはや奇声すら出ない。

 これはいかん、冷静にならなければ。ビークール。正常な思考は動揺の中では育たない。いざ瞑想の時。万物を許容せよ。涅槃に至るのだ。

 大宇宙の平和を祈りながら深呼吸したのち、またズボッと金貨の山に頭を突っ込んで脳を落ち着かせる。冷たい金貨が火照った肌に心地いい。

 むろん最初はちゃんと座禅を組んでいたのだ。ただ何度か繰り返すうち、次第にこの形に収まってしまっただけで。
 見た目は少々悪いが仕方ない。俺は実利を優先する男だ。プライドなぞさっさと捨ててしまえ。それが一流ビジネスマンへの第一歩である。

 そんな感じで自分で自分を宥めながら、次々に浮かび上がってくる思考を見つめ直した。

 あのひと騒動を終えてマイ金貨ルームに舞い戻った俺は、これから自分が何をすべきか見極めるために瞑想を続けている。

 【賭しきもの】とのご対面から罰ゲームで見せられた自分の過去、そこからカリスに恋しちゃったりして、おまけに制裁食らってからの魔術師団の人形。人形を壊したら壊したでその後カリスがぷんぷん顔を披露。
 色々あった。ありまくりだ。しかしネガティブの裏にポジティブあり。今回の件で多くの事が分かった。

 まず妖精について。

 妖精は魔物の一種。
 竜が竜名に沿って生き糧を得るように、妖精も他者を嘲笑うことで糧を得ている。
 妖精は特に人間を好み、特定の人間に魔力を注ぐという習性がある。その後、人間に張りつき行動を嘲笑って糧を得るという訳だ。

 次に人間の魔力について。

 俺たち竜の竜気とは別物で、かつ同じような不思議パワーの魔力。
 魔物は当たり前に持つ力だが人間は一切持たず、その魔力源は人間を嘲笑うことを糧にする妖精から注がれたものだ。
 しかし人間は妖精を見ることができないため、魔力を自分のものと錯覚。

 妖精が人間用に魔力を変換する際に魔力の澱が溜まり、世界が歪む。その歪みを魔物たちが吸い込み魔物が活発化。魔物退治で人間が死に、妖精が糧を得て、また人間に魔力を注ぐ――というサイクルが出来上がっている。

 そして最後に、人形について。

 人肉と人工物を使い、各パーツを組み合わせて作られた国家認定人形魔道具。
 起動には魔力を通す必要があり、魔力切れを起こすと充電切れのように停止する。

 現時点で知り得るのは二体。騎士団の人形と、魔術師団の人形。
 人体のパーツの数を鑑みて、少なくともあと二体は存在している可能性がある。

 人形は他の人形を壊せば人肉の割合が増し、人工物を体外に排出することで人間に近づくことができる。
 実際、魔術師団の人形を破壊した直後にカリスは怒りの感情を露わにしていた。

 あのあと魔術師団の人形の遺体を確認したところ、人肉部分は尋常じゃない勢いでミイラ化を始め、最終的に衣服と体内の人工物を残して枯れ木のような姿になった。

 【賭しきもの】が検分した結果、人工物の一番重要な機関が破壊されたために人肉部分の修復ができなくなったとのこと。
 ダンスパーティの時にカリスが肯定していた"人間が分割しても動く"というのは、このことを言っていたのかもしれない。

 ちなみにあれから【賭しきもの】は「吾輩は三日ほど眠りにつく。さっさと所定の位置について我が地下迷宮の番をするがよい」と言いおき、スライムの送迎で俺たちを送り出した。
 素直に「制裁で寝込むから帰ってくれん? ここ住んでいいから」って言えばいいのにと思わんでもない。

 確かにパチンカスな竜だが、なんだかんだで面倒見のいいやつだった。

 竜の世界では年長者が積極的に何かの教えを説いたりはしない。勝手に知って勝手に学べ、というスタンスだ。
 生きるか死ぬかの瀬戸際な生後一週間は別だが、そのラインさえ越してしまえば死ぬことなぞ早々なくなるので以後、放任される。
 というかありがたいお話なんぞハナから聞く耳もたんと思う。だって竜だし。

 聞かれてもいないのにあれこれ教えてくれる【賭しきもの】のほうが特異なのだ。
 最初は肉片残らず引っぺがしてやると啖呵切ってたが、結局引っぺがしたのは魔術師団の人形で、そのうえ制裁でボロクソにやられて寝込むほど。おかげでこっちの溜飲はとっくに下がっている。

 タイミングを見てまた顔を出しに行くか。
 なお俺の方の制裁もまだ続行中だが、今は風邪の引き始めかしらんというレベルまで落ち着いている。

 ズボッと頭を抜いて、もう一度カリスを盗み見た。

 ほぼほぼ無表情だが、やはりどことなくぶすくれている。それがたまらなくかわいい。
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