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#30-2無を脱却しまして

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『……見ない内にずいぶん縮んだね』
『言うでないわっ。残っている肉はほぼ傷物で使いものにならんのである! って吾輩に叫ばせるのではない頭に響くう……』

 制裁の苦痛を紛らわせるためか、ぽよぽよと気の抜ける音を立てて肉の剥げた地面を叩く【賭しきもの】。
 なんということでしょう。あれだけ圧迫感のあった巨竜が、ちょっと大きめのキーホルダーくらいのサイズにまで縮小しているではありませんか。
 これは某リフォーム番組のBGMが流れてもいいレベル。

 一応小さいながらもプリッとした翼が背中についていた。ギリギリ竜体を保てているようだ。

『傷物って。ちょっとの傷くらい我慢して使えばいいじゃないか。ぜんぶ弾け飛んだ訳でもなし』
『なにおう。肉の痛みを甘くみるでない。肉はすぐに腐乱するのである。吾輩の玉体を象るのは最高品質の肉だけよ』

 さいですか。

 やっとで出来上がったガーゼをカリスの耳に当て、骨魔ちゃん以外の骨ーズとムカデくんに【賭しきもの】から聞き出した近くの水場まで水を汲みに行ってもらうよう指示を出す。
 カリスが吐き終わった後は、とにかく水分を取らせなければならない。

 俺の竜気の糸についた水滴も水っちゃ水だが制裁のせいで量産できないし、飲み水にするにはちょっと抵抗がある。汚くはないけどアレ竜の排出物みたいなもんだし。

 とりあえず今は二柱の竜がどっちもポンコツ状態なのだ。彼らに頼るしかない。
 人骨の彼らもムカデくんに乗れば入口の縦穴を難なく登れるだろう。
 一息ついたらみんなを労わないと。

『それにしても卵から孵った時の俺より小さくなってるな』
『愛くるしかろう』
『寝てるならちゃんとベッドで寝ようね』
『む、何を言う。吾輩はしかと起きて……ん!? “寝言は寝て言え”をマイルドに言い換えただけであるな小僧ー!? ってぐわああああ頭が頭が頭が』

 生肉マスコットが活きのいいシャコ並にびちびち跳ねる。
 サイズが小さくとも制裁の強さは変わらないらしい。気の毒に。

 小刻みに動く小動物と体毛の密集した生物は紳士淑女にかかわらず、一定の人気があるのは知っている。
 しかし金キチ野郎な俺のハートには毛ほども刺さらないので、その愛くるしさとやらは微塵も理解できない。気分はペッと唾を吐き捨てるやさぐれヤンキーだ。シカンの儀礼用ナイフの方がまだかわいいわ。次回はうら若き女学生の前でチャレンジしてくれ。

『ええい。それより傀儡の口から吐き出したものをよく見るのである』
『ん?』

 ――ガシャン。

 固い金属の落ちるような音が広い空間に響き渡った。

 なるべく見ないようにしていた方向へ目線を落としてみると、あら不思議。
 カリスがリバースしていたのは言うほどグロテスクなものではなかった。

 足元に広がっていたのは胃液ではなく、黒っぽい部品の数々。
 さらさらとした無職透明な液体に濡れた部品は大小さまざまで、形は違えど一様に丸みを帯びた形をしている。

 そして無臭。
 そういえば吐いた時特有の臭気が全然なかったな、と今になって気づいた。

『なんだこれ』
『その人形の体内を構成していた人工物の一部であるな』
『人工物。これが……?』

 まじまじと手近な洋梨型の部品を見つめる。
 丸っこい部品のそれぞれには記号めいた画が目に痛いライムグリーンの線で描かれていた。どことなくナスカの地上絵っぽさがある。
 薄目で見れば目玉に一対の羽がついた絵に見えなくもない。
 前世に持っていけば「キャー失われし古代文明のアーティファクトだわー」と専門家が小躍りしそうな見た目だ。

 ふむ。これがどういう風にカリスの身体を動かしていたんだろう。興味深い。

 頭を捻っていると、さすり続けていた手の感触が消える。
 あらかた吐き終えたらしいカリスは脱力したように膝をついていた。
 ならうように俺も跪き、カリスの背中にポンと手を置く。

『お疲れ。今はゆっくり休んで。それから……助けてくれてありがとう、カリス』

 相変わらず頭はガンガン痛むが、俺の残った体力が少しでもカリスに届くよう、思いを込めて念話を送る。
 実際に体力を分け与えるような能力は俺にはない。まあこういうのは気持ちだ、気持ち。

「……い」
『カリス?』

 覗き込むも、前髪が邪魔して目元が見えない。
 カリスの首筋は不思議なほど汗を掻いていないが、声の感じは苦しげだ。

「……重い」
『おもい?』
「体が、重い」

 サッと横から体を支えると同時に、カリスの身体が寄りかかってくる。

 その事実に心中、息を呑んだ。あのカリスがここまで弱るとは。
 頼られた嬉しさよりも心配する気持ちが大きくなる。

『ほう、これは珍妙な。吐いた人工物の占めていた部分を埋めるように肉が増えよったわ』
『肉が増えたって』

 自然と肉が増えるなんて、そんなことが起こりえるのか。継ぎ足した訳でもあるまいし。
 ファンタジーか。またファンタジーなのか。

『人間は面白いものを作る。さきの壊れた傀儡も不特定多数の人間を切り分け、象った継ぎはぎ人形であった。その素材の元はそこな傀儡と全く同じもの』

 ということは。

『ある人達の身体をバラバラに切り分けて、複数体の人形をそれぞれのパーツで組み上げたってことか』
『うむ。おそらく肉の数を見るに、他にも同種の継ぎはぎ人形があるはずである。そうさな、部位の数を合わせれば……少なくともあと二体はできる』
『あと二体……』
『これはあくまで吾輩の所見であるがな。さきの傀儡が壊れたことで何らかの影響を受けたと見える。人工物は三分の一ほど体内から抜け、そのぶん人体の割合が増えた。体が鈍重に感じるのは人工物の支えが急に失せたからである。心配するな、時が経てばすぐに馴染む』
『それって』
 
 ――つまり他の人形を壊せば、それだけカリスは人間に近づくってことか?

 困惑そのままに、ブロンドの前髪で表情の見えないカリスを見下ろす。

 指定受刑者を分割活用する際、魔力と人肉を用いて稼働させる国家認定人形魔道具。
 その体の八割が人工物、残りの二割が継ぎはぎの人体。
 人体部分は国が指定した受刑者の身体を使用し、解体。パズルのピースを合わせるように繋ぎ合わせて形成。

 騎士団の人形と、魔術師団の人形。
 カリスは純粋な身体能力が高い一方、魔術師団の人形は魔力の塊を次々と放ってきた。このことから人形によって得意分野が違うことが分かる。まるで属する組織に沿うように。ぴったりと、異様なほどに。

 カリスの国では何が起こっているんだろう。何の利益があって、こんなことをする。
 真正キチガイの俺が人倫やら道徳やらを振りかざす権利はないのだが。

『カリス』

 胸中の感情に蓋をし、そっと手をカリスの額に差し込んで前髪を上げてやる。
 そして露わになったカリスの表情に――今日一番の衝撃を受けた。

『か、カリス……』

 常に鉄仮面の無表情だったカリス。
 アイルビーバックを髣髴とするほど機械的なカリス。
 すっぽんぽんになっても眉ひとつ動かさないカリス。
 川にドボンされても何も言わないカリス。
 魔物ダンスパーティ開催にも口角挙筋が死んだカリス。
 
 そんなカリスが。
 わずかに、わずかにだが。

 眉間にはうっすら縦皺を寄せ、唇はきゅっと引き結び。
 黄金に輝く瞳は、けぶるようなブロンドのまつ毛によって陰になっていた。

 つまるところそれが何を意味するかと言うと――世にも珍しき、カリスのぷんぷん顔である。
 
「かぁわいいいいいいいいい~~~~!!!!!」
『煩いわ馬鹿たれええええんがあああああ頭がああああああああ』




【今回の金キ知識】シカンの黄金製トゥミ
ペルー北部沿岸で栄えたシカン文化の中、副葬品として作られた儀礼用ナイフ。
下部には大ぶりな半円状の刃が、上部にはシカンの神を模した装飾が施されている。
二頭身の神の造形はかなりインパクトが強く、コロポックルに通じる独特の愛らしさ。
ペルーの象徴として広く親しまれている。
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