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#30-1無を脱却しまして
しおりを挟む※作中に嘔吐表現があります。食事中の方はご注意ください。
「カリス!」
依然、骨剣を握ったまま動かないカリスによろめきながら駆け寄る。弾力のある肉床が剥がれたお陰で地面が沈むことなく走れるのが不幸中の幸いか。
俺の身体状況は散々な状態だった。
頭はガンガン痛むわ、耳元ではドンドコ太鼓の音が鳴り響いてるわ、脇腹にいい蹴り喰らって咽るわで。おまけにビーム攻撃で翼が丸ごと溶けているときた。
けれども、それより今はカリスだ。
急に俺の脇腹蹴って腕から飛び出したと思ったら魔術師団の人形とやらと死闘を繰り広げ、その後鮮やかに首チョンパすると、奴の胴体に骨剣ぶっ刺したカリス。
そこから凍りついたように動かない。
余りの不安にバクバクと心臓が暴れる。
カリスの耳元には噴き出した血液が散っていた。
絆創膏がわりに俺があげた竜気ピアスにも紅い筋が垂れ落ちている。
至近距離であの絶叫を喰らい、鼓膜が傷ついたのだろう。
おぼつかない足取りでカリスの傍まで辿りつく。カリスの顔は胴体の胸元に伏せていてよく見えない。
「カリス」
震えた唇で声をかける。
一瞬、カリスが身じろいだ。
一応意識はあるみたいだし、ちゃんと声も聞こえているようだ。
はああああっと安堵の息を吐いて胸を撫でおろす。
カリスの耳から血が噴き出したあの時は心底肝が冷えた。自社の株価がズドンと下がった時でも、ここまで狼狽えはしなかったのに。
自分の変わりように少し苦笑した。
本来の俺は人外のように薄情な性根をしている。
それが今やこれだ。
まるで心の奥底まで真人間になったみたいで嬉しくなってくる。
女社長の首が刺された時に垣間見たカリスの横顔を思い浮かべた。
まっすぐ前を見据える冷たい横顔。
あの横顔を思い出すだけでトットッと胸の鼓動が早足になってきて焦る。
ううう。くるしい。
世の男女はこんなもん抱えて日々生きてんのか。すごいなオイ。まさかここまで制御のきかないものとは思わなかった。世にラブソングが溢れる訳だわ。
いやいや、今はそんなこと考えている場合じゃない。
今は早く処置なりなんなりしなければ。
制裁でぶれる手元とチョロチョロとしか出ない竜気でガーゼの作成に苦戦していると、おなじみの声が壁際から聞こえてくる。
「いーっ」
「いーいー!」
「いーっ!」
「キーッ」
見れば大中小・骨ーズとムカデくんがそれぞれ違うサイズの手を振っているではないか。
みんな元気そうだ。一時はどうなるかと思ったが、無事でよかった。
「いーいー!」
骨魔ちゃんが自分を指差しながら告げてきた内容によると、彼女は医療系の魔術も使えるらしい。これはありがたい。
張っていた竜気のバリアから出られないようなので手を翳して消してやると、カタカタ音を鳴らしながらこっちに向かってくる。
ただ周囲には【賭しきもの】の竜気である紫煙が空中で固まっていた。断続的な制裁のせいで一切動かせない状態だ。
竜でない者はそれを避けながらでないと道を阻まれるらしい。こっちに辿りつくまで多少時間がかかりそうだ。
なら俺は俺のできることをするとしよう。
今はカリスのこの体勢を変えることが先決だ。
心の中で南無南無とブッダに感謝しつつ、剣の突き刺さった胴体をゆっくりカリスから離してみる。
剣を握っていた手はあっけないほど離れた。が、カリスは変わらず突っ立ったまま。
剣の刺さった胴体を慎重に寝かせ、俯いたカリスと向き合う。
鼓膜以外に目立った外傷はない。
ブロンドのキューティクルに囲まれたつむじが見えるまで近づき、顔を覗き見ようとした時だった。
「う」
『う?』
カリスから漏れ出た声に内心小首を傾げる。
一拍置いて、カリスの頭がガクンと下がり前かがみになった。
あ、あれ。なんかいやな既視感が。
「うげえええ――ッ」
『キャーッ。やっぱりー!』
サッと避けた先に、容赦のない水音が叩き落ちる。
数ある接待を乗り越えてきたゆえに培われた反射神経のおかげで神速回避できたが、一歩間違えばナイアガラ・リバースにインしていた。危ない危ない。
カリスに恋心が芽生えてドキドキしていたけれど今は別の意味でのドキドキだ。
冷や汗を拭うのもそこそこに、カリスの背中側に回りこむ。
呑んだくれの介抱なぞ死ぬほどうんざりするものだが、相手がカリスとなると嫌な気持ちは湧いてこない。
不思議だ。これが恋のマジック。恋ってすごいな。
いや待てよ……むしろこれ、イイのでは。俺の手でお世話とか、結構クるものあるのでは。
そう考えると胸の内に未知の感情がムクムクと膨らんでくる。
吐いてる背中なんかいつもより頼りなくて、ちょっと可愛く見えてきた。
なんだか妙なスイッチが入ってしまって胸のワクワクが抑えきれない。
ようし、今度は俺がさすさすしてやろう。さすさす。
しかしまた、なんでいきなり吐いたのやら。
そこまで考え、はたと一つの可能性に思い至る。
『もしかして俺が滅茶苦茶に飛び回ったせい!? そりゃ酔うよな、ごめん! 必死だったから乗り心地とか全然考えてなかった!』
『落ち着け、小僧。そこな傀儡は三半規管を狂わせた訳ではないようであるぞ』
『あるのかないのか分かりにくい語尾だな。じゃあなんで……ってあれ』
背後からかけられた【賭しきもの】の声に振りむくも、振り向いた先には誰もいないかった。はて。
両翼が吹っ飛びデカいだけの蜥蜴に成り下がったとはいえ、あの巨体だ。見失う方が難しい。
キョロキョロとピンクの巨体を探していると、遊技場の隅に肉塊の山が積み上げられていることに気づく。
どれも傷や汚れのある肉塊ばかりだ。
もしかしなくとも【賭しきもの】が体として操っていたものだろう。
『おい小僧。ここである!』
背中さすりを続行しながら目線を落とす。
うわ。足元になんかいる。もちもち動くピンクの物体が。
よくよく見てみると、思わず目が点になった。
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