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#24-1煙に巻かれまして
しおりを挟むどピンク肉塊だるま竜の賭けに乗り、徳を捨て去る覚悟が決まった以上、事前に確約しておきたい事がひとつあった。
『一歩ないし五千万歩譲って、その賭けに乗るとしよう。だが一つ約束してもらう』
『何をだ』
『俺が勝っても負けても、彼らには指一本手を出さないこと。これが約束できなきゃ賭けには乗らない』
彼ら、であるカリスと骨小僧を手で示すと【賭しきもの】は既に無い目を剥くようにして、がなり立てた。
大きな口から出た細かい肉塊を竜気のパラソルで弾いていく。
いきなり吠えるのやめて欲しい。
『断る。そんなもの、つまらんではないかっ。人質を救えるか、死なせるか。その命のやり取りこそが賭けの醍醐味というに!』
『ふうむ。そうかそうか。それは困ったなあ』
予想していた反応に、もっともらしく頷いてみせる。
そう来るだろうと思っていた。
だとしても問題はない。
竜の不機嫌を相殺し得るだろう切札を、俺は持ちあわせているのだから。
『約束できないというのなら、戦争だ。俺は俺の竜気を、貴竜に向かって全力でぶつけてやる』
『……なっ、なんと。正気か? やめいっ。共倒れになるわ!』
途端に慌てだした【賭しきもの】に内心で満面の笑みを浮かべる。
そう、竜同士は竜気を使って攻撃できない。
敵意を持った竜が竜に向かって竜気を放てば、その瞬間、三蔵法師が孫悟空に使った頭の輪っかのごとく、両者に制裁がくだる。
もちろん喧嘩は強制終了。
制裁内容は竜によって様々で一概に言えないのだが、ある竜は三日三晩頭痛と騒音でのたうち回ったことがあるらしい。
喧嘩両成敗なのか相手の竜も巻き添えなのが気の毒でならない。
俺が思うに、この制裁は竜という希少種保存のための遺伝子による自己警告みたいなもんじゃないかと踏んでいる。
ただでさえ出生率の低い竜だ。
ちょっとした諍いなんぞで数を減らす訳にもいかんだろう。
じゃあ竜同士が戦うにはどうすれば良いかといえば、答えは簡単。
双方、肉体言語。物理での殴り合いだ。
子竜から成竜まで育つのはかなりの短期間。ひとたび成竜となれば、老いも若きもガタイは一緒。
殴り合いも互角になる。
制裁は竜の強さによって厳しく課せられるらしく、そこに年齢差は存在しない。
キツい制裁が下されるのが嫌で、強い竜ほど争いごとを忌避しだす。
そうなると自然と竜同士が衝突を避けるようになってくる訳だ。
この制裁は上手いこと横並びの竜社会を支えている。
現に竜界でヒヨッコの俺が、今こうやって対等に渡り合えているのが何よりの証拠だ。
『制裁をも恐れぬとは、それほどの覚悟か。なんと無鉄砲なやつよ。仕方あるまい。お主に付き合い、約定でも何でもしてやろうではないか』
ぐぬぬ、と悔しそうにしながらも【賭しきもの】は白旗を上げた。
他者の肉を憑代にしている不安定な体では肉弾戦は避けたいだろうという読みは当たりらしい。
本音を言えば賭け自体も無しにしたいし、なんなら事細かく契約書を作成したいところだが、そこまで欲張ると向こうも竜気に訴えてくる可能性がでてきそうな性格だ。
この辺りが落としどころだろう。
『二言はないな?』
『竜たる吾輩を見くびるでないわ! 自ら取り結んだ約定を違えるなぞ畜生のすることよ』
『はっはっは。それは良かった』
表向きは威丈高に笑いながらも、カリスと骨小僧の最低限の安全がもぎ取れたことにホッと胸を撫でおろす。
竜はプライドが高いので約束事をきっちり守るのが良い所だ。
『その代わり、負けた場合はお主に罰を受けて貰おうか』
『罰?』
『人質の意味をなさぬ以上、罰もなしでは賭けなんぞ成立せん。まったく、なんと我儘な奴か』
こいつだけには言われたくない。
とは思うも、頷く部分もあるにはある。
俺の取り付けた約束により、カリスと骨小僧は一時拘束のような状態になった。
俺が勝てば、豪遊ダンジョン生活はそのまま。負ければただ追い出されるだけ。
竜が望む賭けのデメリットとしては、確かに弱い。
『吾輩の竜気はこの通り、肉の操作を可能にする高貴な紫煙であるが、もともとは幻惑を得意とする。呼吸器官から入り込んだ吾輩の竜気は、脳まで達し、その者に錯覚を見せる。お主の嫌う記憶を呼び起こさせるなど造作もないことよ』
『なるほど』
竜気の攻撃は制裁対象だが、敵意がある訳でもない双方合意の上の罰ゲームレベルなら確かに許容範囲内だろう。
ただ追い出されるだけじゃなくて、そこに俺自身が嫌な思いをするような罰ゲームが加わる訳だ。
『良いだろう。負ければその罰ゲーム、受けよう』
しかし罰ゲームレベルの幻惑ってどういうものなんだろうか。
全裸変態大集合で追いかけられたり、はたまたGの大群に襲われたりとか……考えるだけでぞっとしないが、まあカリス達に危害が加わるよりはマシだろう。たぶん。きっと。
背に腹は変えられない。
ここは涙を呑み、俺の金を愛する草の根ど根性でグッと耐えてやろうじゃないか。
実際は泣くかもしれんけど。
『で? 何のゲームで賭けるのかな。そもそも貴竜の肉塊で造ったゲームは公平なのかな。無意識でもイカサマ要素が入らないと断言できる? あと技量によって結果が変わるゲームも、できるだけ勘弁願いたいんだが』
『注文の多い奴め。よいよい。寛大な吾輩はお主の大好物を用いてやろう』
『……ほう?』
俺の大好物、とくれば思い浮かぶのは、ただ一つ。
紫煙の向こうからヒュンと音を立ててチェス盤の床に転がったものを、すかさず目で追う。
毒々しいピンクの升目の上でも堂々たる光を放っていたのは、三枚の金貨だった。
『コイントスか』
『そうだ。数の多い面を指定した者を勝ちとする。一度に三枚投げれば大した技量も使えまい』
『まあ、確かに』
一枚投げならある程度の小細工はできるが、三枚同時となると一気に難易度が上がる。
実際、俺はできる気がしない。
そんな訳で、トスをするのは技術に乏しい俺になった。
人物の横顔が刻まれた表面は俺、竜が翼を広げる裏面は【賭しきもの】が指定。
『では始めるが良い』
『ああ。分かっていると思うが、イカサマは一切なしだ』
『ふん。まあ良いだろう』
その場で睨み合うように対峙し、手元に視線を落とす。
厭になるほど甘ったるい葡萄の匂いが鼻腔に充満する中、キリキリと弓を引くように張り詰めた空気が場を侵し始めた。
『クッ。この緊張感、スリル……たまらん、たまらんぞ! こうでなくてはな!』
テンション昂り真っ最中のパチンカスを華麗にスルーしていると、頭上から「いぃ~……」とささやかながら心配げな声が聞こえた。
骨小僧の隣にいるだろうカリスからは何も聞こえないが、あの美しい金色の瞳は今日も無機質に鳥籠からの景色を眺めているのだろう。
――二人とも。さっさと終わらせて、ちゃんと帰してやるからな。
手中にある三枚の金貨をぐっと握りしめ……天井高く、放り投げた。
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