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#23-2騎士団の人形につきまして
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『体を失ってからというもの、肉をこねくり返すことに関して右に出る者はいない吾輩の識見によるところ、その傀儡は肉塊と魔力を込めた人工物を緻密に組み合わせたヒトガタである。全体を占める人工物の割合は八割といったところか。残り二割の肉塊は、複数の人間の肉を随所に使ったと見えるな。人間も随分と変わった遊びをする』
皮肉げに鼻を鳴らす【賭しきもの】と、座り込んだ骨小僧がカリスの弁慶をツンツンつついているのを横目に、唇を引き結ぶ。
つまり。
国家認定のもと、複数の犯罪者の人肉と人工物を使い、魔力を原動力にする人の形をした道具。
それが“騎士団の人形”なのか。
『体内の貯蔵魔力はとっくに尽きておるようだな。魔力切れを起こせば動作しないはずであるが、お主の竜気を魔力に変換することで保っておるようだな。なんと器用な傀儡か』
唸るような笑い声を聞きながら、俺は今までのカリスの状況を思い返していた。
そうだ。
カリスは突拍子のないタイミングで昏倒することが多かった。
あれは魔力切れを起こして充電が切れた状態だったのか。
意識を失っている間、カリスは常に俺の竜気に触れていた。
川辺で気を失った時も、宴会後に金貨の山で寝こけた時も、カリスは俺の竜気で編んだ祭服を着ていたはず。
あれが功を奏し、カリスは再び起き上がることが出来たようだ。
俺と視線を合わせながら、すーっと首を傾げるカリスを見つめる。
正直なところ、カリスに無機物だと自己申告された時は狂喜する反面、疑問に思う部分もあった。
カリスには柔らかい皮膚があるし、体温もある。筋肉の動作にも不自然さはなく、不気味の谷も発生しない。
この子は本当に無機物なんだろうかと。
その一方、明らかに無機物には見えないが、その有り得ないほど金属的な瞳を見れば、そうかもしれないと思えるほどの無機質さがあった。
タイミングを計って少しずつ指摘していく心づもりだったが。
『カリスは本当に無機物だったんだね』
しみじみと零した言葉に、カリスはこくりと頷いた。
相変わらずの素直。
無機物なんだし、そりゃそうか。
そう認識しても、僅かな違和感は胸の隙間に引っかかったままだ。
いや、本当にそうか?
この子は本当に、無機物か?
じっと一点を見つめる仕草も、理解できないことを首の角度で示すのも。言われたことを絶対に遵守するのも、決まりきった返答も。
ここまでは無機物だからと言われても納得できる。
しかし、それもあの宴会までの話だ。
俺の脳裏に、ぽけーっとシャンデリアを眺めるカリスの姿が蘇る。
無機物がシャンデリアの煌めきに見とれるか?
美しいものを愛でるという、かなり高度な動物的衝動を、無機物が自然と学べるものなのか?
無感情に俺を見返す、砂金を敷き詰めたような瞳。
じっくりと愛でると同時に、俺は予感していた。
ここから先、この子に踏み込めば必ず危険が伴うだろう予感を。
国家認定の、お人形。
字面からして既にきな臭い。
何も知らない俺でも、この国の抱えるドロドロした事情が透けて見える。
俺は背負わなくていい問題を背負いこもうとしているのかもしれない。
そこまで考えて目を伏せ……パヤーッと満面の笑みを浮かべた。
まっ、いっか~~~~!
俺は金が好きだ。大好きだ。
金に危険が伴うなんて、当然じゃないか。当たり前のことすぎて笑いが込みあげてくる。
実に今更だ。
こんなことで怯むくらいなら俺は金キチなんてとっくに止めている。
これ以上ないニコニコ顔の俺に、カリスは無機質な瞳をじっと向けた。
美しい黄金の瞳に、従順な性質。
無機物であるかは断じきれないが、見守る対象としては最高の物件じゃなかろうか。
つまり俺はほぼ何も変わらない。
ただ、もっとカリスを深く知ろうとする……いや、知りたいというだけだ。
それだけの話なんだ。
『で、お主ら。イイ感じに見つめ合っている所を悪いが、そろそろ賭けの時間ぞ』
『はっはっは』
ううむ、やっぱ誤魔化されてくれなかったか。
『……やっぱやんなきゃ駄目?』
『この地下迷宮は吾輩の庭よ。お主が大家に挨拶がどうのと言っとったのも聞いておるぞ。さあ挨拶がわりに接待せい。先達に尻尾を振るが良い』
『うわあ。個人情報の漏洩はどうかと思う』
『黙って賭けに付き合え、小僧。吾輩に勝ったらこの地下迷宮を追い出さぬばかりか、お主の好きに使っても良いぞ。上階の馬鹿騒ぎにも目を瞑ってやろうではないか。吾輩はここで賭けに興じられればそれで良い』
言いながら【賭しきもの】はどピンクなチェスの王駒を掴み上げると、これまたどピンクなダーツ盤に器用に放つ。
突き刺さった場所は、ど真ん中よりもやや左。
強い訳ではないらしいが、弱い訳でもないらしい。
『ふむ』
このまま素直に追い出されるのも、一つの道ではある。
現在の新居や収集しまくった金貨は、もともと死霊たちのものであるし、お返しするのもやぶさかではない。
まだ見ぬ金を求め、別のダンジョンを探索するもよし。
人間の身体を得たんだから人間の街にだって行ける。
だが既に得た人(骨)脈をなるべく手放したくないというのも本音だ。
カリスだって、製造元の国に近い方が良いだろう。
メンテナンス的に。
そういえばカリスは竜の討伐方法を知らずにここまで来た様子だったけど、国家認定のお人形が「できませんでした」で帰っても大丈夫なんだろうか。
なんかブラック企業ならぬブラック国家な臭いがプンプンするし。
まずい場合なら、むしろここを離れた方が得策かもしれない。
『ねえカリ……あれ?』
いない。
さっきまでカリスをつついていた骨小僧もろとも、いなくなっている。
「い~~っ!?」
完璧に特定できる叫び声。
勢いよく振り仰ぐと視界に飛び込んできたものに、ギョッとする。
天井の特大ルーレットは、いつの間にか巨大な鳥籠に変化していた。
毒々しいピンク色をした肉の檻には、慌てた様子の骨小僧と、静かにこちらを見下ろすカリスがいた。
おやまあ、こんな時でもクールガイ。
『乗り気ではないようだからな。賭けをしたくなるよう采配してやろう。お主を慕う骨と、お主の愛でる継ぎはぎ人形をもってな』
嘲笑と共に放たれたその言葉に、俺の口角はひくりと震え、ゆっくり時間をかけて、吐息する。
『その肉、一片残らず引っぺがしてやろうじゃないかパチンカス……』
とりあえず、今日の徳は諦めることになりそうだ。
皮肉げに鼻を鳴らす【賭しきもの】と、座り込んだ骨小僧がカリスの弁慶をツンツンつついているのを横目に、唇を引き結ぶ。
つまり。
国家認定のもと、複数の犯罪者の人肉と人工物を使い、魔力を原動力にする人の形をした道具。
それが“騎士団の人形”なのか。
『体内の貯蔵魔力はとっくに尽きておるようだな。魔力切れを起こせば動作しないはずであるが、お主の竜気を魔力に変換することで保っておるようだな。なんと器用な傀儡か』
唸るような笑い声を聞きながら、俺は今までのカリスの状況を思い返していた。
そうだ。
カリスは突拍子のないタイミングで昏倒することが多かった。
あれは魔力切れを起こして充電が切れた状態だったのか。
意識を失っている間、カリスは常に俺の竜気に触れていた。
川辺で気を失った時も、宴会後に金貨の山で寝こけた時も、カリスは俺の竜気で編んだ祭服を着ていたはず。
あれが功を奏し、カリスは再び起き上がることが出来たようだ。
俺と視線を合わせながら、すーっと首を傾げるカリスを見つめる。
正直なところ、カリスに無機物だと自己申告された時は狂喜する反面、疑問に思う部分もあった。
カリスには柔らかい皮膚があるし、体温もある。筋肉の動作にも不自然さはなく、不気味の谷も発生しない。
この子は本当に無機物なんだろうかと。
その一方、明らかに無機物には見えないが、その有り得ないほど金属的な瞳を見れば、そうかもしれないと思えるほどの無機質さがあった。
タイミングを計って少しずつ指摘していく心づもりだったが。
『カリスは本当に無機物だったんだね』
しみじみと零した言葉に、カリスはこくりと頷いた。
相変わらずの素直。
無機物なんだし、そりゃそうか。
そう認識しても、僅かな違和感は胸の隙間に引っかかったままだ。
いや、本当にそうか?
この子は本当に、無機物か?
じっと一点を見つめる仕草も、理解できないことを首の角度で示すのも。言われたことを絶対に遵守するのも、決まりきった返答も。
ここまでは無機物だからと言われても納得できる。
しかし、それもあの宴会までの話だ。
俺の脳裏に、ぽけーっとシャンデリアを眺めるカリスの姿が蘇る。
無機物がシャンデリアの煌めきに見とれるか?
美しいものを愛でるという、かなり高度な動物的衝動を、無機物が自然と学べるものなのか?
無感情に俺を見返す、砂金を敷き詰めたような瞳。
じっくりと愛でると同時に、俺は予感していた。
ここから先、この子に踏み込めば必ず危険が伴うだろう予感を。
国家認定の、お人形。
字面からして既にきな臭い。
何も知らない俺でも、この国の抱えるドロドロした事情が透けて見える。
俺は背負わなくていい問題を背負いこもうとしているのかもしれない。
そこまで考えて目を伏せ……パヤーッと満面の笑みを浮かべた。
まっ、いっか~~~~!
俺は金が好きだ。大好きだ。
金に危険が伴うなんて、当然じゃないか。当たり前のことすぎて笑いが込みあげてくる。
実に今更だ。
こんなことで怯むくらいなら俺は金キチなんてとっくに止めている。
これ以上ないニコニコ顔の俺に、カリスは無機質な瞳をじっと向けた。
美しい黄金の瞳に、従順な性質。
無機物であるかは断じきれないが、見守る対象としては最高の物件じゃなかろうか。
つまり俺はほぼ何も変わらない。
ただ、もっとカリスを深く知ろうとする……いや、知りたいというだけだ。
それだけの話なんだ。
『で、お主ら。イイ感じに見つめ合っている所を悪いが、そろそろ賭けの時間ぞ』
『はっはっは』
ううむ、やっぱ誤魔化されてくれなかったか。
『……やっぱやんなきゃ駄目?』
『この地下迷宮は吾輩の庭よ。お主が大家に挨拶がどうのと言っとったのも聞いておるぞ。さあ挨拶がわりに接待せい。先達に尻尾を振るが良い』
『うわあ。個人情報の漏洩はどうかと思う』
『黙って賭けに付き合え、小僧。吾輩に勝ったらこの地下迷宮を追い出さぬばかりか、お主の好きに使っても良いぞ。上階の馬鹿騒ぎにも目を瞑ってやろうではないか。吾輩はここで賭けに興じられればそれで良い』
言いながら【賭しきもの】はどピンクなチェスの王駒を掴み上げると、これまたどピンクなダーツ盤に器用に放つ。
突き刺さった場所は、ど真ん中よりもやや左。
強い訳ではないらしいが、弱い訳でもないらしい。
『ふむ』
このまま素直に追い出されるのも、一つの道ではある。
現在の新居や収集しまくった金貨は、もともと死霊たちのものであるし、お返しするのもやぶさかではない。
まだ見ぬ金を求め、別のダンジョンを探索するもよし。
人間の身体を得たんだから人間の街にだって行ける。
だが既に得た人(骨)脈をなるべく手放したくないというのも本音だ。
カリスだって、製造元の国に近い方が良いだろう。
メンテナンス的に。
そういえばカリスは竜の討伐方法を知らずにここまで来た様子だったけど、国家認定のお人形が「できませんでした」で帰っても大丈夫なんだろうか。
なんかブラック企業ならぬブラック国家な臭いがプンプンするし。
まずい場合なら、むしろここを離れた方が得策かもしれない。
『ねえカリ……あれ?』
いない。
さっきまでカリスをつついていた骨小僧もろとも、いなくなっている。
「い~~っ!?」
完璧に特定できる叫び声。
勢いよく振り仰ぐと視界に飛び込んできたものに、ギョッとする。
天井の特大ルーレットは、いつの間にか巨大な鳥籠に変化していた。
毒々しいピンク色をした肉の檻には、慌てた様子の骨小僧と、静かにこちらを見下ろすカリスがいた。
おやまあ、こんな時でもクールガイ。
『乗り気ではないようだからな。賭けをしたくなるよう采配してやろう。お主を慕う骨と、お主の愛でる継ぎはぎ人形をもってな』
嘲笑と共に放たれたその言葉に、俺の口角はひくりと震え、ゆっくり時間をかけて、吐息する。
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