成金竜と金色青年の黄金ライフ ~ドラゴンに転生したので惚れた人形をミュージカルで救います~

すずり

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#20一瞬の影に蜘蛛の糸

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<騎士団>⇒<カリス>


 深い夜の帳が降りる中、騎士団の駐屯所には灯りが焚かれていた。
 机上に置かれた蝋燭の灯火が室内をじりじりと照らし出す。
 ゆらめく穂先は机を囲んで立ち並ぶ精悍な男たちの頬に光の筋を描いた。

 その中で一際目立つ、プラチナブロンドの髪が鋭く翻る。
 静かな怒気を全身から滲ませる偉丈夫に、この場にいる騎士の誰もが固唾を呑んでいた。
 圧倒的な気迫は魔力を伴い、空気を震わせる。

 背後を振り返り、色素の薄い灰色の目を眇めると、雄々しく薄い唇が口火を切った。

「宰相閣下は」

 問い詰めるような声に背後の人物は軽い調子で肩をすくめた。
 だがその錆色の瞳は決して笑っていない。

「何と言いますか。人道に反する運用を撤廃するための可及的速やかかつ簡易的な措置、という言い分だそうです。閣下は人形運用反対派筆頭ですからね」
「人道に反すると来たか。あの地位に立つ人間が聞いて呆れる」
「ジルヴァ団長、盗み聞きされると面倒ですよ。耳はどこにでもついているもんです」

 副団長サーレイのおどけた言葉を鼻で笑い返したジルヴァは硬い表情を崩さぬ騎士たちに目を向けた。
 度重なる訓練を乗り越え、熾烈極まる死線を乗り越えた精鋭たち。
 
「どうします。ピアスを外されたことで最早位置情報は割りだせません。神殿にこれ以上の借りを作るのは余り……」
「焦るな。まだ猶予はある」

 冷ややかな灰色の瞳は机上に広げられた地図を注視した。

 火山の地下には広大なダンジョンが広がり、複雑な迷路のように入り組んでいる。
 しかし注目すべき所はそこではない。

「グルド山の地下深くに居を構えた竜。最後に目撃されたのは百五十年ほど前と記録されている。竜は気分一つで町も山も消し去るが、ここ百五十年でグルド山付近の地図が書き換えられたことはない。今回、川で目撃されたのもこの竜だろう」
「温厚な竜なのでしょうか」
「そう願いたいがな。今回カリスがその竜を刺激するかもしれん」

 重い吐息とともに「全く余計なことを」とサーレイは天を仰いだ。

「注目すべきは北の森の麓にある、この村だ」

 ジルヴァの節くれ立った指が北の森に最も近い、小さな村を指し示す。

「カザ村ですか」
「そうだ。騎士を数人この村へ派兵しろ。変化があるとすればここだろう。無駄に気位の高いのが竜だ。
あてつけに人の住む付近に死体を打ち捨てる可能性が高い。上手くいけばカリスの残骸を確保できる」

 ジルヴァの見立てにサーレイは胸に手をあて応えた。

「了解です。すぐにでも。あとは人形のままで在ることを望むのみですね」
「そうだな……あいつは人形でいた方が幸せだ」

 ジルヴァは地図から視線を切り、立ち並ぶ騎士に目を向けた。

「もし五体満足のカリスを発見したら見つけ次第犯し、ありったけの精液をぶちまけてやれ。何人掛かりでも構わん」

 騎士団長の命令に騎士全員が力強く「了解」の声を上げた。

 方針が固まり始めた所で、駐屯所にノックの音が響く。
 瞬間、騎士たちの表情に緊張が走った。

 ジルヴァの目配せで扉近くの騎士がゆっくりと扉を開ける。
 暗がりの中、佇んでいる優雅な装いに身を包んだ人物を見止めると、全員の緊張が一気に緩んだ。

「来たか。カリス」

 ジルヴァの声に呼応するように柔らかな金髪を耳にかけた青年は紫水晶のような瞳を潤ませると、にこりと笑い――そして婀娜っぽく小首を傾げた。







 どこからか子供の戯れる声が聞こえる。
 カリスはまた自身が白昼夢の只中に居ることを自覚した。 

 映るのは古ぼけながらも手入れの行き届いた板張りの床。
 現在、体の持ち主は腕を組み、壁に背を預けながら床を見つめていた。

「おまえさ、マジであの人の話受けんの」

 一度瞬きした後、床から隣に佇む人物へと視界が移る。
 映り込んだのは体の持ち主と同じ体勢の少年だった。

 黒髪短髪の矮躯。肌は妙に黄味がかっており、全体的に顔の掘りが浅い。
 その聞き分けのない赤子のような顔立ちは、カリスや騎士たちとは根本的に何か違う種のように見えた。

「見ろよアレ」

 険しい表情で少年が顎を動かすと、体の持ち主は視点を室内に向けた。
 
 椅子や机、本棚などやけに無機質な家具に囲まれた部屋は奇声を上げて騒ぐ子供たちで溢れかえっている。
 特に部屋の中央、カーペットの敷かれた何も置かれていない空間には、床に座り込んだ一人の男に大勢の子供たちが纏わりついていた。

 男は笑顔を振りまきながら何かを話し、歌い、時に何もない所から花を出したりしては子供たちを喜ばせている。
 くるりとした黒い癖毛に褐色の肌。
 男はどこからどう見ても、デルタである。

 カリスは少年がデルタを示したのかと認識していたが、体の持ち主の視線はデルタを通り過ぎ、壁際で遠巻きにデルタを凝視する子供たちに向かった。

 部屋の中央にいる子供たちはデルタに近づかない子供たちを不思議そうに見ている。

「なんなんだろうな。あの人に懐いてる奴らの中には、普段底意地の悪い奴も、意地っ張りな奴も、人見知りする奴もいる。もちろん気の良い奴らも。でもほんの一部の奴らはアレだ」

 デルタに纏わりつく笑顔の子供たちとは違い、壁際にいる子供たちは皆一様に顔が強張り、青褪めている。
 中にはガクガクと身を震わせ、失禁までしている少女もいた。

 カリスは魔物討伐命令を遂行する際に見かけた民衆の姿を思い出す。
 逃げたくても迫った恐怖に全身を縛られ動けなくなった、人間の姿を。

 この部屋ではデルタのいる中央と、その周囲との間に決定的な温度差が生じていた。

「俺も最初、あの人のこと好きだったよ。すごく優しいし、厳しいことも全然言わない。来る度に遊んでくれて、楽しい気分にさせてくれる。でも、なんでこんなにあの人に対しての好き嫌いが分かれるんだろう。そう思って考えてみたんだよ。壁際にいる奴らの共通点を」

 一瞬ちらりと視界に入った少年は顔を顰めながらも青白かった。

「気づいたときはゾッとしたよ。ここには色んな奴らが来る。俺だって全員の事情なんて知らねえよ。でも、それでも俺が知ってる範囲でも壁際にいるあいつらは、糞ったれな大人どもに殴られたり殺されかけたりとかしてここに来た奴らばっかだ……」

 少年はそこで口を噤んだ。

 視線の先ではデルタが失禁した少女に近づき、笑顔で言葉をかけている。
 失禁を囃し立てる周りを制しながら目線を合わせるようにしてしゃがみこむと、包み込むような満面の笑顔で少女の頭を撫でた。

 何か気の利いた言葉でもかけたのか、周りの子供たちに笑顔が伝播する。

 青褪めていた少女の顔も少しずつ血の気を取り戻し、最後には仄かな笑みに綻んだ。

「なんでお前なんだろう」

 視界に映った少年は、顔を俯かせて肩を震わせていた。

「俺たちもう中坊じゃん。あれだけ可愛げのあるガキたちに懐かれてさ、なんで、よりにもよってお前だったんだろう。なんで、なんで……」

 少年は何らかの感情に翻弄されているようだった。
 震えていた薄い肩はやがて力を失い、少年は笑顔を浮かべたデルタの横顔を力なく見つめる。

「俺あの人を見てたらさ、なんだか蜘蛛の糸を思い出すよ……」

 カリスは意識の内で首を傾げた。

 確かにデルタは竜気とやらで蜘蛛の糸を扱うが、なぜこの場でその言葉が出てくるのだろう。まるで整合性がない。
 少年の昏い瞳に何が映っているのか、少年の言葉が何を意味するのか。
 人形であるカリスには何も分からない。

 不意に、デルタがこちらを向いた。
 その両の瞳はまだ健在で、少年の瞳よりも黒目が際立ち、きらきらと満天の星空のような光を放っている。

 隣の薄い肩がびくりと跳ねたのも構わず、子供を纏わりつかせながらもデルタは真っすぐこちらに歩み寄ってきた。

「やあ。元気にしていたかい?」

 にこにことした笑みを向けられ、体の持ち主が緩やかに口角を上げる。
 だがその感情は決して明るいものではないことを同体となっていたカリスだけが知っていた。

 どろりとした感情が、ヘドロのように胸にべたつく。
 ひどく不快な感覚が同化したカリスの意識に絡みついて離れない。

 嘔吐してしまいたいほどに醜悪。
 ただただ純粋に、気持ちが悪い。

 体の持ち主はデルタに笑みを返しながら胸の前で組んでいた腕を解いた。
 そして右手を――デルタの顔に向かって振り上げる。






 パンッと乾いた音にカリスは目を覚ました。

 オーロラのように天井にかかる蜘蛛の糸を視界に入れながら、静かに瞬きをする。
 カリスの鼓膜には近くで手拍子を打つ音が続いていた。

『野~~球ぅ~~、すぅ~るならぁ~~こ~ういう具合にし~やさ~んせぇ~。アウトッ。セーフッ。あ、ヨヨイのヨイ!』

 死霊アンデッドたちに囲まれ「ダーッ! 負けたあ~ッ」と頭を抱えるデルタを横目に体を起こすと、背中に張り付いていた金貨が音を立てて落ちていく。

 天井のシャンデリアから朝陽が注ぐまで延々と続いたらしい宴だったが、カリスはその途中で意識を失っていたらしい。

 死霊アンデッドたちにイーイー言われながら涙目でパンツ一丁になったデルタと目が合うと、へらりと笑みを向けられる。
 
『おはよう、カリス』

 朝陽の降り落ちる褐色の頬に打擲の痕はない。
 あの白昼夢は現実だったのか、やはりただの夢なのか。

 考えても人形のカリスには分かる訳がないので、自身は命令を遂行するのみである。

「おはよう、デルタ」

 繰り返しの命令を遂行したカリスにデルタは光の中、はちきれんばかりの笑顔を浮かべた。
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