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#19-2小さな竜に一瞬の影
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<カリス>
視線を下げれば足元の金貨が小刻みに金属音を立てている。
そして一瞬の間をおいたのち、轟音と魔物の歓声と共に床がせり上がった。
上へとあがっていく視界に、転調する演奏。
この事態にも魔物たちは動揺することなく、むしろ面白がるように歌い奏で、踊り続けていた。
揺れる足元を他所に、カリスは金貨の隙間から覗く白い物体を注視する。
よく見てみれば舞台の土台は全て蜘蛛の糸でできていた。
びっしりと細緻に刺繍された純白の土台は輝く金貨を纏いながら、まるでデコレーションケーキのように段々になって聳え立っていく。
大穴の開いた天井に迫った舞台は、気づけばあっという間に金色のステージへと姿を変えていた。
頂上の空間にはデルタとカリスのみが立ち、他の魔物たちは各々平らな段の上、もしくは舞台下と好き好きに散らばっている。
『どうやら今宵は人外のみの宴だったらしい。では諸君。どうせならばこれを祝し、更に楽しみ騒ごうじゃないか。ではでは皆さんご一緒に。魔物の楽園いらっしゃい!』
「い~っ!!」
軽やかに歌い上げながらデルタは距離の狭まった大穴に向かい、繋いでいない方の手で何かを払う動作をした。
厚みのある褐色の手が淡い月の光を帯びて宙を切る。
天井に起こった変化に、カリスは大きく目を見開いた。
純白の糸が踊るように宙を舞う。
みるみる増えていく糸の群れは、開いた大穴へと集中し、互いを絡み合わせ、段を付けて円を描いた。
あるところは真っ直ぐに落ち、あるところはカーテンのようにたゆませる。
城を逆さまにしたような形を成しながら、それは緩やかに降りてきた。
やがて糸の一本一本から水滴が滲み、青白い月の光を乱反射させていく。
切り裂くようなトランペットと同時にデルタが再度手を振るえば、そこには大穴を覆い尽くすほど巨大で華美なシャンデリアが完成していた。
塔の頂上、仰げば手の届きそうなシャンデリアを、カリスは唇を僅かに開きながら凝視する。
揺れるたびチラチラと七色の粒を放つ水滴は、まるでダイヤモンドのよう。
細やかな光を一身に浴びながら、繊細な美麗さに吸い込まれるような錯覚さえ覚える。
カリスが見入っている間にシャンデリアはその外枠から真っ直ぐに糸を放射した。
塔の頂上を覆うように吊り下げられ、間隔の広く開いたストリングカーテンは細い糸と糸の隙間から外の景色が見えている筈なのにその反面、個室のような赴きをも演出する。
糸に滴る水滴は煌めき、ダイヤモンドのネックレスを四方から垂らている様にも見えた。
ふと緩やかに繋いだ手に引き寄せられる。
見上げた男の顔はやはり笑顔。
先ほどの鮮烈な日差しのような笑顔ではなく、こちらを見守る月のような微笑み。
力強い灰と紅の瞳に頭上から降り注ぐ細やかな光の粒がちらつく。
カリスは黙しながらも、静かに男の手を握り返した。
『呻きも嘆きも星の数ほどあるけれど陰りの中にも輝きあるのが生きとし死せるものさ。大事なのはいつだって雲をまっぷたつに割るほどの真っすぐさ』
流れるように歌いながらデルタは空いている方の手でカリスの胸元にトンと人差し指を乗せる。
動作によって示す意味は分からないが、カリスは指の先まで形が良いのかと見つめた。
『けれでも今宵は別さ! この瞬間だけは心のままに。さあさあ皆さん、ご一緒に。魔物の楽園いらっしゃい!』
「い~~っ!!」
地を揺るがすような甲高い噴出音が頭上のシャンデリアから上がった。
階下の魔物たちが一斉に歓声をあげる。
塔の下を見遣れば、大勢の魔物が落ちてきた銀液を受け止めようと両腕を掲げていた。
シャンデリアの上部から四方に散った竜の血液は、シャンデリア直下にいた二人を覗いた全ての魔物たちに等しく分配されている。
いつからか踊りを止め、ぼんやり佇み傍観に徹していたカリスはデルタの叩いた手拍子で我に返った。
『ほらほら。カリスも!』
すかさずカリスの手を取って踊り始めたデルタに、カリスもまた振り回されるように付き合わされる。
しかし駆ける旋律に足が乗ると、なぜか目の前の男と一体化したような錯覚を覚えた。
腹の底がふわりと浮き上がる。
シャンデリアとストリングカーテンから純銀の煌めきが降り注ぐ中、金貨の散らばった真っ白な床の上で、対称的な二人は踊り続けた。
かたや笑顔で黒衣の竜。
かたや無表情で白衣の人形。
手を取り合って踊るさまは傍から見れば珍妙な光景であることはカリスにも理解していたが――デルタは満面の笑顔なのでこれで良いのだろう。
『おいでよ魔物の楽園! ぶちかますぜスパークリング・ナイト!』
「いーいーっ」
『ここには猟銃もなければ強襲も一切ない。さあ皆さん、手を上げ腰降り』
「いーっ」
『叫んで唸り、爪を出し』
「いーっ」
『死者も生者もスイング・ステップ』
「いーっ」
『今宵は蹴って蹴飛ばして』
「いーっ」
『朝陽が地平線を描くまで――レッツゴー!』
「いーいーっ!」
最高潮に達したフィナーレに、シャンデリアが再び噴出音を上げた。
階下が騒がしさを聞き取りながら足を止めると、手を繋いだままデルタが「ああそうだ」と呟くように零し始める。
『カリス。しばらく俺にこの国の言語を教えて欲しいんだ』
「言語」
念話とやらは正常に行えている筈だが、それでは不十分なのだろうか。
『魔物や動物には良いけど、もしこれが人間相手じゃびっくりさせちゃうかもしれないだろう? それにその土地で暮らすのならその土地の言葉を話すのがマナーだと思うんだよ。だから教えて。ねっ』
「マナー」
身を乗り出してくるデルタの紅い瞳がキラキラと輝いている……気がする。
マナー云々はよく分からないが命令は遂行されなければならない。
カリスがこくりと首肯するとデルタは益々笑みを深めた。
『これからよろしくカリス』
「……よろしく」
朗らかな笑顔を見つめながら静かに相槌を打つ。
一瞬、二人の足元を素早く黒い影が過ぎ去ったのを捉えたが、特に指摘の命令を受けた訳でもないのでカリスは放置した。
視線を下げれば足元の金貨が小刻みに金属音を立てている。
そして一瞬の間をおいたのち、轟音と魔物の歓声と共に床がせり上がった。
上へとあがっていく視界に、転調する演奏。
この事態にも魔物たちは動揺することなく、むしろ面白がるように歌い奏で、踊り続けていた。
揺れる足元を他所に、カリスは金貨の隙間から覗く白い物体を注視する。
よく見てみれば舞台の土台は全て蜘蛛の糸でできていた。
びっしりと細緻に刺繍された純白の土台は輝く金貨を纏いながら、まるでデコレーションケーキのように段々になって聳え立っていく。
大穴の開いた天井に迫った舞台は、気づけばあっという間に金色のステージへと姿を変えていた。
頂上の空間にはデルタとカリスのみが立ち、他の魔物たちは各々平らな段の上、もしくは舞台下と好き好きに散らばっている。
『どうやら今宵は人外のみの宴だったらしい。では諸君。どうせならばこれを祝し、更に楽しみ騒ごうじゃないか。ではでは皆さんご一緒に。魔物の楽園いらっしゃい!』
「い~っ!!」
軽やかに歌い上げながらデルタは距離の狭まった大穴に向かい、繋いでいない方の手で何かを払う動作をした。
厚みのある褐色の手が淡い月の光を帯びて宙を切る。
天井に起こった変化に、カリスは大きく目を見開いた。
純白の糸が踊るように宙を舞う。
みるみる増えていく糸の群れは、開いた大穴へと集中し、互いを絡み合わせ、段を付けて円を描いた。
あるところは真っ直ぐに落ち、あるところはカーテンのようにたゆませる。
城を逆さまにしたような形を成しながら、それは緩やかに降りてきた。
やがて糸の一本一本から水滴が滲み、青白い月の光を乱反射させていく。
切り裂くようなトランペットと同時にデルタが再度手を振るえば、そこには大穴を覆い尽くすほど巨大で華美なシャンデリアが完成していた。
塔の頂上、仰げば手の届きそうなシャンデリアを、カリスは唇を僅かに開きながら凝視する。
揺れるたびチラチラと七色の粒を放つ水滴は、まるでダイヤモンドのよう。
細やかな光を一身に浴びながら、繊細な美麗さに吸い込まれるような錯覚さえ覚える。
カリスが見入っている間にシャンデリアはその外枠から真っ直ぐに糸を放射した。
塔の頂上を覆うように吊り下げられ、間隔の広く開いたストリングカーテンは細い糸と糸の隙間から外の景色が見えている筈なのにその反面、個室のような赴きをも演出する。
糸に滴る水滴は煌めき、ダイヤモンドのネックレスを四方から垂らている様にも見えた。
ふと緩やかに繋いだ手に引き寄せられる。
見上げた男の顔はやはり笑顔。
先ほどの鮮烈な日差しのような笑顔ではなく、こちらを見守る月のような微笑み。
力強い灰と紅の瞳に頭上から降り注ぐ細やかな光の粒がちらつく。
カリスは黙しながらも、静かに男の手を握り返した。
『呻きも嘆きも星の数ほどあるけれど陰りの中にも輝きあるのが生きとし死せるものさ。大事なのはいつだって雲をまっぷたつに割るほどの真っすぐさ』
流れるように歌いながらデルタは空いている方の手でカリスの胸元にトンと人差し指を乗せる。
動作によって示す意味は分からないが、カリスは指の先まで形が良いのかと見つめた。
『けれでも今宵は別さ! この瞬間だけは心のままに。さあさあ皆さん、ご一緒に。魔物の楽園いらっしゃい!』
「い~~っ!!」
地を揺るがすような甲高い噴出音が頭上のシャンデリアから上がった。
階下の魔物たちが一斉に歓声をあげる。
塔の下を見遣れば、大勢の魔物が落ちてきた銀液を受け止めようと両腕を掲げていた。
シャンデリアの上部から四方に散った竜の血液は、シャンデリア直下にいた二人を覗いた全ての魔物たちに等しく分配されている。
いつからか踊りを止め、ぼんやり佇み傍観に徹していたカリスはデルタの叩いた手拍子で我に返った。
『ほらほら。カリスも!』
すかさずカリスの手を取って踊り始めたデルタに、カリスもまた振り回されるように付き合わされる。
しかし駆ける旋律に足が乗ると、なぜか目の前の男と一体化したような錯覚を覚えた。
腹の底がふわりと浮き上がる。
シャンデリアとストリングカーテンから純銀の煌めきが降り注ぐ中、金貨の散らばった真っ白な床の上で、対称的な二人は踊り続けた。
かたや笑顔で黒衣の竜。
かたや無表情で白衣の人形。
手を取り合って踊るさまは傍から見れば珍妙な光景であることはカリスにも理解していたが――デルタは満面の笑顔なのでこれで良いのだろう。
『おいでよ魔物の楽園! ぶちかますぜスパークリング・ナイト!』
「いーいーっ」
『ここには猟銃もなければ強襲も一切ない。さあ皆さん、手を上げ腰降り』
「いーっ」
『叫んで唸り、爪を出し』
「いーっ」
『死者も生者もスイング・ステップ』
「いーっ」
『今宵は蹴って蹴飛ばして』
「いーっ」
『朝陽が地平線を描くまで――レッツゴー!』
「いーいーっ!」
最高潮に達したフィナーレに、シャンデリアが再び噴出音を上げた。
階下が騒がしさを聞き取りながら足を止めると、手を繋いだままデルタが「ああそうだ」と呟くように零し始める。
『カリス。しばらく俺にこの国の言語を教えて欲しいんだ』
「言語」
念話とやらは正常に行えている筈だが、それでは不十分なのだろうか。
『魔物や動物には良いけど、もしこれが人間相手じゃびっくりさせちゃうかもしれないだろう? それにその土地で暮らすのならその土地の言葉を話すのがマナーだと思うんだよ。だから教えて。ねっ』
「マナー」
身を乗り出してくるデルタの紅い瞳がキラキラと輝いている……気がする。
マナー云々はよく分からないが命令は遂行されなければならない。
カリスがこくりと首肯するとデルタは益々笑みを深めた。
『これからよろしくカリス』
「……よろしく」
朗らかな笑顔を見つめながら静かに相槌を打つ。
一瞬、二人の足元を素早く黒い影が過ぎ去ったのを捉えたが、特に指摘の命令を受けた訳でもないのでカリスは放置した。
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