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#17-3宴にいらっしゃい
しおりを挟む<カリス>
広間全体が一気に熱狂に呑み込まれる。
男と魔物たちの蹴飛ばした金貨が宙高く輝いた。
充満する熱気を殴りつける勢いで踊りは続く。
嵩増しされ重みの増した手拍子は洞窟内部を揺らし、蜘蛛の糸のカーテンに伝う雫を小雨のように振り落とした。
上からは雫、下からは金貨。
銀の煌めきと金の輝きが交差する。
逸る音色に乗せて一ツ目烏が不気味に鳴き上げ、月に向かって遠吠えをする狼男。
大ムカデがキチキチと鋭い二重歯を鳴らせば、死霊に混じったゴブリンが手拍子を重ねて腰を揺らした。
先ほどまで居なかったはずの死神まで集結し、直立不動で鎌の柄をカンカンと地に打ちおろしている。
広間を支配するのは走り抜ける旋律と雑音奇声、炸裂する光の暴力、そして男の天に届くような歌い声。
『今こそ魔物の楽園! 踊り明かすぞミッドナイト!』
「いーいーっ」
『ここでは復讐もなければ屈従も一切ない。さあ闇夜にうごめく君らよ、今宵は蹴って蹴飛ばして。星空の海が溶けるまで――レッツショー!』
「いーいーっ!」
金貨の舞台も舞台の下も魔物で溢れ、みな好きずきに激しく体を揺らした。
最早ここまで来れば歌劇というより乱痴気騒ぎである。
宣言通り、男は踊り始めた魔物の一体一体に指を鳴らして血を飛ばす。
竜の血を得た魔物の反応は様々だった。
ある者は片割れとともに馬鹿騒ぎに興じ、ある者は片割れの分まで奪おうとして返り討ちに遭い。
またある者は片割れと競うように慌てた様子で口に放り、そしてまたある者は足腰の弱い片割れの許まで赴き自分の分を差し出した。
まるで北の森に住まう魔物の縮図を表すかのような光景である。
しかしカリスの視線を縫い留めていたのは、やはり舞台で踊る男の存在だった。
彩度の違う深紅の瞳は、ありったけ笑顔を振りまき激しく歌い踊りながらも、魔物の動向を逐一観察している。
気絶させた詫び、と前置きしたこの乱痴気騒ぎには、もしかしたら別の意図が含まれているのかもしれない。
ぼんやりとカリスは思考したが、人形の身ではそこまでが限界だった。
気の違えたダンスパーティーに早変わりした広間で観客の体を保っているのは客席に残った二割の魔物と入口前で佇むカリスのみ。
しかし未だ乱痴気騒ぎに加わっていないかに見えた魔物はみな老衰しているだけで客席からキッチリ手拍子をして参加していた。
ということは、この場の傍観者はは現在カリスのみという事になる。
その事実を認識すると、カリスの胸の辺りに霧がかかったような違和感を兆した。
「……?」
不可解な違和感に、すーっと小首を傾げる。
男との邂逅してからというもの人形の身に変化を来し続けているが、やはり原因が分からない。
何をどういう過程を経て変化に至ったのか。
カリスには皆目見当もつかない。
ふと、肩に違和感。
振り返れば数人の骸骨がカリスの背後を取り囲み、こちらをじっと凝視していた。
身にまとう装備やローブは薄汚れているが、どことなく剣士、魔術師、盗賊の面影が見て取れる。
少し目線を下にずらせば剣士の骸骨には片足の大腿骨がなく、その部分を幾重にも塗り固めた蜘蛛の糸で補強していた。
「いーっ」
「いーいー」
「いー」
いーと言われても、カリスには何を言っているのか分からない。
傾げていた首を元に戻していると頭の中に直接語り掛けるような思念が降ってきた。
『唐突ですが、ここで問題です。君が他者を傷つけてしまった時、その被害者に言うべき謝罪の言葉はなんでしょう?』
人形には驚くべきことだが、忘れもしない声である。
これは完全に舞台で踊っている最中であるはずの男の声だ。
実際舞台に目を向ければ、男は巨躯のオークと一緒に腕を回しながら片足で飛び跳ねていた。
しかし一瞬。
男の視線は誰にも気づかれることなくカリスの黄金と交わりあった。
朗らかな笑顔を浮かべながらも、確実にカリスの出方を探っている。
オークも目の前の骸骨たちも男の声になんら気付いた様子は見られない。
どうやらこの声はカリスだけに届いているらしい。
『花丸満点百二十パーセントの回答なら豪華賞品贈呈です。エッ豪華賞品ですかー? ヤダ~ナニソレ気になる~(裏声)そうでしょう、そうでしょう。ではお教えいたしましょう。気になる豪華賞品。なんとそれとは――竜の殺し方です』
男の明るくふざけた口調とは裏腹に、カリスは頭の芯がスッと冷えたような気がした。
『竜は首を斬り落としても死なず、脳を潰しても蘇ります。サイコロカットしても全身ミンチにしても超再生完全復活。エ~ウソ~。じゃあ竜ってどうやったらブッ殺せるの~?(裏声)そんな貴方にオススメ! ウルトラスーパーワンダフルな回答を導き出した回答者には、無理ゲー竜の完璧なる討伐方法をプレゼントしちゃいます! 間違ってもペナルティなし! 言うだけならタダ! はてさて君の回答、伸るか反るか!』
カリスの中で人形の硬い思考が目まぐるしく交錯する。
竜の完璧なる討伐方法。
権力者の命令。
任務の完遂。
人形の存在意義。
命令は遂行されなければならない。
『さあ時間制限が迫ってまいります! あ四・三・二――』
「……………………ごめんなさい?」
唇の隙間からぽろりと零れた自身の回答に、カリスの目が見開かれる。
自身以上の身分には、はい、なるほど、了解しました。
自身以下の身分には、ああ、そうか、分かった。
そして命令に関すること以外の言葉を最後に口にしたのは――いつだっただろうか。
――不意にある事に気付く。
カリスは自身に起きた変化をそこで漸く認識し、瞠目した。
そうだった。
蜘蛛の糸でできた白銀のオーロラ。
差し込む月光。
星空のような雫の煌めき。
赤茶けた岩肌。
そして燦然と輝く金貨の洪水。
男の周囲だけだった極彩色が、いつの間にか広がっている。
灰色がかった世界は辛うじて視界の端に留まっているものの、それを悟らせないほど自然に極彩色がカリスの見える世界を凌駕していた。
なぜ。いつから。どうやって。
「いー」
「いーいー」
「いー」
衝撃で固まるカリスを他所に、骸骨たちは顔を寄せ合い何やら頷き合うと、一人ずつ順番にカリスの頭をポコポコと軽く殴ってきた。
肉がないぶんカリスより上背がないのでつま先立ちである。
無言の棒立ち状態で殴られ終わると、骸骨たちに素早く四方を囲まれたと同時に身体を担ぎあげられた。
必然的に仰向けの状態で地面から浮き上がる。
『間違いって訳じゃないけどウルトラスーパーワンダフルな回答ではないかな。豪華賞品ならず。残念無念!』
揺れる視界の中、舞台上の男が甲高く伸びるトランペットに合わせて前髪をかきあげる。
黒い癖毛の下で汗一つ掻いていない褐色の相貌が、挑発的な笑みを披露した。
カリスに向かって突き出された手の平は上を向き、指先だけがクイクイと折れ曲がる。
それは何を意味する動作なのか。人形のカリスには分からない。
しかしそれでも骸骨たちには伝わったらしい。
「い~~っ!」
掛け声と同時に、カリスの身体が宙高く放り出される。
舞台に向かって勢いよく投げ出されたカリスは冷静に仰向けから猫のように体を折り曲げ、着地の体制に入ろうとし――阻害された。
向かい合う黄金の瞳と、深紅の右目。
認識した瞬間、胸の辺りで何かが鋭く跳ねた。
ふわりとした感触は遅れて腰と膝裏に伝播する。
翼を広げて顔を覗き込んでくる男と、宙で横抱きに抱き留められたカリスは、少し動けば唇が触れ合いそうなほどすれすれの距離で見つめ合っていた。
目と鼻の先。
逆光で月の光を背負った男は、にんまりとした笑みを浮かべる。
『ハァ~イ。いらっしゃい』
深紅の瞳が紅い三日月のように弧を描いた。
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