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#17-2宴にいらっしゃい

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<カリス>


 残りの二割は魔鳥や魔虫の類で、既にリズムに身を任せて体を揺らし、鳴き声を上げている猛者だ。
 適応力が高いのか知能が低いだけなのかはカリスにも分からない。

 八割の魔物を置いてきぼりにしたまま、男は切れ味の鋭い身のこなしでマントを翻した。

『諸君。魔物にゃ試験も学校もないが、色々あります実際問題。森に生きれば死者も生者も、老若男女、みな同じ。育児に縄張り、群れの統率。ウチから川への距離はどのくらい? もちろん捕食の脅威と食糧確保も忘れずに』
「いぃ~……」
『怪我をした? それでも我慢。ハブられた? でも生きなきゃならない。森に故郷はあっても国はない。仲間と力を合わせ、乗り越え、生きる。命が燃え尽きる、その日まで。それが君たちの唯一生涯、生きる道』
「いぃ~~……」

 客席にいる魔物たちの耳が、同時にぴるるるっと動く。
 人形にはよく分からないが魔物の琴線には触れたらしい。

『けれども今宵は別さ! 弾むダンスフロアは悩みも痛みも降ってこない。夜ごと地を這い、牙剥き、背後から忍び寄る者達よ、今こそ浮かれ騒ぐ時。金切り声も調子っぱずれも大歓迎。凍る月夜も竜にかかれば、萎びた死体もナイスガイ』
「いーっ」
『落ち込む日々? そんなのキックにターンさ。踊れない? なら手拍子おひとつどうぞ。音に合わせて体を揺すれば、きっと心も踊るはず。さあさあ皆さん、ご一緒に。魔物の楽園いらっしゃい!』
「い……」

 ――キィイイ~~ッ!

 死霊アンデッドの合いの手を、右手から場外乱入してきた大ムカデが遮った。

 客席の魔物とカリスの頭が、一斉に右を向く。

 成人男性十人繋げても余裕のありそうな巨体はウネウネと身をよじりながら舞台上に倒れ込み、広間にどことなく妙な空気が漂い始めた。
 が。

『飛び入りご参加センキューッ!』

 突如、左手から押しのけるような男の歌声。

 魔物とカリスの頭が、一斉に左を向く。

 跪きながらスライディングという器用な移動で金貨の波に乗った男は、舞台にのめり込んだ大ムカデを通り過ぎる刹那、開いた口腔に向かってパチンと指を鳴らした。
 同時に指先から銀色の雫が飛沫する。

 カリスには見覚えのありすぎる銀液だった。
 見紛うこと無き、竜の血液。

 それを口にした途端、大ムカデの喉からキイィィーッとガラスを爪で引っ掻くような鳴き声が迸る。
 仰け反った大ムカデの動きは、明らかに活発化していた。

『参加者には感謝を込めて。俺の血をプレゼント!』

 直後、傍観者であった魔物たちの目の色が一瞬にして変わった。
 客席に留まっていた大ムカデの片割れも、大きく身を乗り出す。

『魔物の君達には芳醇な美酒となるだろう。ひとたび舐めればこれより三日は空腹からオサラバさ。おまけに滋養強壮、気分も最高。みるみる血肉湧き踊る。さあさあ諸君、極上の瞬間お見逃しなく。魔物の楽園いらっしゃい!』

 男の手拍子で、トランペットが嘶いた。

 酒気帯び大ムカデの無数ある足先の一本を手に取り、男はステップを踏み始める。
 図体は大ムカデが圧倒的だが、リードしているのは完全に男の方だ。

 男は厳つい虫頭と顔を寄せ合い、満面の笑顔みで歌い踊る。
 凶悪な二重歯列を露わにキィキィ歌う大ムカデと男の高らかな歌声は、奇妙であるものの自然と重なり寄り添っていた。

『決まった振り付けなんてしなくていい。歌や踊りは皆のもので、自由なものさ。ご機嫌な音を耳に入れて、思うがままに体を動かす。そうすれば日頃溜まった鬱憤も、たちまち羽が生えて飛んでいく。夜空の星も掴めるかもね!』

 大穴から覗く満月めがけて、男が金貨を蹴り上げる。
 扇形に撒き散らされた金貨は月光を浴び、宙に流れ星を作った。

『しかも今なら文字通りの大出血・大サービス。あの竜の血が、誰でも彼でもオールフリー。一滴で三日継続フルパワーなのに殆どタダとは太っ腹! これはお買い得ですよ、奥さん旦那さん。なななんと、おまけに気分も最高。人間の酒なんてメじゃないさ。その心地よさは死霊アンデッドたちの折り紙付き』
「いーっ!」

 整列した骸骨の群れが走る旋律に合わせて順繰りに親指を立てていく。
 カリスにはよく分からない。
 
 マントを翼に変容させ飛び上がった男は大ムカデの頭頂部に着地すると、翼をマントに戻しながら流れるように巨大な背筋を滑り落ちる。

『この機を逃せば次はないかも。さあさあ皆さん、ご一緒に。魔物の楽園いらっしゃい!』

 ムカデの尾から舞台に突っ込んだ男は金貨を撒き散らし、高らかに喉を鳴らす。

 次はない、という言葉が決定打だったのだろうか。

 体を動かしながらも堪えていた大ムカデの片割れが、遂に客席から飛び出した。
 それを皮切りに広間中の魔物が歓声を上げて舞台に押し寄せる。

 傍観者の割合が盤上ごとひっくり返った瞬間だった。
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