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#16-2歌劇と宴
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<カリス>
「第三、聞こえますか。第三」
カリスのぼやけた視界の端に視線の合わない金髪の男が映る。
そこに薄桃色の瞳を見たカリスは、無言で上体を起こした。
その拍子に、かけられていた布がしゅるりと摩擦音を鳴らして膝元に落ちる。
視線を落とせば、純白の薄布にふっくらと弾力のある敷き布。
布の終わりには剥き出しの地面が見え、足元の近い所にまっさらなショートブーツが揃えて置かれていた。
恐らくあの男が作った簡易的な寝具でカリスは寝かされていたのだと思われる。
頭の端で、糸を操りながらいかに弾力性を出すかと四苦八苦する男の姿が浮かんだ。
「無事ですか、第三。私です、第一ですよ。ピアスがないので、こちらから貴方のことは見えないのです。どうか返事をして下さいませんか」
枕元で壁に向かって言葉を発する男を無視してカリスは周囲に視線を回らせる。
見覚えのある岩肌で囲まれた側壁を見て取ると、どうやら洞窟に戻ってきているらしいと確認した。
遠くに気配を感じるものの、自身の寝ていた空間にはカリス以外誰もいない。
奥へと進むごとに地下に潜っていくダンジョンは毛細血管のように広がり、その中にはぽっかりとした部屋のような空間が幾つもあるが、カリスが今いる空間もその一つなのだろう。
金貨の山が積まれていた広間よりも小さいが、少なくとも騎士団宿舎の一室ほどは広さがあった。
「第三、至急戻ってきてください。団長が凄まじい形相で神殿に乗り込んできましたよ。はっきりとは仰りませんが恐らく貴方をとても心配されておいでです」
ショートブーツに足を差し込みながら、寝具から少し離れた岩壁の平たい出っ張りに何かが置いてあるのに気づく。
音を立てずに近づいてみれば、丸い果実が二個と真水の入った不格好な白い器が一つ。
その手前には幼児のように歪な字で「食べて」と刻み込まれていた。
確定的な情報は皆無にもかかわらず、この字はあの男からの命令だという気がする。
星空の散った黒い瞳を脳裏に浮かべながらカリスは静かに命令を遂行した。
「貴方のことですから何者かの命令を受けての行動でしょう。ですが団長がその命令は取り消すとのことです。団長のためにも早く帰ってあげてくださいませんか」
命令、という単語に一瞬咀嚼を停止したがすぐに再開させる。
カリスは竜の討伐を団長より上位の身分の権力者に命じられてここにいる。命令者と同等、若しくはさらに上位の人間でなければ命令は中断されない。
つまり、団長にその権限はないのである。
果実を腹に収めて水を飲み干す。
また一歩、死から遠ざかった。
「魔術師団の方でも動きがあるそうですよ。もしかしたらこの機に第二を稼働する算段かもしれません。第二が出てくるとなれば少なからず何らかの被害が予想されます。そうなる前に早く戻ってきてください、第三」
竜の討伐は現在頓挫を来しているが、命令遂行の足掛かりを得る為にもあの男の傍は離れない方が最善と判断する。
絶え間なく続く声を放置し、カリスは男の気配を辿って部屋を出た。
洞窟は入り組んだ廊下のように伸びている。至る所にびっしりと張られた蜘蛛の巣を光源に進んでいくと、やがて金貨の広間に続くと思しき入口に辿りついた。
そこでカリスは違和感を覚える。
最初の侵入時には燦然と輝く金貨が痛いほど目につき、その眩い光により入り口付近から全体が見渡せた。
しかし現在、入口の先は暗闇に包まれ何も見えない。
加えて闇の中で夥しい数の気配がひしめきあっていた。その中には明らかに死霊ではない魔物の気配も読み取れる。
自身が意識を失っている間に何があったのか。
カリスは見極めるべく無感情な金眼を闇に向けていると突如、闇の中に一筋の光が差した。
光の先には、あの男。
黒衣のシルエットが淡い光に照らし出される。
俯き加減に佇んだ男は芝居がかった仕草で胸に手をあてると、優雅さを覚えるほどに、ゆったりと面を上げた。
『俺は金が好きだ。文面だとよく間違えられるのだが金ではない。金だ。黄金だ。ゴールドだ』
男は柔らかな口調から始め、時折軽く旋律を交えながら語り始める。
『しっとりとした光沢、艶やかな質感、これでもかと主張する存在感。あらゆる国家・人種・時代・文化。それらを片端から関係ねえとぶちのめし、地球上の人間を軒並み虜にした万国共通魅惑の鉱物、それが金』
話を進める毎に身振り手振りを加えていく男の語りに、カリスの首がすーっと傾いていこうとした所で「だがしかし!」と男が勢いよくマントを払った。
『その金の愛でる為の過程で君達を、若しくは君達の大事な者達を失神させてしまったのは俺の不徳の致すところ。心より詫びよう。とはいえ、謝罪を口先だけで終わらすなぞ甚だ不本意……であるならば!』
マントを払った腕が天に向かって突き上げられる。
旋律を交えるだけだった男の語りは完全に歌に移行していた。
『謝意は行動によって示されるべきだ。この俺【愛でるもの】が今宵、君達に最高の夜を贈るとしよう。存分に宴を楽しんでいってくれたまえ!』
突き上げられた腕の指先がパチン、と音を鳴らす。
暗い広間に響き渡ったと同時に、音と光の洪水がカリスの全身を包み込んだ。
「第三、聞こえますか。第三」
カリスのぼやけた視界の端に視線の合わない金髪の男が映る。
そこに薄桃色の瞳を見たカリスは、無言で上体を起こした。
その拍子に、かけられていた布がしゅるりと摩擦音を鳴らして膝元に落ちる。
視線を落とせば、純白の薄布にふっくらと弾力のある敷き布。
布の終わりには剥き出しの地面が見え、足元の近い所にまっさらなショートブーツが揃えて置かれていた。
恐らくあの男が作った簡易的な寝具でカリスは寝かされていたのだと思われる。
頭の端で、糸を操りながらいかに弾力性を出すかと四苦八苦する男の姿が浮かんだ。
「無事ですか、第三。私です、第一ですよ。ピアスがないので、こちらから貴方のことは見えないのです。どうか返事をして下さいませんか」
枕元で壁に向かって言葉を発する男を無視してカリスは周囲に視線を回らせる。
見覚えのある岩肌で囲まれた側壁を見て取ると、どうやら洞窟に戻ってきているらしいと確認した。
遠くに気配を感じるものの、自身の寝ていた空間にはカリス以外誰もいない。
奥へと進むごとに地下に潜っていくダンジョンは毛細血管のように広がり、その中にはぽっかりとした部屋のような空間が幾つもあるが、カリスが今いる空間もその一つなのだろう。
金貨の山が積まれていた広間よりも小さいが、少なくとも騎士団宿舎の一室ほどは広さがあった。
「第三、至急戻ってきてください。団長が凄まじい形相で神殿に乗り込んできましたよ。はっきりとは仰りませんが恐らく貴方をとても心配されておいでです」
ショートブーツに足を差し込みながら、寝具から少し離れた岩壁の平たい出っ張りに何かが置いてあるのに気づく。
音を立てずに近づいてみれば、丸い果実が二個と真水の入った不格好な白い器が一つ。
その手前には幼児のように歪な字で「食べて」と刻み込まれていた。
確定的な情報は皆無にもかかわらず、この字はあの男からの命令だという気がする。
星空の散った黒い瞳を脳裏に浮かべながらカリスは静かに命令を遂行した。
「貴方のことですから何者かの命令を受けての行動でしょう。ですが団長がその命令は取り消すとのことです。団長のためにも早く帰ってあげてくださいませんか」
命令、という単語に一瞬咀嚼を停止したがすぐに再開させる。
カリスは竜の討伐を団長より上位の身分の権力者に命じられてここにいる。命令者と同等、若しくはさらに上位の人間でなければ命令は中断されない。
つまり、団長にその権限はないのである。
果実を腹に収めて水を飲み干す。
また一歩、死から遠ざかった。
「魔術師団の方でも動きがあるそうですよ。もしかしたらこの機に第二を稼働する算段かもしれません。第二が出てくるとなれば少なからず何らかの被害が予想されます。そうなる前に早く戻ってきてください、第三」
竜の討伐は現在頓挫を来しているが、命令遂行の足掛かりを得る為にもあの男の傍は離れない方が最善と判断する。
絶え間なく続く声を放置し、カリスは男の気配を辿って部屋を出た。
洞窟は入り組んだ廊下のように伸びている。至る所にびっしりと張られた蜘蛛の巣を光源に進んでいくと、やがて金貨の広間に続くと思しき入口に辿りついた。
そこでカリスは違和感を覚える。
最初の侵入時には燦然と輝く金貨が痛いほど目につき、その眩い光により入り口付近から全体が見渡せた。
しかし現在、入口の先は暗闇に包まれ何も見えない。
加えて闇の中で夥しい数の気配がひしめきあっていた。その中には明らかに死霊ではない魔物の気配も読み取れる。
自身が意識を失っている間に何があったのか。
カリスは見極めるべく無感情な金眼を闇に向けていると突如、闇の中に一筋の光が差した。
光の先には、あの男。
黒衣のシルエットが淡い光に照らし出される。
俯き加減に佇んだ男は芝居がかった仕草で胸に手をあてると、優雅さを覚えるほどに、ゆったりと面を上げた。
『俺は金が好きだ。文面だとよく間違えられるのだが金ではない。金だ。黄金だ。ゴールドだ』
男は柔らかな口調から始め、時折軽く旋律を交えながら語り始める。
『しっとりとした光沢、艶やかな質感、これでもかと主張する存在感。あらゆる国家・人種・時代・文化。それらを片端から関係ねえとぶちのめし、地球上の人間を軒並み虜にした万国共通魅惑の鉱物、それが金』
話を進める毎に身振り手振りを加えていく男の語りに、カリスの首がすーっと傾いていこうとした所で「だがしかし!」と男が勢いよくマントを払った。
『その金の愛でる為の過程で君達を、若しくは君達の大事な者達を失神させてしまったのは俺の不徳の致すところ。心より詫びよう。とはいえ、謝罪を口先だけで終わらすなぞ甚だ不本意……であるならば!』
マントを払った腕が天に向かって突き上げられる。
旋律を交えるだけだった男の語りは完全に歌に移行していた。
『謝意は行動によって示されるべきだ。この俺【愛でるもの】が今宵、君達に最高の夜を贈るとしよう。存分に宴を楽しんでいってくれたまえ!』
突き上げられた腕の指先がパチン、と音を鳴らす。
暗い広間に響き渡ったと同時に、音と光の洪水がカリスの全身を包み込んだ。
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