成金竜と金色青年の黄金ライフ ~ドラゴンに転生したので惚れた人形をミュージカルで救います~

すずり

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#15-1パンツと歌劇

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<カリス>


 よく理解できないが男にとってカリスのパンツは最重要事項なのだと推測される。
 男の決意表明に、カリスは静かに首肯した。

 そしてその数分後。
 足元に散らばっていたのは、糸のほつれた襤褸切れだった。

『……』
「……」

 再び両者に沈黙が降り、風が吹く。
 腕を組んでパンツ未満の物体を見つめていた男は神妙な顔つきで頷いた。

『うん。人生何事も経験、時には見切り発車も必要だ。その結果、失敗が生まれることもあるだろう。しかし生まれた失敗は次に生かす糧となる。結果はどうあれ行動の過程にこそ真の価値があるものだ。故にこれも一つの前進。過去に学び、未来を耕す。そうつまり、今俺がやるべきことは――』

 男は突然その場で鮮やかなターンを決めるや否や、パチンと両指を鳴らし、カリスを指差した。

『求人募集だ』
「……」

 回転によって浮き上がったマントが、一拍遅れ、落ちていく。
 黒いドレープの軌跡を目で追いながら、そろそろ男に対する傾聴姿勢を放棄すべきかと検討した。

『ノリと勢いで縫うとか言っちゃったが、そもそも俺が糸を出せるようになったのはごく最近。そのうえアラベスクのごとき美麗なレースを編むことはあれど、ぎっちり糸を詰めたことなんてない。おまけに生地に対する知識も微々たるもんときた』
「……」
『つまり、そんな思いつきだけでチャチャッと作れる訳ないってことだ。むしろこの些末な修練具合でも布らしき何かを錬成してしまうなんて――中々凄いんじゃないか、俺。才能あるんじゃないか、俺』
「……」
『であれば! 技術不足の点をその分野に明るい専門家の介入によって補う。問題解決を外部委託アウトソーシングするのも一つの道さ』
「……」
『さあさあ、そうとなったら求人募集だ。いや俺の場合”人”に拘る必要はないからとりあえず”技術者募集”くらいの表現にしとこうかな』
「……」

 フンフンと鼻歌まで歌い始めた男をカリスは無言で観察する。
 パンツ一枚でここまで盛り上がれる人間をカリスは知らない。

 男は「今度は誰も気絶しないように……」と一呼吸置き、大きく息を吸い込んだ。

『急募~~ッ!』

 突如、鋭い突風が男を起点として放射線状に広がった。
 一瞬にして吹き飛ぶ、全身の水滴。
 
 知覚と同時に地を踏みしめ、後方に煽られるのを防ぎきる。金色の前髪が肌を叩くのも構わず、カリスは注視を続けた。

『求む! 衣類製造の技術補助テクニカルサポート臨時スタッフ!
 仕事内容:人間の雄一人に合わせた衣類製造の補助。竜気の糸を用いるものとする。
 給与:竜による加護、竜気、竜血のいずれか一つを選択。
 勤務時間:現時刻より日没まで。
 経験・資格:未経験OK! 種族問わず。但し勤務内容と勤務時間を鑑み、移動速度が速く、かつ細かい作業を得意とする者が望ましい。
 定員:一種族につき十五名まで。
 待遇・福利厚生:残業手当、能力給あり。希望者のみ竜の背による自宅送迎。
 勤務地は――至急、空を見よ!』

 男が天を指差すと同時に、指先から勢いよく白い塊が飛び出した。
 カリスもつられるように空を見上げる。

 ひゅるるる……と音を立てて空高く打ちあがった塊は、やがてポンと弾け、金色の空に蜘蛛の糸で出来たレースの花が咲いた。花火の代用だと推測される。

 確かに遮蔽物の少ない開けた川辺にあれだけ可視性の高い目標が上がれば、現在地の特定も容易であると認識した。

 しかし、一つ解せない点が残る。

「……」
『ふっふっふ、急くな急くな。何も言わずとも言いたい事は分かる。なんで全部歌で表現したのかって所だろう?』
「……」

 急募、から入り、空を見よ、と締めた部分まで、何故かこの男は歌劇俳優のように抑揚をつけて歌いあげたのだ。

『実は今日、ダンジョンの初訪問でご挨拶するために大声上げて歓呼したんだけどさ。ちょっと大声すぎたみたいで、周りにいた感受性の高い子がみ~んな気絶しちゃったんだよねえ。だから今回はそうならないよう、ちょっぴり手心を加えてみたのさ』
「……?」
『音程の変化だよ。同じ爆音でも音が大小揺らげば幾分かはマシになるだろう? ただのシャウトよりも強弱つけた歌の方がダメージを軽減できるって読みさ。ついでに妙な歌の物珍しさで好奇心旺盛なやつが来てくれりゃあ御の字だ。使えるものは何でも使う主義でね。目標達成の為なら幾らでもピエロかましていくぞ』
「そうか」

 今回は概ね疑問点が解消され、静かに首肯した。
 男の発言内容は正確である可能性が非常に高い。

 なにせ男が話をしている最中、既に虫や野鳥の群れがカリスと男を取り囲んでいたのだから。

 遅れて気づいた男がキョロキョロ辺りを見回すと、ぱっと笑みを浮かべて両手をすり合わせた。

『おお~~結構集まったな。初めまして皆。来てくれて嬉しいよ。まずは感謝を。俺は【愛でるもの】。こんななりだが一応竜だ、よろしく頼む。こんな夕暮れ時に雇用の募集をかけてすまないね。君達にはこれからそこにいる彼の下着を作るにあたり、作業中の補助を請け負ってもらいたい。気になること、分からないことがあれば直ぐ声をかけてくれ。雇い主だからって遠慮は禁物だぞ』

 虫と野鳥相手に男がニコニコと話しかけている。
 この意識に直接語り聞かせるような念話は他種族にも有効らしい。

 人形のカリスでもこの状況を傍から見れば精神に異常をきたした痴人のさまであることは認識していたが、指摘の命令を受けた訳でもないので唇を開くことはなかった。

 ちゅんちゅん、くるっぽー、ぶぶぶぶぶ……

 男が発言するとその都度、各自何がしかの鳴き声や動きを示した。
 蛍に至ってはカリスの聞く限り終始無言であったが、男が目線を合わせるようにしゃがみ込みながら「うんうん」「そっかー」「来てくれてありがとうね」と受け答えしているので会話は成立しているらしい。

『来てくれたのはええと……ご近所のお山に住んでるハトくんにスズメくん、川辺の蛍くんに、二つ隣の山奥からやってきた蜂くん……あっ君達、魔物? 紅殺蜂レッドキラービーっていうの?』

 カリスも蜂を注視すれば、魔力は弱いながらも確かに魔物の類と認識できた。
 雑草の葉で羽を休ませた魔蜂に顔を寄せた男が、明度の違う深紅の両目を軽く見開かせる。

『へえ本当だ。お尻にルビーみたいなのくっつけてる。なるほどここに魔力を貯蔵しているんだね……ふむ。ほうほう……うーん、魔物の君達は思考が安定していて非常に聞き取りやすいなあ。普通の動物だと念話の効きが弱いけどその分ダメージは出なくて、魔物だと念話の効きが良い代わりにダメージデカいのか……よしよし、今後の参考にさせて貰うよ』

 さて、と立ち上がった男が視線を巡らせる。

『全員、俺の言っていることはわかるかい。あ、わかる? ん、蜂くん達は歌の方がストレスなくていい? オッケーやってみるよ。皆、日没までよろしく。じゃあ始めようか!』

 ぱん、と褐色の手が柏手を打つと、虫や野鳥たちが羽を広げて飛びあがった。
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