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#14-2変化とパンツ

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<カリス>


 問うべき問いは投げかけた。答えも得た。
 しかし、このような回答では命令遂行の指針決定に支障をきたす。

 命令は遂行しなければならない。その中でも”グルド山のダンジョンに棲みついた竜の討伐”という命令が、現在最優先である。
 命令を遂行するには目の前の対象が”竜である”と確定されなければならない。しかし同時に討伐対象外の”人間”でもあるという。

「……」

 分からない。いかなる行動を起こせば人形として正解なのか、不正解なのか。
 立っているのは正解なのか。止まっているのは不正解なのか。
 口を閉じているのは正解なのか。瞼を開いているのは不正解なのか。

 こうなってくると指先を動かすことすら躊躇する。
 カリスの意思決定は混迷を極めた。

 何をどうすれば良いか分からず、カリスは迷子の幼子のように立ち尽くす。
 幼少の頃より騎士団の出す命令に唯々諾々と服してきたカリスは、この宙ぶらりんの状況により自身の人形としてとるべき行動を完全に見失っていた。

『まあそこはおいおい説明するとしよう。今度は俺の番ね。とりあえず自己紹介といきたいところだが、話を始める前にまず君に言いたいことがある』

 男は両手を腰に当て、胸を張ると、にっこり笑みを浮かべて言い放った。

『パンツ履けよ』

 カリスは黙ったまま周辺を見回す。広がる草原。何もない。
 パンツを履けとの命令だが現在、視認できる範囲にパンツはなかった。

 そんなカリスをよそに、男は「カーッ。や~っと言えたわ~、スッキリだわ~」と額の汗を拭う動作をしている。
 実際に汗は掻いていない。

「……?」
『いやパンツだよ、パンツ。この近場のどっかに脱いで置いてきてるんだろ、君のパンツ』

 そんなものはない。
 森に入る手前までパンツを含む騎士の制服は着用していたが、それをカリスが所有していた訳ではない。カリスの身の回りにある所持品・装備等は騎士団から貸与されたものである。カリス個人のものではない。そして制服はパンツを含め返却済みである。
 そもそもカリス個人が所有しているものなど、この素肌を晒している肉体ぐらいのものであった。その肉体すら「性器を咥えて腰を振れ」と命令されれば言葉通りに実行するほど所有権が曖昧なものである。
 よって現在、この世に”カリスのパンツ”なるものは存在しない。

 黙するカリスに男は狼狽し始めた。

『ええ……じゃあ君、家から全裸で出てきたの。そこまで変態なの。それとも君の住む町全体がそういう感じなの。すっぱだ会場なの。すっぱだ文化なの。でも君以外の現地人を見たことあるけど、ちゃんと服は着ていたぞ』
「……」
『うーん、このノーコメント。他には……そうだなあ。パンツを持ってきてすらいないとか? いや流石にそれはな』
「ああ」

 事実に相当する言葉が出てきたので首肯すると男はザッと一歩、まるで魔物から雷撃を受けたかのように後退った。

『ええ~~ッ!? う、嘘でしょ君。本当に家からその恰好で……? まさか日頃からノーパン全裸主義とか』
「……」
『あっ違う? ふむ。段々君とのコミュニケーション方法が分かって来たぞ。数多の理不尽に晒された結果、最終的に死相浮かべてイエスしか言わなくなったブラック企業の社員みたいだな君……いやしかし。前進はよいことだ、うん。森羅万象、全ての事柄にポジティブあり』
「……」
『ようし、それじゃあ適当に質問するから合ってたら「ああ」なり「うん」なり言ってくれ。鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス。俺もインターネットという大海に住まうランプの魔人になってみようじゃないか』

 後半の変わった海の名前も魔人とやらもカリスの知識になかったが、前半の命令ならばカリスにも理解できた。
 命令を遂行すべく「ああ」と頷く。男は満足げに胸を張って笑みを浮かべた。

『よしよし、その調子。じゃあいくぞ。そのスッポンポンな恰好は君の趣味?』
「……」
『ノーか。ほう。なら現在君が裸なのはそうせざるを得ない理由があった?』
「ああ」
『ううむ、どんな理由なんだろう……ん? おっと、いかんいかん。問題を見失うところだった。今大事なのはパンツだ、パンツ。よし、話をパンツに戻そう。君はパンツを持ってすらいないといったね。じゃあ聞くが、君の家にパンツはある?』
「……」
『家にもないのかあ……』

 男が腕を組んだまま、どこか遠くを見遣る。
 カリスも視線を追いかけてみたが、空には何もなかった。人形には見えない何かが男には見えているのかもしれない。

 厳密には家を所有しているのではなく騎士団の宿舎を拠点としているのだが、そこまで詳細に話せと命令されている訳でもないのでカリスはそのまま沈黙を保った。

 男が口許に指先をあてて熟考を始める。
 眉間に皺を寄せ、半眼になるまでゆっくり降りていく褐色の瞼に目を離せず、カリスがぼんやり眺めていると、男は絞り出したように問いを零した。

『……服、持ってる?』
「……」
『…………貧乏なの?』

 カリスは思索した。
 貧乏とは、財産を比較的所有していない者を指す言葉だったはず。
 所持品を全て騎士団から貸与されているカリスにはこれ以上ないほど相当する言葉だと認識した。

「ああ」
『ウッ』

 カリスが首肯するや否や、男は両手で顔を覆った。

『俺、色んな国に行ったけど、パンツ一枚も履けない貧乏人見たことない』

 男は顔を覆ったまま「それでも葉っぱで覆ったりとか」やら「いや天涯孤独でそんな知識すら……?」やらブツブツと呟いていたが、暫くしてがばりと顔を上げた。

『俺、縫うよ』

 何かを縫うらしい。

『君のパンツ、縫うよ!』

 パンツを縫うらしい。
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