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#12指を突きつけまして
しおりを挟む噴き出した俺の竜気は間欠泉のように洞窟を貫いた。
金眼を愛でたことによって体内に蓄積されていた竜気が一気に放出されていく。
漲る万能感をよそにスライム状の銀血を振り払い、口を塞がれながらぼんやり突っ立っている男の腰をひったくると、穴に向かい地を蹴った。
踏み込んだ振動で噴きあがる金貨の波しぶき。それを背に、全身で風を切る。
人間の形態でもある程度の脚力は維持されていることに内心ホッとしながら、遥か頭上にぽっかり空いた暗闇の出口をしかと見据えた。
先ほど金貨を浮かべた銀白色の液体金属――水銀。その強烈な毒性でよく知られる水銀は重金属と謂われ、その名の通り、鉄より重い。
金と水銀なら圧倒的に金の方が重いのだが、計りにかけた金貨は先ほど確認したように貨幣として硬度を維持させるため予め他金属と混ぜてある合金なので、水銀の方が重くなるのだ。
――そして金貨は浮いた。
口を塞がれながら脇に抱えられる体制で俺の腕にぶら下がった男を見やると、宝玉をはめ込まれたような黄金の瞳が静かに俺を見返した。
迅速にこの男を洞窟から引き離さなければならない。
水銀は常温で蒸発する。
水銀の近くで息を吸うだけで水銀蒸気が体内に蓄積され、急性中毒に陥る危険性が大いにあるのだ。
洞窟内は冷気を感じるほど低い温度に保たれているが、肝心の水銀自体が俺の体温で温められている。
洞窟に安穏ととどまっていられるほど猶予があるとは思えない。
かつて金鉱山の事業に携わっていた身としては、身の毛もよだつ事態である。
金を抽出する安価な方法として、金を含んだ鉱石と水銀を混ぜ、その後水銀を蒸発させて飛ばすアマルガム法というものがある。
当然、その方法を使えば水銀を含む猛毒のガスが発生する。周囲の人間も環境もすべて水銀に侵されてしまう危険な抽出方法だ。
発展途上国では未だにコスト削減の面から、このアマルガム法で金を抽出している現場もあった。
これを寄付や技術提供をすることで何とか事態を打開しようとした時期もあったが、寄付金は意に沿わぬ形で権力者の懐に収まり、ひもじさは止まらず子供達は金につられ、水銀で砂金を洗いに家を出る。
結局、根本の貧困をなくさなければ元の木阿弥なのだ。
視察の折に見た眩しい光景が蘇る。
燦々と降り注ぐ陽の光の中、輝き波立つ川辺、子犬のようにはしゃぐ子供達。その無邪気さを裏切る、体の細さと手足の震え。
現在の温かさと未来の冷ややかさと己の無力さが歪に入り混じる光景だった。
記憶の中でハーレーションを起こしたそれが、眼前でぼうっとこちらを眺める金眼の青年と重なり合う。
この男は見たところ二十代ほどの若々しい青年。こいつにはまだ数十年もの寿命が残されている。
この美しい金を、こんな所で、こんな形で、濁らせる訳にはいかない。
金を愛でる者として、そんなことは絶対に許さない。
だいたい竜である俺の寿命がどれだけあると思っているのだ。ただでさえ俺より短命なのに愛でる時間をこれ以上減らされるなど堪ったものではない。
何が何でも寿命を全うさせてやる。そして寿命ギリギリまで愛でてやる。
『もうちょっと我慢しててくれよ!』
穴の内部をぐんぐん上昇する中、特に反応のない男を側壁にぶつからせないよう抱え直していると、ようやく充満していた土臭さが抜けた。
鼻腔から肺に瑞々しい空気が滑り込む。
闇の終着点を抜ければ、覚めるような夕陽が右目を刺した。
竜の渾身の脚力は地上を遥か越え、大空高く跳びあがる。
竜の体で飛行していた際には新緑で埋め尽くされていた景色は苛烈な茜色に染まっていた。
森も山々も背後に暗い影を落とし、今日という日を終えようとしている。
やがて雲を近くに感じられるほどまで浮上し、次第に頬を切る冷たい風が下降へと転じていく中、眼下に広がる平原にかつて盛大に犬神家した川を見つけた。
あそこだ。
あそこに行きたい。
直後、背中がふわりと軽くなった。
はたと気づけば人間の形態をとった俺は現在、全身真っ黒な制服にマントを羽織っている。制服は留金の先端まで真っ黒で、唯一マントの裏地だけが毒々しいほどの深紅。
首元には角ピアスとして使っていた金の首飾りが、その本分を全うしていた。
デザインだけ見れば金旅行の際、白けた後継者の隣で「け、結構かっこいいじゃん……」と密かに胸躍ったイタリア国家憲兵の制服とよく似ている。
竜の体から変異したなら俺も変態男と同じくすっぽんぽんになるのでは、と思ったが黒い袖をよくよく見て驚いた。
これ全部、鱗だわ。
人間の形態をとる過程で切り離された鱗が繊維の代用となって編み上げられているのだ。
何でこんなことになってんだ? とも思ったが、変態男と同じレベルになりたくない自分の無意識によるものと考えれば肯ける。いや無理やりでも肯いておく。
とにかく俺は裸じゃない。鱗だけど全裸じゃない。隠しているから変態じゃない。
全方位オーキードーキー。
――……待てよ、となると。
やたら軽いマントを、はためかせるイメージで意識すると思った通り、いつもより小ぶりな俺の翼に変異した。
パッと見、上質な布に似た質感からメリメリと爬虫類的な翼に変貌したので、その過程が何だかちょっぴりグロテスク。
よっしゃとガッツポーズしたい気持ちを抑え、目当ての川へすぐさま向かう。
川の中央でふわりとホバリングすると同時に、変態男をぽいっと川の中に放り投げた。
『息してよし!』
ばしゃんと水の中から男が頭を出したタイミングで奴の鼻先に指先をつきつける。
美しい金眼の持ち主とはいえ、相手は変態男。変態に払ってやる礼儀はないのだ。
『俺は一旦、洞窟内の毒物を処理してくるから、ここで待っていて欲しい。あそこは借家みたいなものだから周りに棲む者たちに迷惑を掛けたくないんだ。君は俺の血液から出た毒ガスを吸い込んだ可能性がある。君が健康体か確認するためにちゃんと戻ってくるから、それまでにうがい、手洗い、深呼吸をやっておくように。君が俺を退治したいのならば、その後にしてくれ』
聞いているのか聞いていないのか、濡れそぼった男はつきつけられた指先をまじまじと見ている。
ぬッ。こいつ、マイペース型だ。
こういう社員には報・連・相の他にも要所要所で確認作業をした方が頭に入りやすい。
『これから君がやることは、うがい、手洗い、深呼吸、そして待つ。分かったかい?』
言葉の端々に棘を出さないよう努めて言うと、男はようやく目線を指先から俺の顔に移す。
そして二秒ほど何か考えた後、ぽつりと呟くように「分かった」と答えた。
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