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#10選択を迫られまして
しおりを挟む全身素っ裸の露出狂が剣を片手に物陰から現れる。
これが変態以外の何なのか。
「キャ~~~~ッ! イヤッ。おぞましいっ。俺に近づかないで!」
股の間でぶら下がっているものから懸命に目をそらしつつ、淑女の声帯なら確実に絹を引き裂くような、と表現されそうな悲鳴を上げてしまう。
お前にも同じモンついてんだろうがシャッキリせい、とか言われそうだが無理だ。剣を構えているところが余計に無理。
文句言う奴は見知らぬ全裸の同性が刃物片手に電柱の陰から現れるシーンを想像しろ。無理なもんは無理。
だいたい俺は前世で小学生をしていた時分、よくこういう目に遭っていた。
図書館で不遇な成金ドラゴンの末路に目を赤らめながらスンスン鼻を鳴らして帰路についていると、どこからか多種多様な変質者が現れ出で、最悪の場合しつこく追いかけてくるのだ。一体俺が何をしたというのか。
幼少期に刻まれた恐怖が蘇り、白目を剥きそうになっていると遂に変態が動き出した。
まずい。思わず上げてしまった悲鳴だが、念話ですらないそれは相手にとっては竜の咆哮だ。威嚇と思われても仕方ない。
走りだした変態の男は異常なスピードだった。手足を前に出す速度が半端じゃない。
先ほど気配を追っていた時も思ったが、まるで倍速の映像を見ているような神速だ。変態ながら男の見事なブロンドが残像となって蛍光マーカーのように宙に残る。股間痛くないのかな。
攪乱の為か不規則な方向転換の繰り返しで動きが読めない。奴を止めるにしても、まずは足を止めなければ。
俺の竜気は濡れそぼった蜘蛛の糸。相手を捉えるには好都合だ。
有り余る竜気をありったけ放出させ、変態の行く手を遮るように細かく編み上げる。そのまま包み込むようにして男を捕獲――するかと思ったその時、小さな裸体が地面を蹴った。
「あっ!?」
思わず声を上げてしまう。
後方に飛びのいた男は、勢いをそのままに洞窟の側壁を凄まじい速さで駆け上がったのだ。
慌ててはたき落とすべく竜気を放つも、男は右へ左へ的確に避けていく。あの攪乱の動きだ。なんと壁を走りながら方向変換している。
一瞬相手が露出狂ということも忘れ、思わず見入ってしまった。
こんなことが可能なのか。人間が壁を走るのも限界があるだろうに、その神速で無理にでも可能にしているのだ。少なくとも俺は競輪や曲芸位でしか見たことがない。
それも滑らかなコンクリートならまだしも、洞窟のごつごつとした起伏のある側壁なのだから舌を巻く。
にしてもこの速度。竜の俺から見る小ささ、不規則な動き。そして壁走り。
何かがデジャヴする。はて。なんだっただろうか――……
ふと思い出してはいけないものが脳裏を過ぎる。
かつて徳を積むべくボランティアの一環で訪問していた養護施設の壁。二つの触覚。細い手足。小さな体。高速でカサカサした動き、黒光りの――……
「キャ~~~~ッ!!!」
自覚した途端、さっきとは別種の恐怖に悲鳴を上げる。
綺麗好きの俺にとって、アレは変質者に匹敵する衝撃の遭遇だった。
『こ、ここ、こっちに来るんじゃないっ。お、俺は金は好きでも金玉にゃ用はないぞ!』
完全にどもっているが何とか念話を成立させ、全身を竜気で完全武装する。硬度を高めて繭玉のように編み上げた竜気は俺の最大の守りになる。
人間一人にやりすぎな感は否めないがアレと重なってしまった以上、極力触りたくないのだ。いや触るものか断じて。
俺の竜気を避けながら壁を走っていた変態男は俺の球状に編み上げた竜気を見るや、すかさず骨の剣を投擲した。
文字通り投げやりになったのかな、なんて呑気に思っていたがとんでもない。
俺の竜気は蜘蛛の糸。我ながら美しい紋様のように編み上げていると思う。だが、美しさを保ちながら紋様のように編み上げているということは、糸の間には僅かにも隙間があるということ。
奴はその僅かな隙間を狙い、糸に触れるスレスレで骨の剣を投擲したのだ。俺の竜気を避けつつ壁を走りながら。
迫りくる剣を紙一重で躱し、吐息をつく間もなくまた剣が向かってきてギョッとした。
剣が内部で跳弾を起こしているのだ。竜気は最硬度で球状に俺を包んでいる。竜気の内部から剣を吐き出さない限り、剣は延々と俺に向かって跳ね返ってくる。
剣を壊すのは簡単だが、これは元は骨士くんの大腿骨。これ以上傷つけるわけにはいかない。
ええいままよと一旦、竜気の繭を解き、そして後悔した。
壁を走っていた変態の男が壁を蹴って跳躍し、吐き出された剣を宙で掴み取ったのだ。
寸でのところで二回目の回避を終えた俺は竜気を纏っていない、無防備。目の前で骨の剣が瞬時に一回転する。男の構えなおした剣は切っ先を俺に向けていた。
なんなんだこの化け物は。こいつの方がよっぽど魔物じゃないか。
しかし、腐っても俺は竜。
今から竜気を練り上げても間に合わないが、まだ避けるほどの余裕はある。
スローモーションのようにゆっくり時が過ぎていくように感じる中、俺の視界の端で何かがキラリと煌めいた。
何だ、と思う間もなく目に飛び込んできたものに俺は愕然とした。
変態の男の目だ。あろうことか、この変態は金眼の持ち主だったのだ。
それも所謂、金眼とは名ばかりの琥珀ではない。どんな光も跳ね返す、見紛うことなき黄金の瞳。
「はあああああッ!?」
先ず胸に去来したのは、あり得ない、という驚愕だった。
人間の目でこの金色はあり得ない。というのも自然界に於けるこの色の瞳は主に深海魚でよく見られるもので、その筆頭が冬の味覚でお馴染み、キンメダイだ。
赤い色の魚体にギョロリとした目、その瞳は名前通りの金色。キンメダイの瞳の奥にはタペータムという光の反射膜があり、それが金色に輝くのだ。
反射膜は真っ暗な深海で獲物を見つける為にわずかな光を搔き集める反射層で、謂わば星の光を幾万倍にも増幅させるスターライトスコープのような役割を果たしている。
軽いもので言うと、よく闇の中で犬や猫の瞳が不気味に光るアレである。キンメダイの反射膜はその最たるものであり、深海魚以外で金眼をもつ生物には早々お目にかかれない。
つまり黄金の瞳というのは地上で暮らす人間には絶対持ちえない究極の瞳なのだ。
それが今、目の前にある。
この事実を認識した途端、猛烈な怒りが胸に沸き起こった。
俺は自他共に認める金キチ野郎だ。それ故、金に反応するのもピカ一である。
なのに何故今の今まで気づかなかったのかと言えば、やはりこいつが露出狂の変態であったからだ。
変態を視界に入れないよう目をそらしてしまったが為に俺はこの男の金眼に気付けなかった。この事実に頭を殴られたような怒りが沸き起こる。
なんたる無様。なんたる屈辱。
それもこれも全部この男が露出狂の変態であるせいだ。
――こいつ、この俺に金を二の次にさせるとは……!
許せん。こうなったら一刻の猶予もない。早くこの目を愛でなければ気が済まない。
それがせめてもの金キチ野郎の矜持である。ここで愛でずして何が【愛でるもの】なのか!
今も迫りくる骨の剣。その切っ先の向かう先は俺の左目だ。
俺の鱗は岩肌のようにごつごつとしていて見るからに硬い。骨の剣など容易く弾くだろう。故に標的を粘膜に絞り込んだのだと窺える。
ここで俺は自分が究極の選択を迫られていることに気づいた。気づいてしまった。
剣を避けるか、男の金目を愛でるかだ。
たぶん秘書の近藤くん辺りなら
「え? 何を仰っているんですか? これ以上ない生命の危機ですよ? 疑う余地なく当然、避けますよね?」
とドン引きの困惑顔を浮かべるだろう。
だが俺にとって、これは究極の選択だ。
自分の片目をとるか、己の金キチ野郎の矜持をとるか。
前者をとれば当然、俺の左目は安泰だ。やろうと思えば上空からでも人間の服装がしっかり見えるほどの視力は保たれるだろう。
しかしその場合、俺の矜持は激しく傷ついてしまう。これから長い竜の生に於いて俺は永遠にこのことを悔いながら生きていくことになるだろう。
対して後者をとれば俺の矜持は守られる。自他ともに恥ずかしくない金キチ野郎として生きていけるだろう。
だが必然的に俺の左目は損傷してしまう。下手をすれば失明するかもしれない。加えて金を愛でる時には一つの目に頼ることになるだろう。
避けるか、金か。
片目か、矜持か。
どうする……本当にどうする!?
あわ。あわわわーっ。
いやいや金だろう! だって俺だぞ。金キチ野郎の俺だぞ。ここで金を愛でずして何が金キチだ。
いやでも目って大事だ! 金を愛でる時に片目がなきゃ存分に脳に叩き込めないじゃないか。だいたい金眼を愛でるにしてもこいつ露出狂の変態だぞ。要らんもんまで一緒に見てしまう。
迫りくる切っ先。迫られる選択。
剣先はもう目と鼻の先まで来ている。
んぎいいいいいッ――!
金。
左目。
金。
左目。
金。
左目。
金。
左目。
やっぱ金。
いや左目。
んぎぃ金。
んいぃ左目。
ん金ッ。
ぃ左目ェッ。
「ウオオオオオ――ッ!」
そこで唐突に俺は【慈しむもの】の語った兄の存在を思い出した。
両目を刳り貫かれてなお、竜の格言を残しこの世を去った最高の兄竜。
両目。そう両目。
そして今俺に迫る危機は片目。
生き物にはなぜ二つの目があるの?
そう、それはね。
「きっと予備の為だ――!」
左目に強烈な熱が散った。
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