《完結》聖夜の恋はツリーの中で

すずり

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聖夜の恋はツリーの下で

end

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 耳に流れ込んでくるのは、デパート客のざわめき。遠くに聞こえる聖歌隊のクリスマスソング。

 気がつけば、二人はクリスマスツリーの下で向かい合っていた。ツリーの頂上には陶器の天使が天に向かって祈りを捧げている。ツリーは、ぐらついた形跡すらなかった。

「戻っ、た……?」

 互いに握った手を見て、自らのコートの袖に気づく。
 雪雄は綺麗めのチェスターコートで、一星はファーフード付きのモッズコート。ちゃんと大人の姿に戻っている。
 だが一つだけ、なくなったものがあった。

「あっ……」

 胸ポケットに差していた氷の薔薇は、いつの間にか溶けていたようで、互いのポケットを水浸しにしていた。
 よく持った方か、と少しだけ残念に思っていると不意に握った手に力を込められる。顔を上げると、夜空の瞳が真剣な眼差しで雪雄を射貫いていた。

「ユキ、これからの予定は?」
「え?」
「このままどこかに行くとか言わないよな。その、前の恋人の所だとか」
「行くよ」
「な」
「デパートの玄関。聖歌隊のイベントまだやってるみたいだから、聴きに行きたいんだ。ついでにコートもここで買い換えようかな。このコート質は良いんだけど、ちょっと生地が薄くて寒いんだよな。付き合ってくれよ、俺の今彼さん」
「……ユキ!」
「はは。いっせ、む!?」

 がばりと抱きしめられる所までは予想済みだ。が、両手で顔を掴まれて食らいつくようなキスが来るとは思わなかった。熱い吐息が唇に触れ、胸がぐっと締め付けられる。

 でも外! 場所! 衆目!!

「わあ~! お母さん、あのお兄さんたち仲直りしたのかな?」
「そ、そうなのかしらね……」

 ぎぇああああああこの地域で一番の良い子がああああああああ!!
 夢見るように目をキラキラ輝かせる女の子もそうだが、その隣のお母さんと思しき女性から放たれる“同性愛者に偏見はないが公衆の面前でイチャつくのは如何なものか”と言いたげな眼光が半端ない。

「ここですんな、ここで!」
「痛い」

 待てが出来ない男前の額をひっ叩くと、にやりとした顔で返される。

「やれやれ、俺の頭をそんなに強く叩くなんて。俺の恋人はボーリョク的だな」
「……言ったな。あーあ、今日は用事が終わったら俺ん家で自宅デートに誘おうと思ったのに。そういう態度を取るんじゃあ、お預」
「ごめんなさい」
「早い早い」

 二人にだけ意味が通じるじゃれあいに、自然と笑みが零れる。

 雪雄はコートのポケットから端末を取り出し、元恋人に謝罪と別れのメッセージを送った。連絡先の欄で一瞬、迷う。
 が、じっと“待て”と命令されたようにこちらを見つめる一星の姿に、自然と指が動いた。雪雄の端末から元恋人である“近藤月彦”の名前が消える。
 きっと、これで良かったのだ。

 揉めていた二人が解決したと認識したのか、周りの客は興味をなくしてツリーの方に注目していた。
 それに倣い、雪雄と一星もツリーを見上げる。
 陶器でできた天使はツリーの電飾に照らされ、きらきらと光り輝いていた。星に向かって祈りを捧げる乙女の天使――そのすぐ下にはベルのオーナメントが……ない。

「あ」
「あ」

 巻きつけられた綿の最終地点近くにあったのは、ベルのオーナメントではなく――ジンジャーブレッドマンのオーナメントだった。
 毎年何度も見ているクリスマスツリーだが、そんなオーナメントは見たことがない。ということは。
 角度によって表情を変える陶器の天使は、笑っているように見えた。
 雪雄と一星は顔を見合わせると、互いに笑みが深くなる。

 金色の光が満ちる中、クリスマスキャロルが祝福の喜びを謳っていた。
 握った手が少し汗ばむが、それでも雪雄には言いたいことがある。

「一星」
「ん?」
「良かったら来年も……再来年も、その先も。こうしてクリスマスを一緒に過ごしてくれるか?」
「もちろん、喜んで」

 今度は雪雄の方から手を伸ばす。悪戯っぽい顔を真似てやれば、愛おしげな顔をされてしまって参った。

 こっそり周囲を見回してみる。誰もがツリーを見上げていて、こちらを見ていない。そのことを確認した雪雄は掠めるように一星に口づけた。
 目を見開いた恋人は、鼻の頭を赤くして誤魔化すように笑う雪雄に、半ば泣きだしそうな笑みを浮かべる。

 夜空に舞い上がる、溢れんばかりの光。ツリーに降りしきる黄金の雨粒が二人を照らす。
 かつて彼らが思い描いていた光景は、大人二人のシルエットとなった。
 天使の歌声が冷たい空気を震わせる。
 二人の背中は淡く弾け、眩い金色の中へと溶けていった。





 翌年。クリスマスを迎えた夜空には真っ白な淡雪がちらついていた。
 あるマンションの一室では窓辺にスノードームが飾られている。閉じられたカーテン越しには男性二人の笑い声が漏れ聞こえていた。
 キッチンのオーブンから少し風変わりなジンジャーブレッドマンが顔を出すのは、まだもう少しだけ先のお話。



《end》



ここまでお読み下さり、ありがとうございました!

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