《完結》聖夜の恋はツリーの中で

すずり

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それぞれの聖夜

#2

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「……悪かったよ」
「全くだ。心配かけさせるな」
「心配」

 思わず口に出すと、一星はしかめっ面で「当然だろう」と僅かに唇を突き出した。
 いつも冷静でいるくせに、どこか子供っぽさが垣間見える一星に何故か胸を掴まれたように苦しくなる。

「俺に心配されるほどの価値なんてねえよ」
「なんだって?」

 静かに責めてくる涼やかな瞳に、雪雄は自然と自分の過去を語っていた。
 不思議なものだ。今まで恋人にすら教えなかった自らの過去だが、この男なら「ふうん」の一言で済ますような気がして、それが逆に心を軽くしていた。

「ふうん」

 聞き終えた一星から本当に出てきた一言に、吹き出しそうになる。
 そういえばこの男は「こんな時に何を言えばいいのか分からない」と言っていたが、あれは本気で困っていたのかもしれない。

「それでなぜ自分に価値がないなんて所に着地してしまうんだ」
「いや、恋人に死んだ父親の穴埋めさせてたんだぞ。理不尽で最悪で、最低だろうが」
「……そんなに価値がないなら俺にくれ」

 一星の言葉を理解しようとして、視界がブレる。はたと気づけば靴下のゴム口から覗く夜空が見えた。手をついて、こちらを見下ろす一星の顔も。
 四方から差し込む電飾の温かい光が、近づいてくる一星を淡く照らしていた。
 唇にやわい感触を覚え……じわじわと理解が広がっていく。

「へ、あ……いや、なんで?」
「やっぱり、俺がお前に惚れてること気づいていなかったのか。結構な頻度で秋波送ってるつもりだったんだが」
「惚れ……はぁ!?」

 鼻キス状態でそんなことを急に言われても頭の整理が追いつかない。
 雪雄は不細工ではないが美形というほどでもない、そこらへんでよく見かけるような平凡顔だ。今夜初めて出会った中で、こんな美形に好かれる理由など露ほどもない。

「分かった。アンタ、」
「からかってる訳でもないからな」

 呆れたようにバッサリ切られて口を噤む。

「で?」
「でって何がだよ」

 急な告白にしどろもどろしていると、わざとらしく息を吐かれる。

「俺は許容範囲内か?」
「へ」
「俺に見込みはあるのかと聞いている」
「え……あ……」
「ユキは恋人とヨリを戻したくてを追いかけてる途中だったんだろう。だがその恋人には父親の影を見ていた訳で、現在ユキはそのことを悔やんでいる。ならそいつはもうユキにとって恋人じゃなくて元、恋人だ。そいつももう別れた気でいるし、俺が空いた恋人のポジションに収まっても何の問題もない。そして俺はそこに収まれるかを聞いているんだが」
「うわ急に早口になるやつ」
「好きだ」

 刻み込むような言葉の衝撃に、固まってしまう。

 茹蛸状態でぱくぱく口を開いては閉じるを繰り返す雪雄に、一星はキスの雨を落とした。ちゅ、ちゅ、とリップ音が顔中に鳴ったと思ったら、丸ごと食べるように唇を塞がれる。
 舌を吸い上げられると一瞬、腰が熱く痺れた。周囲から差し込む黄金色の光が二人を包む中、余裕のないディープキスの水音と荒い息遣いが冷たい外気に震える。

「返事」
「待っ……ふぐ」

 答えようにも嵐のような口づけで言葉を紡げない。
 その最中にも一星の男らしい手は雪雄の体を這いまわり、際どい場所を撫でては辿っていく。乳首をコートの上から強く擦られ、ンッと息を詰めると息を荒くさせた一星がコートの裾から手を突っ込んできた。
 固い皮膚の指先に乳首をつままれてしまうと、勝手に腰が揺れてしまう。

「はっ、あっ、ちょ、待てって!」
「待たないし、もう好きにする」

 どう見ても嫌がっているように見えないしな、と吐息交じりに耳元で呟かれ、ぞくぞくとしたものが背筋を駆け上がった。
 実際その通りなのだ。びっくりするぐらい嫌悪感が湧いてこない。むしろ痛いほど鼓動が胸を打ちつけている。それで好きなのかと聞かれれば――まあ、好きなのだと思う。多分。結局のところ。
 しかし恋人を失った直後にハイ次で、と軽く乗り換えることに対して後ろめたさがあった。もうちょっと時間が欲しい。
 それを正直に伝えると、一星は眉尻をぴくりと動かし、そしてまた手を動かし始めた。

「ええええ、なんで? なんで!?」
「うるさい。時間を置いたら、まだもう少し、やっぱ止め、なんて言う可能性が出てくるだろう。ふざけるな。押したらイケそうな状況で振られる要素を自ら作る馬鹿がどこにいる」

 押したらイケそうと思われてんのかい。
 心の中で密かに突っ込むが、純然たる事実だった。

「いやなんで? なんで俺なの!?」
「それは俺と恋人になったら教える」
「おい」
「俺の事情は一旦置いて、ユキの中にある気持ちを教えてくれ。もう一度言うぞ。好きだ。ユキはどうだ」

 覆い被さった一星の真剣な表情に息を呑む。黄金色の光や夜空よりも、熱の籠った眼差しの方がよほど美しかった。
 うっとりと見惚れ、自分の口から「俺も」と滑り落ちたことに気づいたのは、一拍後になってからだった。

「ユキ……」

 感極まった一星が僅かに目を潤ませる。水膜の張った黒曜石に、ぎゅっと胸を締め付けられた。

 どちらともなく唇が合わさる。そこから先は互いを貪るように口づけを交わした。
 いつもは年上にリードされての行為だったため、ここまで欲情剥き出しの交わりは初めてだ。早鐘を打つ脈動が耳の奥まで響いていた。

 張りつめたパンツの前を布越しに擦り合わせる。雪雄の淫らな腰つきに、一星が生唾を飲んだのが分かった。

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