《完結》聖夜の恋はツリーの中で

すずり

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それぞれの聖夜

#1

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 ひたすら上ってみたが、一星がやろうと思えばすぐにでも追いついてしまうだろう。
 道中たまたま通りすがった靴下のオーナメントが目につき、少し考えて開いたゴム口から中に入り込む。
 今までのように別世界に行くならそれもいいと思っていたが、生憎周りの景色は靴下の内側から変わらない。
 座って、馬の頭ぐらいはありそうな毛糸の出っ張りに寄りかかる。ここなら足場にしている綿に近い。暫くぼうっとしていても一星の足音くらいは把握できるだろう。

 毛糸の隙間から漏れ出る電灯の温かな光を眺めながら、そういえば先ほどの世界ではブレッドの声を余り見なかったなと思い出す。眠い、と言っていたから一星の胸ポケットでずっと寝ていたのかもしれない。
 そこまで考え、一星に対する自分の突き放した態度に今さら羞恥心が込み上げてきた。
 一度子供の姿になって心まで子供に戻ってしまったのか。しかし今の自分の姿は大学生の頃ぐらいに戻っている。ほぼ大人と遜色ないので弁解もできやしない。
 いつもなら少しはまともな対応できるのにと頭を抱える。このツリーに入ってからというもの、妙に大人げない態度が増えた気がする。

 大体あの毎回現れるスノードームはなんなのか。
 ここに来て分からないことだらけだが、あのスノードームの存在が一番分からない。雪雄の厭う過去を無理やり引きずり出して一体何をしたいのか。

 全身にずっしり圧し掛かる自己嫌悪と苛立ちに、片手で目を覆う。
 本当は気づいていた。
 男の性に惹かれる理由も、恋人を追いかける理由も、元を正せば全てはあの事故のトラウマによるものなのだと。

 母は物心ついた時から家にいない人だった。恋を経験しないまま周りの受けを気にして手近な父と結婚したらしいが、その後にパート先で本物の恋というものを知ったらしい。
 親戚の噂話をたまたま聞いただけの情報であるが、父が積極的に話そうとしない辺り、まあそういうことなのだろう。
 離婚して母が家から去る前から雪雄の心の拠り所は父の存在が大半を占めていた。
 仕事と子育てに奔走する父は常に忙しく、雪雄は親戚の家に預けられることも多かったが、クリスマスだけは別だ。仕事を早めに切り上げて雪雄と過ごすことを何より優先してくれる父が大好きだった。
 だからクリスマスが近づくと、よく胸が騒いだものだ。クリスマスには楽しい思い出しかなかった。お菓子を作って貰ったことも、羊のぬいぐるみをプレゼントで貰ったことも、くるみ割り人形の絵本を読んでもらったことも、夜中サンタに扮して枕元にこっそりプレゼントを置く姿も。

 けれどあの事故以来、クリスマスは雪雄にとって最悪なものにすり替わってしまった。
 父を亡くした後、雪雄は親戚の家に住まわせて貰うことになったものの、やはりどこかに疎外感と遠慮がつきまとう。勿論クリスマスでもだ。
 そんな時は親戚の家を抜け出し、クリスマスシーズンで沸き立つデパートに訪れる。中庭の目映い光を放つクリスマスツリーを一人見上げて、自然と涙を零していた。
 父と過ごすクリスマスが雪雄の幸せの象徴になっていたことを自覚したのだ。

 喪失感を埋めるために男に走ったのは否めない。恋人になった男とあのクリスマスツリーを見上げると、自分の中から抜け出た大事な何かが少しだけ戻ってくるような気がした。

 目元を押さえたまま、ふと苦笑が漏れる。

 今の今まで気づかないようにしていたが、理解してしまった。
 雪雄はずっと、恋人に父親の影を求めていたのだ。思い出してみれば、今までの恋人は常に余裕があって包み込んでくれるような大人の男が多かった気がする。同い年や年下の恋人はいたことがない。
 ファザコンもいいとこじゃねえかと苛立ち、そして自分の馬鹿さ加減に呆れる。

 今までの恋人は皆同じような別れを辿っている。
 彼らはある日、突然「冷めてしまったんだ」と言い残して去ってしまった。
 今ならわかる。彼らは気づいたのだ。雪雄が父親の影を求めているだけで本当の自分を見ている訳ではないと。
 なんて自分勝手で、甘ったれなのか。

「最悪なのは、俺だな」
「最高に可愛いの間違いじゃないか?」

 は?

 目元に添えていた手を外すと、腕組みをして雪雄を見下ろしてくる、一星の姿があった。

「ユキ。こんな所にいたら合流できないだろう」
「ど、どうやってここが分かったんだよ……!」
「これだ」

 むすっとした表情の一星が氷の薔薇を示すように胸ポケットを引っ張った。

「この薔薇、もう一本との距離が開くと青色に染まるらしい。ユキが離れた後に変色して、ここに近づいたら色が薄くなった」
「なんだその探知機能」
「クララに感謝だな」

 少し粗野な印象のフード付きダウンコートに身を包んだ一星は不機嫌にそう零した。
 自分と同じく大学生ほどに成長した一星の姿は、まるで黒曜石から荒く削り出された美しい狼のようだ。
 一星の大学時代が気になってしょうがない、などと埒外なことを考えていると、一星の眉間にみるみる皺が寄り始める。

「何か言うことは?」

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