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キャンディの世界
#2
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「うべごっ!?」
「ユキ!」
右の脇腹に喰らったキツい一発は何かと睨みつければ、つぶらに輝くマーブルチョコレートの瞳が雪雄を見返した。
「おッ……まえかぁ~……」
まるで邪気のない顔で見上げてくる子羊には流石の雪雄も怒鳴れなかった。
あるのかないのか中途半端にある尻尾を振りたくり、体をすりつけてくる子羊を前にしてしまえば、怒りのボルテージが一瞬で沈んでしまう。
おおかた追いかけっこでもしていると思ったのだろう。実際そうなのだから余計に怒れない。
「こーの、悪い奴めっ」
苦笑もそのままにガシガシ綿飴の毛玉を暴力的にかき混ぜてやる。無垢なチョコ目をキラキラさせた羊は、んめぇ~と笑うように鳴いた。
ちくしょう、可愛い。可愛いぞ。実を言うと羊は大好きなんだ。くそう、なんだこのモフモフ具合は。撫でまくってやる。
気が済むまで存分にモフりにモフって、顔を上げた。
予想はついていたが一応確認のため一星を見やる。艶やかな美少年は無表情で首を振り、そして空を指差した。
どこまでも続く曇りの大空。金色の光の粒を放ちながら、天使は飛び去って行く。
その小さな背中が空の彼方へ消えた瞬間、シャン!と鈴の音が響き渡った。
瞬きをする間もなく、目の前の景色が反転する。
「なっ……!?」
「今度はなんだ?」
白銀の高原から急に暗がりの空間に放り出されたものの、隣からする一星の声にホッとする。
目の前はどこまでも真っ暗な世界が広がっているが、背後から光が差し込んでいるのが分かった。
背後を振り返り――目を見開く。
雪雄と一星の背丈の二回りは大きいスノードームが眩いほどの光を放っていた。スノードームの中には雪が舞い上がり、中の様子はまるで見えない。
雪雄が口を開こうとした所で、どこからかシャンシャンシャン……と鈴の音が鳴り響いた。
それが合図だったかのように雪が底に落ちていく。
舞い落ちる雪の隙間から現れたのは、見覚えのある映像だった。
――冷めてしまったんだ。別れよう。
――え、あ……え?
「これは……」
スノードームに映し出されたのは、一星とクリスマスツリーで会う前の雪雄と恋人の姿だった。
優しげな顔立ちの父性を感じさせる男は、かっちりしたコートを翻して背中を向ける。
辛い夜はいつも雪雄をすっぽり包み込んでくれた男が颯爽とした足並みで遠ざかっていく、
呆然とその背中を見送り、時が経つにつれ雪雄が我に返っていく。
――待って!
瞬きと同時に、雪雄と一星はオーナメントの前に立っていた。
紅白の飴細工がねじれたキャンディの杖をぼんやりと見上げる。
あれは捕まえようとした天使の嫌がらせだったのだろうか。
「ユキ」
「あ……」
一星に見られた。
その事実にじわじわと羞恥心がせり上がってくる。
刷毛で掃いたように赤みが差す頬を見られたくなくて、さっと背を向けた。
「あー、その、悪いな。俺、同性愛者なんだわ」
「ユキ」
「いやー恋人に振られたばっかでさ、未練たらたらすぎて追いかけてる最中なんだわ」
「ユキ」
「早くあの人と話さないと気持ちをぶつけられなさそうでさ。だから急いでて……つーか気持ち悪いよな。ごめん、なるべく離れて歩くから」
「ユキ」
べらべらと止まらない唇が、強く肩を掴まれたことで中途半端に閉じる。
歪み始めた視界の中で、中学生くらいに成長した一星が鋭い眼差しで雪雄を見つめていた。
「気持ち悪くなんかない」
「嘘つけ」
「嘘じゃない。卑屈になるなよ。俺も同じだ」
「……ん? 同じ!?」
衝撃の告白に涙が引っ込んだ。
リアルで会って、超絶美形なこの男もまた……同性愛者!?
「はああ。世間せっまぁ……」
そんなこともあるのか。
自分と同じ同性愛者にたまたま出会うなんてスーパーレアすぎる。この人そうだろうなー、という同類感がまるでないので驚いた。
そして余りの衝撃でスノードームでのことも一緒に吹き飛んでしまった。
「そんなに意外か?」
「そりゃそうだろ。なんていうか、アンタにそういう雰囲気ないっていうか」
「一応、男にしかときめいたことはないぞ……まあ、その相手は今まで一人だけだが」
「へえ。じゃあ恋人いるんだ」
「いない」
「へっ」
「片思いだ。子供の頃からずっとな」
「……一途だな」
こんなイケメンに焦がれられるなんて羨ましい奴もいたもんだ。
「そんなんじゃない。諦めきれていないだけだ。お陰で恋人なんていたことない」
「マジか」
待てよ、この調子だともしかして。
「まさかの童貞だったりとか。なんてな~アハハ」
「…………」
「……マジかよ」
使用感のあるお坊ちゃん風なピーコート姿でイケメン少年がぶすくれる。
こんなに余裕ぶっこいてクール気取ってんのに、一途な童貞。
そのちぐはぐさと、不思議な安堵と、ずいぶんな愛らしさに、笑いが込み上げる。
「ふ、ふふ……」
「おい、失礼すぎるだろう。笑うなよ。ほら、さっさと行くぞ。ユキは天使を捕まえて恋人にヨリ戻しにいくんだろう。ブレッドも、もう顔出していいぞ」
『ぷはーっ。あれ、なになに。ユッキー楽しいことあったの?』
「知らん」
「あははは……!」
「…………」
茶化されたと受け取ったらしい一星の不貞腐れた声に、しばらく笑いが止まらなかった。
「ユキ!」
右の脇腹に喰らったキツい一発は何かと睨みつければ、つぶらに輝くマーブルチョコレートの瞳が雪雄を見返した。
「おッ……まえかぁ~……」
まるで邪気のない顔で見上げてくる子羊には流石の雪雄も怒鳴れなかった。
あるのかないのか中途半端にある尻尾を振りたくり、体をすりつけてくる子羊を前にしてしまえば、怒りのボルテージが一瞬で沈んでしまう。
おおかた追いかけっこでもしていると思ったのだろう。実際そうなのだから余計に怒れない。
「こーの、悪い奴めっ」
苦笑もそのままにガシガシ綿飴の毛玉を暴力的にかき混ぜてやる。無垢なチョコ目をキラキラさせた羊は、んめぇ~と笑うように鳴いた。
ちくしょう、可愛い。可愛いぞ。実を言うと羊は大好きなんだ。くそう、なんだこのモフモフ具合は。撫でまくってやる。
気が済むまで存分にモフりにモフって、顔を上げた。
予想はついていたが一応確認のため一星を見やる。艶やかな美少年は無表情で首を振り、そして空を指差した。
どこまでも続く曇りの大空。金色の光の粒を放ちながら、天使は飛び去って行く。
その小さな背中が空の彼方へ消えた瞬間、シャン!と鈴の音が響き渡った。
瞬きをする間もなく、目の前の景色が反転する。
「なっ……!?」
「今度はなんだ?」
白銀の高原から急に暗がりの空間に放り出されたものの、隣からする一星の声にホッとする。
目の前はどこまでも真っ暗な世界が広がっているが、背後から光が差し込んでいるのが分かった。
背後を振り返り――目を見開く。
雪雄と一星の背丈の二回りは大きいスノードームが眩いほどの光を放っていた。スノードームの中には雪が舞い上がり、中の様子はまるで見えない。
雪雄が口を開こうとした所で、どこからかシャンシャンシャン……と鈴の音が鳴り響いた。
それが合図だったかのように雪が底に落ちていく。
舞い落ちる雪の隙間から現れたのは、見覚えのある映像だった。
――冷めてしまったんだ。別れよう。
――え、あ……え?
「これは……」
スノードームに映し出されたのは、一星とクリスマスツリーで会う前の雪雄と恋人の姿だった。
優しげな顔立ちの父性を感じさせる男は、かっちりしたコートを翻して背中を向ける。
辛い夜はいつも雪雄をすっぽり包み込んでくれた男が颯爽とした足並みで遠ざかっていく、
呆然とその背中を見送り、時が経つにつれ雪雄が我に返っていく。
――待って!
瞬きと同時に、雪雄と一星はオーナメントの前に立っていた。
紅白の飴細工がねじれたキャンディの杖をぼんやりと見上げる。
あれは捕まえようとした天使の嫌がらせだったのだろうか。
「ユキ」
「あ……」
一星に見られた。
その事実にじわじわと羞恥心がせり上がってくる。
刷毛で掃いたように赤みが差す頬を見られたくなくて、さっと背を向けた。
「あー、その、悪いな。俺、同性愛者なんだわ」
「ユキ」
「いやー恋人に振られたばっかでさ、未練たらたらすぎて追いかけてる最中なんだわ」
「ユキ」
「早くあの人と話さないと気持ちをぶつけられなさそうでさ。だから急いでて……つーか気持ち悪いよな。ごめん、なるべく離れて歩くから」
「ユキ」
べらべらと止まらない唇が、強く肩を掴まれたことで中途半端に閉じる。
歪み始めた視界の中で、中学生くらいに成長した一星が鋭い眼差しで雪雄を見つめていた。
「気持ち悪くなんかない」
「嘘つけ」
「嘘じゃない。卑屈になるなよ。俺も同じだ」
「……ん? 同じ!?」
衝撃の告白に涙が引っ込んだ。
リアルで会って、超絶美形なこの男もまた……同性愛者!?
「はああ。世間せっまぁ……」
そんなこともあるのか。
自分と同じ同性愛者にたまたま出会うなんてスーパーレアすぎる。この人そうだろうなー、という同類感がまるでないので驚いた。
そして余りの衝撃でスノードームでのことも一緒に吹き飛んでしまった。
「そんなに意外か?」
「そりゃそうだろ。なんていうか、アンタにそういう雰囲気ないっていうか」
「一応、男にしかときめいたことはないぞ……まあ、その相手は今まで一人だけだが」
「へえ。じゃあ恋人いるんだ」
「いない」
「へっ」
「片思いだ。子供の頃からずっとな」
「……一途だな」
こんなイケメンに焦がれられるなんて羨ましい奴もいたもんだ。
「そんなんじゃない。諦めきれていないだけだ。お陰で恋人なんていたことない」
「マジか」
待てよ、この調子だともしかして。
「まさかの童貞だったりとか。なんてな~アハハ」
「…………」
「……マジかよ」
使用感のあるお坊ちゃん風なピーコート姿でイケメン少年がぶすくれる。
こんなに余裕ぶっこいてクール気取ってんのに、一途な童貞。
そのちぐはぐさと、不思議な安堵と、ずいぶんな愛らしさに、笑いが込み上げる。
「ふ、ふふ……」
「おい、失礼すぎるだろう。笑うなよ。ほら、さっさと行くぞ。ユキは天使を捕まえて恋人にヨリ戻しにいくんだろう。ブレッドも、もう顔出していいぞ」
『ぷはーっ。あれ、なになに。ユッキー楽しいことあったの?』
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