《完結》聖夜の恋はツリーの中で

すずり

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インサイド・ツリー

#2

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 さきほどまでツリーのある中庭にいたというのに、眼前には雪雄の全身を覆い隠せるほど巨大なボールのオーナメント。
 わさわさとした足元の感触にそろそろと目線を落とすと、地面には真っ白な綿が敷き詰められていた。
 頭上をぐるりと囲む周りにはやたらとデカい――いやデカすぎる梢。葉先なんて雪雄の頭をすっぽり覆い隠せるほどの大きさだ。
 葉の隙間から見える夜空は何故かいつもより遠くに感じる。

 クリスマスツリーを意識したモニュメント広場なのだろうか。しかしそれにしたって何もかもがデカすぎる。

「え。あ……あ?」

 あまりに急な環境変化に動揺していると、すぐ隣に立っていたらしい男が、なあとやたら高めの声をかけてくる。
 緊張感のない男の声音に落ち着かされながらも表向きは不機嫌に、なんだよと返すが男の顔を見て絶句した。
 男が、小学生くらいに若返っていた。少し神経質そうな子供の容貌は、愛らしくも危うさのある魅力に満ち溢れている。みるからに美形が約束された顔だ。
 先ほど見た時よりふわりと軽く、それでいて艶々とした黒髪が頬のまろやかさを強調していた。

「……滅茶苦茶可愛くなっているな」
「は!?」

 か、かわ……なんて?
 美少年による急な誉め言葉にパニックになりながらも視線を落とせば、自分まで小学生並の肢体になっているではないか。全身がやたら軽い。指先も、やたらと丸みを帯びている。

 しかもよくよく見れば服装まで様変わりしていることに気づいた。
 さっきまでは恋人好みのチェスターコートを着ていたのに、今はファーフード付きのダウンコートを着ている。男の方もファーフード付きモッズコートからお坊ちゃんみたいなピーコートに変わっていた。まるで互いのテイストを交換したような状態だ。
 一体どうなっているのか。

「ホッホッホ。君たち、こっちこっち」

 上から降ってくる、もごもごと籠った声に仰ぎ見て――ギョッとする。
 雪雄たちを梢の隙間から覗き込んでいたのは、途方もなく巨大なサンタクロースだった。

「なっ……な……!?」
「困るんじゃよ君たち。クリスマスに、しかも今この時にこんなことされちゃあ」

 ホレ見てみなさい、とサンタクロースが白手袋に覆われた手で、ある方向を指す。
 白昼夢でも見てるのか。今、夜だけど。

 ショートした思考回路でやけくそ気味に示された方向を見ると、そこにはこちらを驚いたように見上げる少女がいた。ふっくらしたマフラーを巻きつけ、ファーミトンをはめた両手でぽかんと開いた口を隠している。小学校高学年生くらいだろうか。
 だが何より気になったのはそんなことではなく、まるで凍りついたように彼女が微動だにしないことだった。
 彼女だけではない。周囲の大人もまたこちらを見上げ、驚いた表情で固まっている。

「このツリーが倒れる前に、ちょいと時間を止めておるんじゃ。あの子はこの地域一帯で一番の良い子でな。こんなクリスマスを過ごさせる訳にはいかんのじゃよ」
「え。あ……う?」
「それは分かったが、どうして俺たちはこんな姿になってるんだ。おまけにツリーの中にまで入って」

 少年になった男がソプラノボイスでサンタクロースに問い掛ける。
 雪雄はただただ口を開閉することしかできないというのに、なんたるハートの強さか。

「実はのう、さっきの衝撃でツリーの天辺にいた天使が驚いてしまっての。驚いた拍子にツリーの中に逃げ込んでしもうたのじゃ。君たち、責任とって捕まえてきなさい」
「ああ、あの天使か。あれって動けるのか」
「天使じゃからの」

 ――もうツッコミ所が多すぎてついていけない。

「ふ……ふざけんな! 俺は急いで行かなきゃいけないところがあるんだ。さっさと戻してくれよ!」
「天使を捕まえれば時間も体も自然と元に戻るぞい。ま、早めに探し出すことじゃな」

 今世紀最大かってくらいキレ気味に叫んでもホッホッホとお決まりの笑い声でいなされてしまった。
 がっくり脱力した肩を隣の少年が穏やかに叩いて慰めてくれ……いや待てよ、元々の元凶はこいつか?

「それは分かったが、子供の体になっているのは何故だ」
「いやあ、サイズだけ小さくするつもりだったんじゃが年齢まで小さくなってしまったようじゃ。まあそのうち戻っていくはずじゃから気にせんで良いぞい」
「まあ、戻るならいいか」
「いやいや何話終わらそうとしてんだ。天使だろうがなんだろうが、時間止めるくらい出来るんならアンタ自身がサラッと解決できんじゃないのか? 時間戻すなりなんなり」

 至極真っ当なことを言ったつもりなのだが、当のサンタクロースはやれやれと肩をすくめた。あ、それ海外ドラマとかでよく見るやつ。

「責任とって、と言うたじゃろ。ワシが解決しても意味ないんじゃ。それに君はあの子がどれだけ良い子か分かっておらん」
「だいたいサンタクロースが基準にする良い子ってなんなんだよっ。胡散臭えな」
「確かにそれは気になるな。俺も子供の頃はなるべく良い子にしていたが何も起きなかったぞ」

 少年も参戦して問いつめると、サンタクロースは懐から長ったらしい古風な紙を取り出した。

「えー、あの子が今年した良いことは……親のお手伝い四百五回、地域ボランティア十二回、落とし物の届け出十回、通りすがりの年長者及び身障者を補助二十三回、友達の問題解決十五回、クラス内でのいじめ阻止十六回、犬猫の里親探し三十回、公園で落ち込んでいた大人を励ます三回、川で溺れた子犬の救助一回、火事の通報一回、熱中症患者の応急処置一回、投身自殺を阻止一回。その他諸々」
「マジかよ良い子のレベル超えてんだろ」
「ゴータマ・シッダールタでも目指しているのか?」

 軽く手のひらを返した雪雄は隣の少年と頷き合った。
 絶対いいクリスマスにしてあげよう。マジで。

「ま、そういう訳じゃ。ワシもクリスマスシーズンは色々と忙しい身でな、もう行かにゃならん。この時間を止めている間にも仕事が山積みなんじゃ。君たち、しっかり天使を見つけて元のツリーにしておくのじゃぞ。天使がツリーの頂点に行けば、ツリーが倒れる前の時間まで戻すようにしておくでな」

 ではの、とふっくらとした両頬を引き上げたサンタクロースは、そのまま光の粒となって消えていった。

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