貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第111話 糸と輪と

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「王国軍の駐屯所に暴徒が乱入しただと!?」

 執務室に息を切らせて入って来たリーシェの報告を聞き、オールヴァートは思わず椅子から立ち上がった。その手元には今書き上げたばかりの王家への招待状がある。

「それで被害は!?」

「は、はい。第一報では駐屯していた騎士と使者の方に付き添われていた帝国兵が応戦しているとだけ」

「城内の騎士をすぐ応援に向かわせるのじゃ!」

「は、はい。アレックスに動員を命じております」

「さすがじゃな。いざとなれば儂も出る」

「いけません!お父様はまだ本調子では……それに」

 さすがに寄る年波には、都は言えず、リーシェは口ごもる。

「父上が出られることはありませんよ。それどころかアレックスたちも不要でしょう」

 突然背後から声がして、リーシェが驚いて振り向く。そこには服のあちこちが破れた格好のボナーが立っていた。

「お兄様!」

「ボナー!戻っておったのか」

「つい今しがた。駐屯所の暴徒の件は承知しています。パンナとクローさんたちが向かいましたのでほどなく鎮圧出来るでしょう」

「しかし相当数がいるのではないか?」

「それでもです。今の彼女たちなら一般人がどれほどいようと問題ではないでしょう」

「……ボナー、そなた変わったな」

「え?」

「何と言えばよいか分からぬが……纏っておる雰囲気が違う。相当強くなっておるように見えるぞ」

「一目で見抜かれますか。さすがですね父上」

「この短期間でよくこれほどの……」

「『氣』の修得は思った以上に凄い効果がありましたよ。僕だけでなく修行に参加した全員が。サムライというのが全員氣を修得しているのであれば、九頭竜国とやらとはことを構えない方がいいでしょうね」

「失礼いたします!」

 そこに一人の騎士が廊下の向こうから駆け寄って来ると、息を切らせてドアの前に跪く。

「只今早馬が到着。駐屯所の暴徒は支援に現れた方々によって鎮圧された由。なお暴徒を扇動していたのはロットン卿のご子息、キドナー様とのこと」

「なんと!」

 オールヴァートが感嘆の声を上げ、ボナーが微笑む。

「言った通りでしょう。それにしてもキドナーか。教団の六芒星ヘキサグラムはこれで全員死亡か拘束されたわけだ。ヘルナンデスたち真の六芒星ヘルナンデスがどう動くかが気になるな」

「お兄様、今ここに帝国軍の将校がおいでになっています。お話をされては?」

「おお、それがいい。先ほどまでは儂が話をしておったのだが、本来はお前に会いに来られたのだ。儂は今、エライン殿の要請でお前の代わりに王家への紹介状を認めたところなのだがな」

「分かりました。王都の様子も気になります。僕が同伴してまずはキーレイ大公に面会しましょう」

「また出かけられるのですね」

 リーシェが少し寂しそうな顔で呟く。

「すまないリーシェ。しかし今はやらなければならないことが余りにも多すぎる。事態が落ち着くまでは辛抱してくれ」

「分かっております。今が我が国にとって大変な時であるということは。私も微力ながらお手伝いできることはしたいと思っております。でもお兄様、無理はなさらないでください。危険なことも……」

「ああ。お前やパンナを悲しませるようなことはしないさ。だがお前たちを守るためならどんなことでもする覚悟もある」

「ボナー。お前はこれからのこの国にとって必要な存在だ。無論リーシェやパンナもな。それだけは忘れてはならぬぞ」

「はい、父上」

 ボナーは真剣な顔で頷き、エラインと面会するため応接間へと向かった。




「ちいっ!」

 必死に糸を張り巡らせようとするクライムの顔に焦りの色が浮かぶ。彼の異能ギフト、「穿鋼透糸インビジブルスレッドは空中に自由に刃のように鋭い糸を配置できるというものだ。普通の糸を張るときのように、端を何かで固定する必要もない。その上透明なので非常に見極めづらい。

「ふん、これなら氣を修得する前でも問題なかったな」

 フルルが淡々と言い、糸を操る。自らの意志を持っているかのようにフルルの糸は縦横無尽に動き回り、クライムが張った糸を切断していく。

「『回遊する糸ペラジック・フィッシュ』」

 氣を修得して進化したフルルの異能ギフトは糸の硬度だけでなく、弱点であった広い場所での操作という点も改良された。さらにフルルの意志がダイレクトに糸に伝わり、自由自在に動くようになっていた。

「バカな。俺の糸がこうもあっけなく……」

 ぎりっと歯ぎしりをしたクライムが指をパチンと鳴らす。と、上空から何条もの白い糸がフルルめがけて降り注ぐ。

妖蟲族インセクターだ!」

 天井を見上げた騎士が叫ぶ。そこには数体のクライムが使役する忍蜘蛛ステルススパイダーがいた。

「ふん」

 しかしフルルは視線すら動かさず、わずかに指を曲げる。それだけで意志を持った糸は蜘蛛の糸を引き裂き、さらに忍蜘蛛ステルススパイダーの胴体にも巻き付いて、その体を両断する。

「ギィッ!」

 悲鳴を上げ、床に落下する蜘蛛を見てクライムの顔色が変わる。

「それがお前の隠し玉、いや切り札か?蟲ごときで俺を仕留められると思ってたのなら心外だな」

「おのれ!!」

 怒りの形相でクライムが無数の糸を空中に放つ。が、それもことごとくフルルの糸に切断され、ついにその体もぐるぐる巻きに拘束されてしまう。

「ぐあああっ!」

 鋭い糸が胴体に食い込み、血が滲む。クライムは悲鳴を上げながら何とか糸を自分の糸で斬ろうとするが、痛みのせいで集中できず、悶絶するしかなかった。

「さて、こいつをどうする?騎士団長さんよ」

「事情聴取をする、にもこいつは大した情報は持っていないかもしれませんね。話を聞くならフェルマー卿の方がいいでしょう。かといって殺すのも忍びない。このまま拘束してサンクリスト家か王都の法務局で裁判に……」

 ザンッ!

 ゼノーバがそう言いかけた時、風を切るような音がして拘束されたクライムの首がいきなり斬り飛ばされた。

「何っ!?」

 騎士たちに動揺が走る中、ゼノーバとフルルは神経を研ぎ澄ませ、周りを見渡す。

「やれやれ、半端者は本当に使えないな」

 階段の上から一人の男が降りてくる。白いローブに身を包んだ長い白髪の男。その瞳が金色なのが何よりも一同の目を引く。

「金目……こいつ、只者じゃねえな」

「ふ、我の力が分かるか。そういう貴様も相当だな。この大陸にこれほどの者がいるとは思わなかったぞ」

 ローブの男はそう言って薄笑いを浮かべる。

「どうやら話に聞く真の六芒星ヘキサグラムか、それに仕える護星剣とやららしいな」

「知っているか。いかにも我は護星剣の一人、スターゲイト」

「スターゲイト?ならロットン卿を殺したのはあんたか」

「何故それを知っている?」

「知りたきゃ俺の体に訊いてみな」

「よかろう」

 スターゲイトが右手を上に向け、人差し指を伸ばす。と、その指先に小さな光る輪が出現した。

「『運命の輪ホイール・オブ・フォーチュン』!」

 スターゲイトがそう唱えると、光の輪が高速回転をしながら指先から飛び出した。そのまま猛スピードでフルルの体めがけて飛んでくる。

「くっ!」

 糸を操り輪を止めようとするが、輪は一瞬止まるものの、糸を切断してそのまま進み続ける。

「ちいっ!」

 咄嗟に飛び退くフルルだが、その右肩を光輪がかすめ、鮮血が噴き出す。

「フルルさん!」

「近寄るな!」

 駆け寄ろうとするゼノーバを制し、輪の行方を目で追うフルル。空中で反転した輪は再度フルルに襲い掛かる。また避けるが、今度は途中で軌道を変えた光輪が左足をかすめた。

「ほう、二度も直撃を避けるとはやるな。だが次はそうはいかん」

 光輪を手元に戻したスターゲイトが口元を歪めて笑う。その左手が右手と同じように上に向けられ、同じように人差し指の先にもう一つの光輪が浮かび上がる。

「貴様ら、何を企んでいる!?」

 少しでもスターゲイトの気を逸らそうとゼノーバが叫ぶ。

「大方の予想はついておろう?」

「この大陸を支配して宝物庫キャスケットとやらの鍵にくれてやることか?それで神装具プライマルアームドを独占するつもりか」

「まあそうだな。我らの敵は多いのでな。戦力はあればあるほど良い」

「フェルマー卿にも原初の力ジ・オリジンを与えて神装具プライマルアームドを使わせる気か?」

「それを聞いてどうする?まあ貴族というのは戦力としては使い物にならなそうだからな。だがここは王国の侵攻の橋頭堡にするつもりなのでな。失うわけにはいかんのだ」

「そんな真似はさせん!」

「ここで死ぬ者がたわ言を」

「たわ言かどうか試してみろ、スターゲイト」

 傷を抑えながらフルルがスターゲイトを睨みつける。

「試すまでもない。貴様の糸など我が運命の輪ホイール・オブ・フォーチュンの前では何の役にもたたんことは先ほど分かったであろう?」

「そういうセリフは俺の首を斬り飛ばしてから言いな」

「愚かな」

 スターゲイトがフルルを睨みながら笑う。金色と深紅の瞳が見つめ合った次の瞬間、

「死ね!」

 スターゲイトの両指先から二つの光輪が放たれた。真っすぐフルルの体に襲い掛かろうと突き進む。が、

回遊する糸ペラジック・フィッシュ!」

 いきなりスターゲイトの視線の先が真っ白になった。何が起こったのかを理解する前に、放たれた光輪が空中でいきなり制止する。

「何!?」

 驚くスターゲイト。輪は回転しながら空中で止まっている。と、その奥からフルルの声が聞こえた。

「糸だよ。俺の糸を縦横に隙間なく張り巡らせたのさ。ゼノーバの旦那が時間を稼いでくれたお陰で糸にたっぷりと氣を込めることが出来たぜ。パンナの壁ほどじゃないが、これだけ大量の糸を集めればお前の輪ごときは防げる見てえだな」

「小癪な真似を!ならその糸の壁の範囲の外から……むっ!?」

 光輪を戻そうとしたスターゲイトの顔が歪む。

「俺の糸は斬るだけじゃねえ。氣を練りこむことで蜘蛛の糸のように粘着させることも出来るのさ。糸を斬るまではもう輪は動かせないぜ?」

「おのれ!」

 スターゲイトが初めて焦りの色を浮かべ、腰の剣を抜く。

「怒りで周りが見えてねえな。思う壺だぜ」

「何……がっ!」

 スターゲイトが階段を降りかけたところで絶句し、血を吐く。背後から束ねられた数十本の糸がその胴体を貫いたのだ。それは先ほどまで殺されたクライムの体を拘束していたものだった。

「俺の糸は自由に形を変えて集められる。壁になっている糸が全てだと思ったのが間違いだったな」

 腹から血を噴き出し階段を転げ落ちるスターゲイトを糸の壁越しに見ながらフルルはそう呟いて大きく息を吐いた。


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