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第106話 修行

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「まずは心を落ち着かせてください。それから自然体で出来るだけ何も考えずに……そうですね、自分の体を周囲に溶け込ませるようなイメージを持ってください」

 ミッドレイの言葉に一同が無言で頷く。メキアの森の王国軍駐屯地の前。「氣」の修得のためミッドレイの教えを乞いに集まったのはボナー、パンナ、フルル、ファング、クロー、ミラージュ、ファンタム、ゼノーバ、カサンドラ、そしてミリアである。一同は今地面の上に座り、瞑想をするときのように静かに目を閉じている。ここを修行の場に選んだのは自然が豊かな場所の方が氣を感じやすいというミッドレイの経験からの判断だった。

異能ギフト原初の力ジ・オリジンを持っている人はそれを発動させる時の体の中のエネルギーの流れを感じるようにしてください。おそらく無意識に力を発動させていたと思いますが、それを意識してどう能力が発現するのかを感じるんです」

 パンナは静かに頷き、絶対防御アイギスを発動させる時の感覚を思い出す。ミッドレイの言う通り普段は無意識に能力を発動させているが、見えない壁を構築することをはっきりと意識すると体の中で何かが動いているのを感じた。

『これが……氣?原初の力ジ・オリジンなの?』

 戸惑いながら深呼吸をして自分の中で感じる力の流れを意識する。そして同時に自分の周囲の空間に同じような流れがあるのを感じ取るため心を無にしようと心掛けた。

『感じる……微かだけど、確かに空気中に体の中にあるのと同じものの感覚があるわ』

「自分の周りに何かを感じられたら、それを呼吸で体内に取り込むイメージをしてください」

 ミッドレイの言葉に数名が無言で応じる。普段の呼吸とは違う、何かが取り込まれるようなイメージでゆっくり呼吸を繰り返すと、体の中心がぼうっと熱くなるような感覚があった。

「体の中に氣を取り込めたら、それを集約するイメージをしてください。細かい粒子を一つの玉にするような感じです。それを繰り返して全身に氣の力が行き渡るように感じてください」

 体の中に流れるエネルギーを粒子として捉える。口で言うのは簡単だが、実践するのは中々難しい。深く意識を集中し、体内に流れる血液の動きまでを感じ取るように心を研ぎ澄ます。すると不思議なことに周囲の空間にある『氣』の存在がよりクリアに感じられ、それが呼吸を通じて体内に取り込まれるさまがビジョンとして脳裏に描かれた。

「……」

 瞑想が暫し続き、いきなりクローが傍らに置いたミョルニルに手を伸ばす。槌の柄を掴んだ瞬間、体に凄まじい衝撃が走り、クローは思わず息を呑んで目を開けた。

『何だい、これ……ミョルニルからすごい力を感じる。あたしは今までこいつの力のほんの一端しか引き出せてなかったのが直感で分かる』

 今ミョルニルを使ったらどれほどの威力が出るのだろう、とクローは身震いをする。しかしどんな被害が出るか分からないので試してみたい気持ちを何とか抑え込んだ。それからややあって今度はファングがグングニルに手を伸ばした。槍に触れた途端、ファングは思わずギョッとして手を離すと、もう一度恐る恐る手を伸ばす

「おいクロー、これって……」

「ああ、すごいもんだよ。おそらく天使はこれ以上に神装具プライマルアームドの力を引き出せるんだろうね」

「やはり原初の力ジ・オリジンは氣と同じもののようですね。お二人は特に修得が早いようだ」

 二人の会話を聞いたミッドレイが言い、パンナの方を見る。

「後はパンナとミラージュ、ファンタムか。どうだ?愛娘たちよ」

「気色の悪い事言わないで。集中してるんだから」

「お姉ちゃんの言う通り。愛娘なんて言葉使ったこともない癖に」

「同意」

 三人の娘に同時にツッコまれ、ファングがいじけたように顔をしかめる。暫くしてパンナが何かを感じ取ったように目を開き、虚空に手を伸ばす。それからファングの方を見てゆっくりと手を動かすと、ファングが「うおっ!」という声を上げて宙に弾き飛ばされた。

「おいおい、一体どうしたんだい?」

 無様に地面にひっくり返ったファングを見てクローが目を丸くする。

「な、何かにぶつかって吹っ飛ばされた。なんだこりゃ?」

「見えない壁……もしかしてあんた」

「は、はい。『氣』を感じたまま絶対防御アイギスを展開してみたらいつもと違う感覚があって、それでファングの前に壁を創ったら……」

「あんたの壁って物を動かせたのかい?」

「い、いえ。外部からの攻撃を防ぐ力はありましたが、壁自体に物理的な作用をもたらす力は無かったはずです」

「氣を意識できるようになったことで力が強化されたってことか」

「効果があることが証明されましたね。ボナー様、ミリア様、いかがですか?」

「うん。何か感じそうではあるんだが……はっきりしたイメージが掴めないんだ」

「私もです。やはり原初の力ジ・オリジンを持っていないと難しいのでしょうか」

 ミリアとボナーが剣を握りながらため息を吐く。

「ミッドレイ殿は幼いころから氣の修練をしておられたのだろう?最初はどのように氣を感じ取ったのかな?」

「最初はとにかく瞑想でしたね。半日滝に打たれながらとか、崖の先端で座禅をしながらとか、思い出したくない記憶ばかりですね」

 ミッドレイが苦笑いをしながら答える。

「どれくらいで氣を感じ取れるように?」

「三年……いや二年半といったろころでしたか。剣の修行や学問も同時にやらされてましたので」

「そんなに時間はかけていられないな。何か早く身に付く訓練法とかはないのですか?」

「そう言われましても……まあ武士には『視剣しけんぎょう』というものもありますが」

「『視剣の行』?」

「簡単に言うと無防備な状態で剣技を凝視して、剣が抜かれる寸前にそれを避ける修行です。勿論剣の間合いに立って行います。相手が剣を抜く瞬間に凝縮される氣を見極めてその発動と同時に避けなければ斬られます」

「随分危険な修行ですね」

「身命を賭すことで集中力を極限まで高めるのが目的ですが、一歩間違えれば本当に命を落としますから、今では実践した者はほとんどいないでしょう」

「でもあなたは行ったんですね?すぐにそれが出てきたということは」

「はあ、まあ。国を出る前にどうしても神速剣を会得したかったので。ですがこれは流石にお勧めは出来ませんよ」

「当たり前です!そんな危険な真似、ボナーにさせるわけにはいきません」

 パンナがミッドレイに食って掛かる。ボナーはそれを優しく制し、

「パンナ、心配してくれるのは嬉しいが、僕たちには時間がない。方法があるのなら試してみるべきだ」

「ですが!あなたはサンクリスト公なのですよ!?」

「僕が陣頭に立って戦わねば他の貴族も付いては来ない。この大陸を守り国を変えるためには必要な事なんだ」

「勿論私もやります。私も聖騎士団ホーリーナイツの先陣を切る覚悟ですから」

 ミリアが剣をかざして言う。

「分かりました。では私が居合の神速剣を放ちます。剣そのものは当たりませんが、生み出されれる衝撃波に当たれば只では済みません。ボナー様とミリア様は私が剣を抜く瞬間の氣を感じ取って避けてください。少しでも遅れたら命の保証は出来ませんよ?」

「分かった。頼む」

「それなら俺たちも付き合おう。もう少しで掴めそうなんだ」

 フルルが言い、カサンドラが続いて頷く。

「ボナー様だけを危険な目に遭わせるわけにはいきません。勿論自分もやります」

 ゼノーバが真剣な顔でミッドレイを見る。

「五人ですか。一度に五人となると避ける方向によってはぶつかって却って危険になりますね」

「ならこういうのはどうだ?俺とカサンドラ。ボナー殿とミリア殿。そしてゼノーバ殿が三組に分かれてミッドレイ殿の左右と正面に立つ。ミッドレイ殿は三方のどちらかに氣を集中させて居合を放つ。俺たちはそれを感じて避ける」

 フルルの提案に一同が頷く。

「そうですね。では少し難しいですが、剣を抜く方向に特に強く氣を凝縮させましょう。殺気も籠めますので、それを感じ取ってください。ですが本当によろしいのですか?」

「ああ。生半可な覚悟では修得は出来ないだろう。やってくれ」

「ボナー……」

 パンナが不安そうな顔でボナーを見つめる。

「では行きます」

 ミッドレイが目を閉じ、意識を集中する。そのミッドレイを囲むように数十m離れた正面にボナーとミリア、右手にフルルとカサンドラ、左手にゼノーバが立つ。

「おいおい、凄い氣だな。意識したての俺でも分かるくらいだぜ」

「しっ!集中の邪魔だから声を出すんじゃないよ」

 思わず呟いたファングをクローが叱責する。氣を感じ取れるようになったパンナにもミッドレイが凄まじい氣を凝縮しているのが分かった。

『ボナー、無事でいて』

 パンナが手を合わせてそう祈った瞬間、凝縮された氣が一気に解放されるのを感じ、パンナは思わず息を呑む。次の瞬間、ミッドレイが目にも止まらぬ速さで体を横に向け、剣を抜いた。

「ボナー!」

 パンナの叫びと同時にミッドレイの神速の居合が放たれ、衝撃波がフルルとカサンドラのいる右手に風を薙ぐ音を立てて走り抜ける。一同が息を呑む中、木々の葉を散らしながら衝撃波が駆け抜けた後、そこには二人の姿は無かった。

「どこに?」

 ミラージュが呟いた途端、その傍らにいきなりフルルとカサンドラが姿を現し、バランスを崩して地面に倒れこむ。

「いてて」

 体に付いた泥を払いながらフルルが立ち上がり、カサンドラも腰を叩きながら起き上がる。

「何が起きたんです?」

 状況が理解できないパンナが周囲を見渡しながら尋ねる。

「ミッドレイが剣を抜く寸前、フルルがカサンドラに体当たりしたのさ。衝撃波が来ることを察知して避けようとしたんだろうね。同時に二人が立っていた場所から消えた。カサンドラ、あんたの異能ギフトが発動したんだろ?」

 クローの問いにカサンドラが大きく息を吐いて頷く。

「ああ。あたしも衝撃波が来ることを感じたんだ。そうしたら無意識に転移してた。しかしこんな近距離を、しかも事前のイメージなしで転移したのは初めてだね」

「あなたの能力も進化したようですね。氣を意識することがこれほど劇的に効果をもたらすとは私も驚きです」

 誰も被害に遭わなかったことにほっとしながらミッドレイが言う。

「それにしても衝撃波から守ろうと体当たりしてやるとは随分と優しいな、フルル」

 ファングがにやにやしながら言い、フルルが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「ふん、咄嗟に体が動いただけだ」

「ボナー様たちはどうです?今の私の氣を感じられましたか?」

「ああ。殺気がこちらに向いていたら必死に飛び退いていただろう」

「私も感じました。一度感じると、確かに自分の周りにも氣が流れていることが分かりますね」

「ではさらにそれを深く感じ取り、自分の体に取り込む感覚を身につけてください。そうすればさらに動きが早くなり、技の威力も増すはずです」

 ミッドレイの言葉に頷き、名々が瞑想をしたり、剣を構えたりして氣の修得に励む。元々能力や剣の腕に覚えのあるものばかりなので、それから数日の修行で全員が氣を完全にコントロールし、飛躍的な進歩を遂げたのだった。

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