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第102話 新しい家族

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「これはこれは。本当に奥方様にそっくりでございますな」

 メルキンが感心したようにアンセリーナを見て嘆息する。べスター城に着いたボナーたちはメルキンとモリーナを呼び出して事情を話し、アンセリーナと面会させた。パンナは眼鏡を掛けたメイド姿になっている。

「そういうわけだ、メルキン。アンセリーナ嬢に公爵家の者としての教育をしてくれ」

 ボナーが言い、アンセリーナが「よろしくお願いします」と頭を下げる。

「かしこまりました。しかし奥方様がメイドとして過ごされるというのは……こちらもどう接してよいか分からなくなりますな」

「気にしないでメルキン。これが本来の私の姿ですもの。モリーナと同じように接してくれればいいわ」

「そうね。そっちの方がお似合いよパンナ。いっそ本当に公爵夫人の座をお嬢様にお譲りしたら?」

 モリーナの言葉にパンナが笑顔から一気に修羅のような顔つきになる。

「冗談でも許さないわよ、モリーナ」

「怖い怖い!マジの殺気はやめて!思わず抜きそうになるじゃない!」

 モリーナが反射的に胸に手を入れて叫ぶ。内ポケットにナイフを隠し持っているのだ。

「左様ですな。本物のアンセリーナ様であればれっきとした貴族のご令嬢。血筋という意味でも……いや、これ以上は申しますまい。私もまだ命は惜しゅうございますゆえ」

 パンナの刺すような視線を浴び、メルキンが咳払いをする。

「ふ、メルキンが冗談を言うのを初めて聞いたよ」

 ボナーが苦笑する。メルキンは内心で「冗談ではございませんがな」と呟くが、ボナーがパンナにどれだけぞっこんか知っている彼はそれ以上野暮なことは口にしなかった。

「では今日のところはお疲れでしょうし、ゆっくりとお休みください。奥方様もお仕事などはなされませぬよう」

「そうだね。ところでアンセリーナ嬢の寝室はどうする?表向きは僕とアンセリーナ嬢が一緒の部屋にいないとおかしいが、実際はパンナが僕と同じ寝室で寝ないといけないだろう?」

「私はパンナの、メイドとしてのパンナの寝室で構わないわ。人目に着かないよう夜こっそり入れ替わりましょう」

 アンセリーナが淡々と言う。かつての我儘な彼女からは考えられないほど殊勝な言葉だ。

「ですが個室ではありませんわよ?メイドは二人部屋が基本。私と同室になりますわ」

 モリーナが少し戸惑った顔をしながらアンセリーナを見る。

「構いませんわ。寝るだけですもの」

「そういうわけにもまいりますまい。確かボナー様たちの寝室の隣が空いておったはず。奥方様専属メイドということで特別に個室をご用意いたしましょう」

 メルキンが恭しく頭を下げ、アンセリーナに進言する。

「ええ~?隣でボナー様とパンナが愛し合ってるのを聞きながら寝るのはちょっと……」

「お、お、お嬢様!言葉遣いを考えてください。そ、そ、それにそんな大きな声を出したりしませんよ!」

「君も言い方に気を付けてくれよ。恥ずかしいじゃないか」

 パンナが真っ赤になって叫び、ボナーも赤くなって気まずげに顔を伏せる。それを見て思わずモリーナが吹き出し、必死に口元を押さえて笑いを抑えた。

「心配なさらずとも当べスター城の各部屋は壁が厚うございますゆえ、少しくらいの声は隣に漏れないかと」

「メルキン!お前まで何を言ってる!?」

「メルキン様って意外にお茶目なところがあるんですね。驚きました」

 モリーナが目を丸くして得意げな執事を見やる。

「破天荒な坊ちゃまに鍛えられましたからな」

「言うようになったじゃないかメルキン」

「そうですね。私もずっと独り身でいるわけにもいきませんし、隣で夫婦の営みというものを勉強させてもらおうかしら?」

「お嬢様!い、いくらなんでもお戯れが過ぎます!」

 パンナがまた真っ赤になってアンセリーナを諌める。それを見てまたモリーナが笑いを堪えた。

「ですがアンセリーナ様は、名目上すでにボナー様の奥方ですからな。他の誰かに嫁ぐという訳にもまいりますまい?」

「そうなのよねえ。私に好きな人が出来たらボナー様に離縁してもらおうかしら?そうしたらパンナが堂々と後添えに……ってわけにはいかないか」

「そうですな。失礼ながら奥方様は貴族ではございませんし、正式にサンクリスト家の正妻になるというのは難しいでしょうな」

「もう!そんな話を今からしないでください!」

「ですがアンセリーナ様。表向きボナー様の妻でいらっしゃるのですから、他の男性にアプローチをかけるというわけにはいかないのでは?」

「そうねえ。サンクリスト公爵夫人は浮気者だなんて噂を立てられちゃ困るわね。それじゃ私、ずっと結婚できないじゃない」

「嫁に行くつもりはないと以前申されていましたが?」

 パンナが少し拗ねたような顔で言う。

「お父様のところにいた時はそう思ってたんだけど、パンナとボナー様を見てたら気が変わったわ。恋をすると女は強く、綺麗になるんだなって実感したの」

「あ、ありがとうございます。で、でもボナーはダメですよ!」

「分かってるってば。この間も言ったけど、私あなたに殺されたくはないのよ」

「今のパンナを見ているとやりかねないから怖いですね」

 さっきのことを思いだし、モリーナが身を震わせる。

「そんなことしませんよ。でもボナーは……覚悟してね?」

「し、しないって!君がこんなに嫉妬深いとは思わなかったよ」

「愛されている証拠ですな。正直、坊ちゃまがここまで女性を愛し、愛されるとは少し前まで思いもしませんでした。奥方様の素性を聞いた時は反対致しましたが、今は奥方様に心より感謝いたしております」

「やめてメルキン。感謝するのは私の方よ。受け入れてくれてありがとう」

「僕は君が堂々と僕の妻と名乗れる国を創るつもりだよ。ところでメルキン、父上の容態はどうだ?」

「はい。意識ははっきりとしておられますが、未だ床に臥せておいでです。やはりギルバート様のことがご心痛であられたようで」

「血の繋がりが無いとはいえ、目の前で息子が殺されたのだ。無理もない。僕とて胸が痛い。あいつは間違いを犯したが、それでも兄弟として育ってきたからな」

「心中お察しします、あなた。それにお父様も……お辛いでしょうね」

 パンナが目を伏せて呟く。

「私がもう少し上手くやれていればギルバートを助けられたのではないかと悔やんでいます」

「そんなことはない。君はよくやってくれた。僕が無事だったのは君のお蔭だ。ミラージュ君にも感謝しているが、あの場を生き残れたのはやはり君がいてくれたからだ」

 俯くパンナの肩を抱き、ボナーが優しく囁きかける。

「そういう夫婦のいちゃいちゃは寝室でやっていただけません?名目上は妻の私の前でされるとちょっとイライラしますわ」

「お嬢様、いちゃいちゃなど……」

「そうだね。教育が進めばアンセリーナ嬢にも本当に僕の妻として公の場に出てもらうことになるかもしれない。僕たちが仲睦まじい所を見て真似して貰わなくちゃいけないね」

「ボ、ボナー様!?」

「あらあら、今度はアンセリーナ様がやり込められる番ですわね」

 顔を赤らめるアンセリーナを見ながらモリーナがくすくすと笑う。その隣ではパンナがふくれっ面でボナーの脇腹をつねっていた。

「痛っ!じょ、冗談だよパンナ」

「知りません!」

 パンナがぷいっと横を向き、ボナーたちは苦笑した。と、彼らがいる部屋のドアがノックされる。

「お兄様たちがお帰りと聞いたのですけど」

 ドアの外から聞こえてきたのはリーシェの声だった。ボナーが頷くとメルキンがドアを開け、リーシェが飛びこむように中に入ってきた。

「お兄様!お姉様!ご無事で……え!?」

 きょとんとしたアンセリーナと歩微笑むパンナを見てリーシェが戸惑った顔をする。ややあってアンセリーナが柔らかな笑みを浮かべ、ゆっくりと頭を下げた。

「ボナー様の妹君のリーシェ様ですわね?初めまして、というのも変かしら。アンセリーナ・ネイヤー・エルモンドです。よろしく」

「ほ、本物のアンセリーナ様!?お、お兄様これはどういう……」

「一目でパンナじゃないと気付くとはさすがだねリーシェ。色々と事情があってね。アンセリーナ嬢はうちで暮らすことになったんだ。名目上は僕の妻としてね。勿論、本当の妻はパンナだよ。そこのところをしっかりさせておかないとパンナに八つ裂きにされるから注意しなさい」

「ボナー!意地悪をしないで。そんなことするわけないでしょう」

「あら、私たちは身の危険を感じましたわよ。ねえ、モリーナ?」

「そうですね。久しぶりに血を見るかと思いましたわ」

「謝るからもう許して。リーシェ、本気にしないでね?」

「ふふ、仲がよろしくて羨ましいですわ。アンセリーナ様、よろしくお願いいたします。二人もお姉様が出来てうれしいですわ」

「ありがとう。世間知らずの我儘娘ですけど、色々教えてくださいね」

「お嬢様がご自分を的確に見ておられるなんて素晴らしいです!感動しました」

「パンナ、そこはそんなことありませんわ、とフォローするべきではなくて?」

 アンセリーナがパンナを睨み、一同は笑いに包まれた。

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