貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第101話 天使の末裔

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「よく来られた、アスモデウス卿」

 王城の謁見の間でハッサムが微笑みながらアスモデウス家当主、ヘーシュム・デーウ・アスモデウスに着座を促す。齢七十を数えるヘーシュムは頭を下げ、ゆっくりと上等のソファに腰を下ろす。隣で介添えをしているのは孫娘のサラであった。歳は十代半ばに見える。金髪の美少女だ。

「何事ですかなハッサム殿下?クリムト卿が拘束されたと聞きましたが、それに関係しておるのですか?」

 ヘーシュムが訝し気な視線でハッサムを睨む。

「はい、その通りです。それで用件をお話しする前に最初にお断りをしておきます。この件に関して私は兄上より全権の移譲をされております。私の判断が王家の判断になるということです」

「グマイン殿下が?」

 ヘーシュムが顔をしかめ、ちらりとサラの方を見る。グマインは御前会議への出席も認めないほどハッサムを嫌っていたはずだ。それが全権を弟に委ねるとは普通では考えられない。実際は複雑で多角的な状況判断を求められる今回の件から逃げ出し、責任をハッサムに丸投げしただけなのだが、ヘーシュムがそれを知るわけもなかった。

「はい。兄上は渋い顔をしていましたがね。責任は私が取るということで任せていただきました」

「で、そのご用件とは?」

八源家オリジンエイトと『四公』を個別に呼び出し、それぞれの立場をはっきり明かしてもらおうと思いましてね。今後の王国の取るべき道を選択するためにも各勢力の心づもりを知っておきたいのですよ」

「た、立場と申されますと?」

「天使派か上位霊種スピリチュアー派か。HLOの手の者なのか、はたまたオーディアル信徒なのかをです。ああヘーシュム殿が天使派なのはすでに存じ上げてますがね」

「な、何故それを!?」

 ヘーシュムが思わず立ち上がり、息を呑む。

「特法の大法廷でオーディアル信徒の六芒星ヘキサグラムなる手の者が暴れたことはご存じですか?」

「オーディアル信徒が?あの邪教徒どもめが!王都にも入り込んでおったか」

「クリムト卿は彼らの手先であったようです。サンクリスト公にあらぬ疑いを着せ、王国裁判にかけようとしたのですが、失敗しましましてね。そこでサンクリスト公の弟であるソシュート男爵の執事になって潜り込んでいた六芒星ヘキサグラムの男が正体を露わにしたそうです」

「クリムト卿が……やはりそうであったか。教団への追及が手緩いとは思っておったが」

「法務局はクリムト家の管轄でしたね。オーディアル信徒が表に姿を現してことで、事態が大きく動くと私たちは判断しましてね」

「し、しかしそれだけで上位霊種スピリチュアーのことまで分かるとは」

「教えてくれた人がいたのですよ。あなた方が創った英雄と呼ばれる人がね」

「何だと!?あ奴らがここに?」

 思わずそう言って目を見開いたのは、ヘーシュムではなくサラであった。

「おや?」

 少女らしからぬサラの物言いに、ハッサムが怪訝な顔をする。

「サ、サラ様」

 ヘーシュムが動揺したようにサラに視線を向ける。

「ああ、すまん、ついな。まあ我らのことがもうバレておるのなら隠すこともあるまい」

 サラがしかめ面でそう言い、ハッサムを見る。

「その言い方からしてもしや……」

「うむ、貴様らが言う天使の末裔とは我のことだ。本来天使は不老不死でな。イシュナルとオーディアルが創った我らは数が少なかった。人間の管理にはそれほどの数は必要ないと考えたのであろう。ところが上位霊種スピリチュアーの反乱で始まりの大陸を追われた我らは人間と交わり混血とならねばならなかった。それで我らは不老不死ではなくなった」

「始まりの大陸以外では純粋な天使は生きられないとは聞きました。それは何故です?」

「プラーナの濃度が薄すぎるのだ。プラーナとは神や我ら天使が生きるのに必要な聖なる氣。お前たち人間で言えば空気のようなものだ。始まりの大陸は女神が我らを作るのに一時的に降臨するため、創世神アーシアが特別に濃度の高いプラーナを散布した場所だ。始まりの大陸は結界に守られておるが、それでもプラーナは徐々に周囲に広がりこの世界全てに行き渡った。我らがこの大陸でも生きられてるのはそのためなのだが、やはり濃度が足りなさすぎるのでな」

「しかしその姿は……どう見ても十代の少女にしか見えませんが」

「人間との混血を続ければ天使としての力はどんどんと薄まり弱体化していく。現に我らの中にはもうほとんど人間と変わらぬようになった者も多い。一例がここにいるアスモデウス家だ。王国を建国した時の初代アスモデウス家当主はまだある程度天使の力を残していた。だがこのヘーシュムはもう人間と変わらん。そこまで人間に近くなれば例え始まりの大陸に戻ったとしても純粋な天使の力を取り戻すことは出来ないだろう。だから我と数名の仲間は混血による世代交代を避け、魂の継承という手段を取った」

「魂の継承?」

「我ら天使の魂は肉体を離れても生きていける。それを利用し、我は代々のアスモデウス家の娘に己の魂を憑依させ、生き延びてきたのだ。もう何百年もな。アスモデウス家に娘が生まれるたび、我はその子にサラと名付け、魂の入れ物としてきた。今のこの体は何十代目からのサラというわけだ」

「生まれた子供の体を延々と乗っ取って来たというのか!?」

 ハッサムが初めて感情をあらわにしてサラを睨む。

「怒るでない。この国の発展には我らの力は欠かせなかった。特に忌々しい上位霊種スピリチュアーども入り込んできてからは奴らの思惑通りに政が進まぬよう我らが食い止めていたのだ」

「勝手なことを。お前たちはお前たちで自分の都合のいいように国を動かそうとしていたのであろう?」

「分を弁えよ!貴様ら人間を創ったのは我らであるのだぞ!」

「その驕り高ぶりが上位霊種スピリチュアーの反乱を招いたと何故分からない!?」

「お、落ち着いて下さいませ、殿下」

 ヘーシュムが慌ててハッサムをなだめる。

「ふん、まあよい。オーディアル信徒どもが表舞台に立ったというのなら我らもそうするまで。まずは忌々しい南のゴミどもを掃除してくれるわ」

「イグニアス公のことかな?やはり彼らは純血の上位霊種スピリチュアーか」

「まあそうだ。あ奴らは魂の継承が出来ぬから、グランダ大陸から逃げてきた者たちで婚姻を繰り返しているようだがな。それも限界がきているだろう。最近は近親婚も珍しくないようだ」

「あなた方はグランダ大陸を追われたのだな?始まりの大陸ではなく」

「何故それを知っておる?」

「あなた方が創った英雄たちが始まりの大陸を知らなかったからだ。彼らにはあなた方の記憶を植え付けたのだろう?あなたたちはそもそも始まりの大陸を追われた最初の混血の天使がグランダ大陸に移った時に生まれた。そこでもさらに追ってきた上位霊種スピリチュアーに敗れ、この大陸まで逃げてきた。だからあなたたちはそもそも始まりの大陸を知らないわけだ」

「腹立たしいがその通りだ。だから我らはこれ以上混血を続けるわけにはいかなかった」

「そのあなたたちを追い出した上位霊種スピリチュアーがまた差別してきた混血の上位霊種スピリチュアーに追い出され、この大陸に渡ってきた。イグニアス公たちのことですが、彼らを追い出したクアマリン皇国やHLOのことは知っているのですか?」

「直接は知らんが情報は得ておる。何やら複雑な関係のようじゃな」

「ええ。皇国はこの大陸への侵攻を考えてるようです。彼らはイグニアス公たちにとっても復讐すべき敵。皇国が攻めてきた場合は彼らと共闘することは出来ませんか?」

「敵の敵は味方と?そう単純な話ではない。我らにとって純血派も皇国もHLOも上位霊種スピリチュアーに変わりはない。今まではあ奴らが南部から動かなかったのと、仮にも同じ国の運営を担ってきたことから表立った争いはせんかったが、手を取ることなど考えられんわ」

「我々王家としては国を一つにまとめたい。できれば帝国とも協力して皇国を迎え撃ちたいと思ってるのですがね」

「無論、むざむざこの国が侵略されるのを指を銜えて見ているつもりはないがな」

「正直僕はあなたたちの目的も復讐もどうでもいいんですよ」

 ハッサムが足を組み、いきなり口調を変える。

「僕はこの国の王族として王国を守りたいだけです。そのためならどこかの勢力に協力しても構わない。あなたたちを個別に呼び出したのはそれが目的でしてね」

「ほう。思ったより肝が据わっておるな。もうどこかの勢力と話をしたのか?」

「いいえ、あなた方アスモデウス家が最初です。それで教えてもらいたいのですが、八源家オリジンエイトの中であなたと同じ天使派はどこの家です?」

「こちらも覚悟を決めて話すしかなさそうじゃな。天使の末裔はうち以外はベヘモス家とラハブ家だ。魂の継承を行っているのはもうこの三人しかおらん」

「最大領袖であるあなたが命ずれば彼らも同調しますね?」

「おそらくはな」

「他の五家はどこの勢力か分かりますか?クリムト家は分かっていますが」

「我の知る限りエンバブ家とムシュアナ家はどこにも属しておらんな。純血派はイグニアス家を中心に南部に固まっていて王都には勢力を持っていないはずだ。他の二家は……確証はないがパイモン家は昔からクリムト家と近い関係にあった。クリムト卿がオーディアル信徒だったのならパイモン卿もそうである可能性は高い。べアリス家は最近、といっても我々の感覚だから数十年は経つが西のキシュナー家と深い付き合いをしているようじゃな」

「キシュナー家はHLOと繋がっていると聞きました」

「ならそうであろう。我の知る限りではこんなところか」

「あなたたちの目的は始まりの大陸に戻り、純粋な天使の力を取り戻すこと。そう考えていいですね?」

「うむ」

「しかし場所が分からないのにどうやって戻るのです?」

「おおよその見当は付いている。グランダ大陸にいた時、我々の先代、つまり始まりの大陸から逃れてきた者たちの話を聞いておるからな。始まりの大陸はグランダ大陸の東にある。それは確かのようじゃ」

「しかしあなたたちはこの大陸で航海技術が発展しないように操作してきたのでは?」

「そんなことはない。密かに研究は続けておる。しかしこの王都は国の中心で海がない。その点純血派どもは海に面した南部を領有しておる。おそらく航海技術は進めているだろう」

「純血派がなぜ海を渡るのです?グランダ大陸に攻め入って皇国に復讐するためですか?」

「それもあろうが、一番の目的は我らと同じ始まりの大陸へ行くことじゃろうな」

「彼らがどうして始まりの大陸へ?」

「さっきも言った通りこの大陸に来た純血の上位霊種スピリチュアーは数が少ない。純血を保つのはもう限界に来ておる。始まりの大陸には我らの始祖を追い出した最初の上位霊種スピリチュアーがいる。奴らは彼らと交わり、純血を守ろうとしているのだ」

「なるほど。ところで僕がキーレイ大公から聞いた話では、あなたたちは自分たちを見捨てた女神への復讐こそが最終目的ではないかというのですが、どうです?」

 ハッサムの言葉にサラの顔色が変わる。

「そこまで読んでいたか。それは否定はせん」

「しかし造物主である女神に対抗するのは難しいのではありませんか?

「くく、そうか。そこまで……食えない男よ」

「あなたたちが人間を滅ぼそうというのならこちらも容赦はしませんよ」

「滅ぼす!?どういうことです!」

 ヘーシュムが泡を食ってサラに詰め寄る。

「ふん、始まりの大陸に戻った暁には、と思っていたが、予定が狂ったの」

「それが目的なら我々は断じてお前たちをこの大陸から出すわけにはいかない」

「国を割ってでも我らと戦うか……人間全ての敵となれば上位霊種スピリチュアーは勿論、皇国とでさえ手を結べると考えておるのか」

「そちらも流石ですね。すぐにそこまで読みますか」

「さて、どうしたものかな。この場でお主を始末しても、お主の考えを知る者は他にいようし、王族を殺したとなれば我らは反逆者。天使派を討つ絶好の口実となるか。そこまでの覚悟を持って我らを呼び出したか」

「あなたたちが天使の力を取り戻すことに関しては何も言うつもりはありません。しかしその後で人間に危害を加えるというのであれば……」

「女神への復讐を諦めろ、と?」

「元々勝ち目は薄いでしょう?それに女神はもうこの世界にはいないのです。上位霊種スピリチュアーとやり合うのならこの大陸以外でやって下さい」

「我の一存では決められん」

「帰ってベヘモス卿たちと協議してください。僕はその間に他の勢力と話をします」

「いい度胸じゃな。お主が第一皇子であれば我らももう少し御前会議で苦労したやもしれん」

 サラはそう言って渋い顔をしながら立ち上がった。
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